第48話 闇を競え、ブラックバトル その1

「テラス先生、フタリさん。

コラボ配信で『前職の闇を競い合え!ブラックバトル!』という名前の企画が出たんですが、どうでしょう?」


ASMR騒動から二日後。

勝手な行動をした罰とライブプラスの親会社…正確には属してる企業グループの代表直々に減俸を言い渡されたマネージャーさんが、かなり下手に出て資料を差し出す。

呼び出された僕とフタリさんは、その資料に目を通し、頷いた。


「まあ、これならいいですかね。

不幸自慢っぽくなりそうであんまり気は進みませんけど」

「私もできることなら、ありとあらゆるハラスメントが集合してできたハゲブタの顔を思い出したくないんですがぁ」

「フタリさんがそこまで毒吐くって、どんだけヤバかったんですか、ソイツ」


どんなモンスターにも必ず長所を見つけ出して褒めちぎることを得意とするフタリさんがここまでハッキリ言うとか、どんな怪物なんだ。

しかも、ウチの弟によって逮捕された政治家親子と違って、フタリさんが辞めただけでノーダメだし、まだその会社にいるんだろ?

現代社会が地獄すぎる。

因果応報とは必ずしもいかないんだなぁ、と思いつつ、僕は資料を読み進めた。


「どちらかが詰まるまで続くって、大丈夫です?余裕で三日潰れますよ?」

「いや、ソレは流石に誇張表現では…?」

「三日は言い過ぎですよぉ」

「ですよね?」

「1週間ですぅ」

「もっと酷かった」


教職も大概だけど、一般企業もかなりの魔窟らしい。

絶対に一回の枠で収まらないな、と思いつつ、僕は「どちらかが詰まるまで」という文言に指を添えた。


「…3時間超えそうになったら切り上げると付け足してください。

多分、キリがないんで」

「あ、はい」


引き気味に頷かれた。

ブラック企業でも教職でも、10年勤めてたら不満なんざいくらでも出る。

当たり前のことだろうに、なんでそんな引かれなきゃならんのだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はいどうも、不本意ながら、久々に前職の闇を垂れ流しに来ました、陽ノ矢 テラスと」

「同じく前職の闇を垂れ流しまぁす、ヒトエ フタリでーす」


コメント:現代社会の闇vs現代社会の闇vsお仕事病みー感謝感謝感謝軍団

コメント:↑地獄絵図すぎて草。

コメント:誰だこんな地獄考えたやつ。いいぞもっとやれ。

コメント:浴びにきました。

コメント:浸かりにきました。

コメント:銭湯かな?(白目)

コメント:お湯がすごい濁った色してそう。


始まってしまった。

こんなくだらない愚痴大会を楽しみにしてきたのだろう、同接の視聴者が一万人もいる。

これで教職を目指す人間が減ることにならないといいなあ、と思いつつ、僕は企画を説明する。


「今回の企画はシンプルに、どちらかが詰まるまでブラックな体験を挙げることです。

なお、三時間を超えたら引き分けということで、無理矢理に切り上げさせていただきます。多分、余裕で1週間超えるので」

「教職も大概ですけど、こっちもかなり黒いですよぉ。主にどっかのハラスメントブタハゲのせいで」


コメント:恨みがこもりすぎてる…。

コメント:片や国が生み出した地獄、片や一般企業が生み出した地獄…。

コメント:どっちも地獄に変わりないのでは?

