第46話 販売用ASMR
「同人サイトでASMRを販売することになりました」
「需要あります?」
嫁の妊娠発覚から2週間。
会議室に集まった4期生を前に、マネージャーさんが意気揚々と、妖艶さを纏うイラストが描かれたポスターを貼る。
なんで絶妙に需要のなさそうなメンバーが揃ってる4期生でそれをやろうと思った。
4期生全員がそう思ってるのか、渋い顔を浮かべる。
僕の失礼極まりない発言にツッコミが出ない時点で、自分に「そういう需要が無い」ということを理解してるのだろう。
僕たちが視線で抗議をするも、マネージャーさんはめげずに続けた。
「…なんか要望あったんですか?」
「はい、ありました!MAICさんとかフチロさんに金でぶっ叩かれました!」
「もう答えなんですよ」
何やってんのあいつら。三十路のおっさんの声に需要なんてあんの?
しかも僕、もうちょっとしたら父親になるんだぞ?
子供のためにも、流石にこれ以上、黒歴史を量産したく無い。
…もう手遅れかもしれないけど。
どうせ嫁も賛成したんだろうなぁ、と思い、僕は深いため息を吐いた。
「えっと…、ASMRって、耳かきとか、そういうシチュエーションで囁くように録音するやつでしたっけ?」
「夫婦で愛を囁いたりとか、そういう感じでやってもらえれば!」
「獅子ノ座夫婦はいざ知らず、僕んとこはそんな熱々な夫婦関係じゃ無いですよ」
「その割には、奥さん妊娠してますよね」
「デリカシーって単語知ってます?」
「ごめんなさい」
そういうところだぞ。
コトバさんを横目で一瞥し、僕は渡された「テラス先生用」と表紙に書かれた台本へと目を向ける。
果たして、どのような内容なのだろうか。
嫌な予感しかしないが、目を通さないわけにもいかない。
僕は覚悟を決め、台本を開く。
『教師と生徒、禁断の添い寝』
クソみたいな文字列がそこにあった。
生徒と添い寝なんざしたことないわ。したら一発でクビだわ。
…いや、別の理由とはいえ、クビになったからここにいるわけだけども。
周囲を見ると、似たり寄ったりの内容だったのか、半端なく嫌そうな顔をしてる。
オウジャさんとヒメさんなんて、めちゃくちゃ殺意纏ってる。どんな内容だったんだ。
そんな中、顰めっ面のマナコさんが顔をあげ、口を開いた。
「…彼氏いない歴イコール年齢にはもっと厳しい気がするぞ、これ」
「それ私に喧嘩売ってる?」
「私も彼氏いないっての」
「19かそこらの小娘の『彼氏いない』発言ほど腹立つものってないわね」
「前世ダイナマイトだったりする?」
前職の同僚で似たようなのがいたから、怒りたい気持ちはわかる。
けれども、頼むからもう少し抑えてくれ。
マナコさんに詰めてかかるシェスタさんを「マナコさんも悪気があったわけじゃありませんし」と宥めつつ、僕はパラパラと台本を読み進める。
…うん。なんというか、想像以上にキツい文言が並んでる。
なんでたかが添い寝で、こんなヤらしい言葉を囁く必要があるんだ。
嫁にもやったこと…あるわ。
帰ってきた時に強請ってきたからやったわ。
年甲斐もなく恥ずかしがる姿が可愛くて、ついつい盛り上がってしまった記憶がある。
…いや待てよ?ソレを全世界に向けて売り出すとか正気か?
僕はマネージャーさんに向け、恐る恐る問いかけた。
「……営みを始める前のやり取りみたいなの、しなきゃダメなんですか…?」
「はい」
「嘘だろ勘弁してくれ」
まだ産まれてないけど、子供にそんなもんを売って金を稼いでたとか知られたら、どう言い訳すりゃいいんだ。
下手すればグレるぞ。というか、僕だったら確実にグレる。
僕が頭を抱えていると、コトバさんとマナコさんが信じられないものを見るような目でコチラを見ているのに気がついた。
「先生、まさかの経験者だった…」
「その…、奥さん、耳弱いのか?」
「答えると思いますか?」
めちゃくそに弱いけど。ちょっと指で撫でるだけでも変な声出すくらいには弱いけど。
…っと、意識が逸れた。
兎にも角にも、困ったことになった。
いくら仕事とはいえ、これは流石に気が進まない。
断りを入れようと、僕が口を開こうとするも、マネージャーさんがそれを看破したかのように被せた。
「あ。もう告知出しちゃってるので、覚悟決めてくださいね?」
僕らは揃って、天井を仰ぎ見た。
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