カスタムキメラ【七章完結】

らぼう(のっぺ)

第一章『大森林の覇者たち』

第1話『転生したら黒い球体になってました』

 誰かの声が聞こえた気がした。目を覚ますとそこは真っ暗な空間だった。

 視線の先には光の玉が二つ存在し、俺の周りをぐるぐる飛び回っている。夢かと思い目を閉じるが、遮るようにして片方の光から声が発せられた。


「えっと、■■■■さん聞こえますか? もしもし?」


 女性とも男性ともいえぬ中性的な声だった。恐らく俺の名を呼んだのだろうが、意識が薄ぼんやりとして上手く聞き取れない。

 返事をする前に自分とは何か考え、日本生まれの一般男性だったことを思い出す。いつもベッドの上で寝そべり、ゲームや漫画で時間を潰し、何の面白みもなく死んだ。そのはずだ。

 ここは地獄か天国か、試しに聞いてみた。するとデカい光の玉が目の前へと近づき、傲慢そうな声で返事をした。


「開口一番にそれか、その間抜けな面といい。かなり記憶が飛んでいると見える」

「……そう言うあなたはどちら様で?」

「知らんのか、我は『神』だ。世界を管理し種の繁栄を促す、超常の存在だ」


 あまりにもぶっ飛んだ自己紹介だった。俺目線ではちょっと眩しい光でしかなく、神としての威厳は感じられない。むしろ失礼な奴といった印象しかなかった。


「結論から言うとお前は死んだ。■■の■■りによって■■■し、■■されたのだ」

「えっと、すいませんが今なんと?」

「面倒だな。色々あって死んだ、それでよかろう」

「いや、全然よくないんですが……」


 自分の死因ぐらいはさすがに知りたかった。だが神はこちらの疑問を脇に投げ捨て、この場へ呼び出した本題を唐突に切り出した。


「――――貴様、異世界に転生してみようとは思わないか? 剣と魔法が織りなすファンタジー世界に、その身一つで旅立ってみる気はないか?」


 予想外の内容に「え」と声が漏れる。けれど聞き間違いなどではなかった。

 何らかの要因で死んだ若者が神によって異世界へと飛び、特別な力を使って冒険を繰り広げる。それが異世界転生の大筋で、飽きるほど擦られた定番だ。

 元の世界に未練がないと言えば嘘になるが、こうして死んでいる以上他に選択肢は無い。むしろこの機会を逃す手はないと考えた。……だがはてと疑問が浮かぶ。


「俺はどういった理由で転生するんですか? 魔王を倒してくれとか、数百年続く戦争を止めて欲しいとか、国を作れとか、何かしらの理由はあるんでしょう?」

「どうでもいい、好きにしろ」

「え?」


 キョトンとした反応を見せると、神は気だるげに言った。


「こういった転生を幾度となくこなしてきたが、どいつもこいつも役に立たん。率直に言うと期待するのに疲れたのだ。だからお前は好きに生きるがいい」

「……それならそれで何故俺が選ばれたので?」

「たまたま転生の残数があり、ちょうどいい奴を見つけた。理由はそれだけだ」


 転生とは残数制なのか、思わず突っ込みそうになったが辞めた。


「一応ですけど、草になって枯れて終わりとかないですよね?」

「そこは安心しろ。望み鍛えればいくらでも強くなる。そんな肉体を提供してやる」

「じゃあやります。こんな暗い場所にいるよりはいいでしょうし」


 肯定の意志を示すと、神は「状況理解が済むまでこいつを遣わす」と告げた。すると最初に声を掛けてきた温和そうな光が近づき、よろしくと挨拶してくれた。

 そうしてあっさり準備が整い、神は自身の光をより一層強めて宣言した。


「――――ではせいぜい頑張るがいい。転生した世界でお前がどんな活躍をするのか、我は天上より観覧している! 最高の冒険譚を演出してみせよ!」


 勢いに気圧され「は、はい!」と大きく返事すると、一瞬だが神が笑った気がした。続けて足元から光が湧き上がり、温かさと共に意識が白く染まる。不思議な浮遊感に包まれ、ついに夢見た異世界へと旅立った。