コメント:初期テラスの闇が化学反応を起こして数倍重くなるとか、誰が予想したよ。

コメント:ワイ、テラスリスナー兼教職志望。この度免許とったんで、なる前に日本の教員代表の苦労を聞きにきた。

コメント:↑こいつの場合、普通の教員じゃしないような苦労もしとるで。


人並みの苦労もしてるわ。人が常軌を逸した不幸にばかり遭ってるとか思うな。

そんなツッコミを心に秘めつつ、僕はフタリさんに「順番決めのじゃんけん」を促した。

結果。僕はパー、フタリさんはグー。

僕が先に話すことになってしまった。


「えー、僕がじゃんけんで勝ったので、僕から先に話そうと思います。

確か、2年目の時でしたね。僕はまだ担任としてはクラスを持ってなかったんですが、一学期にあるクラスの担任と副担任が体調を崩しまして。

どうやら担任の方は悪性腫瘍が見つかって、副担任の方は持病をこじらせたらしくって、二学期からは副担任ですらなかった僕が代わりに担当することになったんですが…。

まぁ、崩壊してました。当時の主任が面倒くさがりだったんで、全ッ然そのクラスを気にかけてなかったそうなんです。

もう当時の僕、唖然ですよ。おもわず『猿山かよ、ここ』って言っちゃいましたし。

『このまま行くと、好きなことして生きられませんけどいいんです?』って一人一人を現実でぶん殴ってなんとかしましたけど」

「……2年目で任せる仕事じゃないですねぇ」


コメント:地獄すぎて草。

コメント:担任がいなくなった途端に学級崩壊するのわかる。俺もそうだった。

コメント:生徒のこと猿って言ってて草。

コメント:それを帳消しにするくらい功績がデカすぎる。

コメント:なんでこの人辞めさせたん?

コメント:2年目で学級崩壊なんとかしてるの、ほんま人間辞めてる。

コメント:コイツほど物議醸す教員おらんけど、コイツレベルにモノをハッキリ言うやつじゃなきゃ収められない事態が多すぎる…。

コメント:何気に一人一人と話してんのポイント高い。


いや、本当に大変だったからな?

その時に起きた騒動で小指の骨が折れたし。

そんな当時の生徒がこの間、「外科医になりました」って僕が世話になった医者の元で研修医してたのには驚いた。

コメント欄が騒ぎ立てる中、僕はフタリさんに話を促す。


「ほら、次はフタリさんの番ですよ」

「飲み会強制参加で、あのモラハラアルハラセクハラクソブタが私に『飲み比べしよ!オレが勝ったら一緒に食事ね!』って無理矢理に絡んできたんです。

しかも、親会社の社長の子供だから逆らえなくって、飲み比べしたんですけど…。

まあ、圧勝でしたね。翌週来たら、なんでかミスを押し付けられてめちゃくちゃ減給されましたけど」

「おうっふ」


コメント:こっちも大して変わらん地獄で草も生えん。

コメント:クソブタのアルハラに正面から勝ってんのすこ。

コメント:クソブタ誘い方きしょすぎて草。

コメント:おい!クソブタのこと上司って言うのやめろよ!

コメント:↑逆やで。

MAIC:よかったね。転職先、好きな人が隣にいる職場で。

ヨイヤミ フチロ:よかったね。

コメント:↑果てしない圧を感じるのはなぜ?


なんの落ち度もないのに減給とかマジか。

一般企業も大概理不尽だなあ、と思いつつ、「次どうぞ」と促してるフタリさんに応えるように、僕はツラツラと思い出を語った。


「どっかの変態が女子更衣室に小型のカメラを仕掛けたのが見つかりましてね?

生徒内の犯行かって意見がもちろん出るわけでして。

そこから一ヶ月くらい、毎日毎日警察とのやりとりとか、犯人探しとか、意味のない議論による残業とかしてたんですけど、僕がたまたま外回りをしてた時に女子トイレに侵入しようとしてた激太りの男を見つけまして。

駆けつけた体育の先生と2人がかりでなんとか抑え込んで通報したら、まあ当たりだったわけですよ。

あの残業代お前が払えよとか思ってました。まあ、元から出ないんですけどね。教職は残業代ないので」

「うちの会社と同じですぅ。

あいつが仕掛けたカメラ、黙殺されましたけど」


コメント:ワイ、さっき免許取得報告した教職志望。心折れそう。

コメント:生徒や教員が犯人だった時の方がめちゃくちゃ面倒くさいぞ。

コメント:↑経験者の貫禄ある。

コメント:それで当時の主任が塀の中。結果、ワイが主任やる羽目になった。

コメント:ないだろそんなことって言いたいけど、実際に結構あるわ…。

コメント:ネットニュース見たらめっちゃあって草。

コメント:親に言われて資格取れとか言われてたけど、教職課程だけは絶対にとらん。


もちろん、生徒が犯人だったケースも、同僚が犯人だったケースも体験済みである。

そんなことを思いつつ、僕はフタリさんに「次どうぞ」と促した。

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