第55話 嫁作ギャルゲー withフタリ ヒトエ その2

『すみません、こちらに背の低い女の子は来ませんでしたか?』

『さぁ?見てませんよ』

『……いいことを教えてあげましょう。

見え見えの嘘ほど、大人を怒らせるものはないんです』

「はい。リンチ入りましたー。

再入院する羽目になりましたけど、特に後遺症とかはなかったんで、ご心配なく」

「するわ。なんでここで致命的にダメな嘘吐くんだよ」

「僕にヘイト向けた方が時間稼げるかなーって」

「お前の命、残機ないんだぞ?」

「知ってますけど」


コメント:家の近所でも大怪我してるんかコイツ…。

コメント:後遺症なくてよかった。…いや、よかったのか?

コメント:さっさと家帰ればよかったのに、その場に残ったのなぁぜ…?

テラス嫁:↑自分にヘイト向けて庇った。

コメント:覚悟ガンギマリ過ぎる…。

コメント:匿えって言われただけで囮までやるな。

コメント:ゲーム感覚で命を使うな。

コメント:命の価値をそんじょそこらの一般人よりもわかってるくせに、自分から捨てにいくのなんなの?

MAIC:↑ほんそれ。

ヨイヤミ フチロ:もっと言って。

テラス嫁:言ったところで聞かへんでコイツ。


暗転し、複数人の罵詈雑言と殴打の音だけが響く画面を前におどけた僕に向けて、ヒトエさんの呆れた視線と、視聴者によるドン引きしたコメントが飛ぶ。

仕方ないじゃないか。

流石に家に押し入ったりはしないだろうが、窓を覗き込むくらいのことはやるだろうし。

それでバレて待ち伏せされたらたまったもんじゃない。

だったら、彼女の行先を知ってる僕に拷問なりなんなりして労力を割く可能性に賭けた方がいいと思ったまでだ。

ロード画面が切り替わると、路地裏に連れ込まれた僕を見て怒気を強める老父の一枚絵が映し出された。


『おイ…。ウチのマゴに…、何しテル…?』

「この日、たまたまウチに遊びに来てたんですよね」

「初めて見た時腰抜かしたわぁ。

お前がえらい目に遭ってるかもって聞いた時なんて、なんか体から『ビキビキビキィッ』て音鳴ってたもん。超ビビった」

「あの人、筋肉量だけで言うと店長超えてますもんね。今も」


コメント:こっわ。

コメント:これは睨んだだけで逃げますわ…。

コメント:あの、嫁さん…?コレ、ノンフィクションの筋肉と顔面なん…?

テラス嫁:多少はフェイク入れとるけど、筋肉と顔面に関してはマジやで。

MAIC:これでも抑えとるくらいだよね。

コメント:なんで弟さんには遺伝して先生に遺伝せんかったんや…。

コメント:単に怪我に次ぐ怪我で鍛える期間を確保できなかったからでは…?


睨め付けられ、逃げ去っていく男女を描写したテキストとコメント欄に目を通す。

確かに、弟は祖父に若干似てる。

女顔は完全に母の遺伝だが、自己中心的な性格といい、筋肉で全てを解決しにいく脳筋っぷりといい、隔世遺伝という単語がこれ以上なく仕事をしてるくらいに似てる。

ボッコボコにされた画面の中の僕は、ほうほうの体で顔を上げ、祖父の背後に隠れるようにしてこちらを見つめるヒトエさんを見やった。


『……なんでそこまですんだよ』

『………ぁぇ?』

『なんの関わりもないんだ。

突っぱねてほっとけば良かったのに…』

『…せいとかいちょ…、……あ…』

「…あのさ、これだけで二重人格ってわかったのなんでだ?

見舞いに来た時、『二重人格でしょ』って言われてびっくりしたんだけど」

「この豹変っぷり見て、『なんの関わりもない僕がここまで酷い目に遭ったんだから、あそこで育ったのならそうなってるかもな』って思っただけですが」

「なんだそりゃ」

「なにせ2人目の親友がそういうタイプの多重人格者だったので」

「………なんかごめん」

「いや、悪くないのに謝られても」


コメント:闇で溺死しそう。

コメント:サラッとそんな激重情報ぶっ込んでくるな。

コメント:重ねちゃったのね…。

コメント:傷抉るようで悪いけど、嫁さんらは2人目の親友さんのことは知ってるん?

テラス嫁:ウチら姉妹の場合は幼馴染やったってこともあるからよぉ知っとるよ。

MAIC:面識ない。

ヨイヤミ フチロ:同じく。

テラス義妹:コレを見ている視聴者に言っておくが、教育ママなんてなるもんじゃないぞ。行き過ぎるとああなる。

コメント:↑そのコメントだけで大体察したわ。


そう。僕はヒトエさん以外にも多重人格を患った人間を知っていたのだ。

それが亡くなった2人目の親友。

彼女は両親に多大な期待を押し付けられ、人格を分けてもそれに耐え切れず、身を投げようとした。

身投げに選んだビルの屋上。

同じように身投げしようとした少女を庇うようにして死んだ、優しい女の子。

エゴが多分に含まれた僕の自己犠牲。

その根幹を担っている少女。

彼女のことが恋愛的な意味で好きだった…ということは全くもってないが、彼女の存在は僕にとってかなり大きかった。


「…私がフラれたのって、それもある?」

「まさか。1番隣に居て欲しかったのが嫁だっただけです。

あなたと親友を重ねるなんて、あなたにも親友にも失礼ですから」


気を失い、ぼやけた一枚絵と共に失った親友のことを想起するテキストが流れる。

ああ、こんなふうに短い髪の子だったっけ。

あまり詳しく語るのも悪いな、と思いつつ、僕はテキストを進めた。

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