 …………異世界に着いて初めに見た光景は、青い空と無限に広がる大自然だった。

 建物は一つとして見つからず、人の気配は感じられない。遥か遠くに半透明の結晶体らしき物質が大きくそびえ立つのを見つけたが、気になったのはそれぐらいだ。

 ぼうっと景色を眺めていると、近くを一羽の白い鳥が通り過ぎた。後を追うように全長三メートルの巨鳥が飛び、ギャァギャァとけたたましい叫びを上げて捕食する。

 一連の出来事をぼうっと眺め、清々しい空気を吸い込み、ひとまず心を落ち着けた。そしてここに至るまでの経緯を思い返し、ため息混じりに振り向いて言った。


『…………こんな世界で頑張れって? 神様って奴は本当に自分勝手だな』

『まぁ彼はああいう人だからしょうがないよ。君がいた世界でもたぶん同じだったんじゃないかな。神ってのは自分勝手で、常に人の味方というわけではない』


 うんちく的な返事をするのはあの温和な光の玉だ。声を使わず直接脳に語り掛けているところを見るに、普通の会話方法は無理なのかもしれない。

 俺は光の玉から視線を外し、鬱蒼とした森の方に進んでいった。するとさっきまでの明るい雰囲気が一変し、周囲は薄暗くなって虫の羽音が不気味に聞こえてきた。

 さっきの空飛ぶ怪物といい、とんでもない場所に放置されたものである。

 藪を抜けてまた藪に入り、鬱陶しい虫を振り払いながら無言で進んでいった。


『ねぇ、いつまでそう不機嫌でいる気だい?』

『いや、大元の原因はそっちにあると思うんだが』

『気を悪くしたなら謝るよ。でもこれはもう決まったことだから』

『決まったも何もそっちが……って、もういいか。でも正直期待してたんだぜ? 異世界に転生って言われて、くそったれな現実から脱却できるってさ』


 確かに異世界には転生できた。そこに嘘はない。望み鍛えれば強くなれる肉体は手に入れられたのか、そちらも間違いはない。だがとんでもない問題があった。

 まず第一に俺は人ではなかったのだ。

 転生した姿は黒くゴム質な球体で、手足はない。開くと肉体の半分ほどにもなる大きな口と鋭利な牙があるのみで、お世辞にも格良い姿とは言えなかった。

 さっきから会話方法がおかしいのも、このバスケットボール二つ分の身体が原因だ。言葉を話そうにも人の口がなく、出てくる声は「ギャウ」という獣のような唸りのみだ。


『今こうしてやってる会話だけど、他の人にも同じことできるのか?』

『残念だけど無理だね。これは僕の力だから試用期間が終わり次第終了さ』

『それって詰んでるよな? てかそもそも、俺ってなんて生物なん?』

『キメラ、だよ。数多の魔物を取り込み、その姿を自身の肉体に反映させることができる』


 その存在は空想上ではあるが、生前の世界で見知ったものだった。

 確か由来はギリシア神話のキマイラから来るもので、多種多様な姿を持つ。ゲームなどでは中盤ボスの定番であり、それなりに知名度がある存在だ。

 何故俺たちの世界で語られていたキメラが異世界にいるのか聞くと、俺には言語を翻訳できる力がデフォルトで備わっていると説明がなされた。


『たぶん君の世界で近い存在がいて、その名を当てはめてるんじゃないかな。異世界由来のことわざだって、今の君なら元の世界の意味で聞くことができる』

『聞けたところで会話できないなら意味ないんじゃ……』

『それはまぁ、なるようになれってところでダメかな』


 光の玉は申し訳なさそうにしていた。その反応を見て色々と諦めた。

 きっとこの光の玉もあの神とやらの被害者なのだろう。どんな生物になるか聞かなかった方にも落ち度はあるし、いつまでもウジウジしてもいられない。

 もう俺は魔物となった。まずはその事実を受け入れた。

 爪や翼といった初期装備はなく、人と出会えば迫害されるかもしれず、環境は最悪。始まるのは華々しい冒険ではなく、一日一日をどう切り抜けるのかという過酷なサバイバルだ。


(――――けど強くはなれるんだろ? だったら最強を目指してやる!)


 ザァッと流れる風に耳を傾け、コロコロと前転状態で進んでいく。こうして俺の、キメラの幼体から始まる物語は幕を開けた。

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