第26話 代表曲が演歌調だった件について

「とうとう完成しましたよ、テラス先生!」


事務所の打ち合わせ室にて、マネージャーさんの興奮した声が響く。

揺れる脳を抑えるように額に手を当て、僕は眉を顰めた。


「あの『4期生を代表する歌』ですか。

僕とコトバさん、まともなパートありますよね?」

「もちのろんです!というか、メインはお二人に飾ってもらおうかなと!」


ネタ曲しか歌わん2人にメインを張れとか正気か、この事務所。

…いや、待て。正気の沙汰とは思えないメンツばっかだったわ。

ギャップ萌えとかをコンセプトに選んでるんだろうが、行きすぎて魑魅魍魎の巣窟みたいになってるし。

人事部変えた方がいいのでは、と思いつつ、僕は渡された紙に目を通す。


「歌詞ですかね。…ああ、よかった。

友だちとのカラオケだと逆に恥ずかしくなるくらいマトモな歌詞ですね。珍しく」

「珍しくは余計では?」

「今までのこと振り返ってから言ってください」


今までの企画、割と碌でもないのばっかだった気がするぞ。

僕、マナコさんとかヒメさんとかに何回か鯖折りにされかけたし。

呆れた視線を向け、もう一度、歌詞やメロディやらが書き出された紙に目を落とす。

…フレーズがところどころ演歌っぽいのが気になる。

まさか演歌調じゃないだろうな?

マネージャーにもわかるように眉を顰め、その問いを投げかけた。


「演歌っぽいフレーズ結構ありますけど」

「あ、気づきました?

実は演歌調になってるんです」

「……歌えと?」

「はい」

「ネタ曲しか歌ってない奴らに?」

「はい」

「結構無茶振りしますよね、この職場。

流石に前職ほどではありませんが」

「先生の場合は職業関係ないでしょ」

「侮辱罪で訴えますよ」


割と本気で傷ついたぞ、今の。

自覚がある分、余計に。

僕は表情を歪めながらも、完成した楽曲を前に、ため息を吐いた。


「頑張らせていただきます。仕事ですんで」

「テラス先生って、根っからの仕事人間ってって感じしますよね」

「いや、流石にもう職を失うのは懲り懲りなんで」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……で、4期生全員で演歌の練習するんですか?」


事務所最寄りのカラオケ店にて。

4期生が一堂に会する中、コトバさんが僕に問いかける。

僕は軽く頷き、記憶を辿った。


「コトバさんは学園祭で歌ったことありますよね、確か」

「歌えますね、はい。一時期、演歌調歌い手として活動してたんですよ?」

「オセロと言い、割と多才ですよね、君。

ソレを差し引いてもマイナス面が目立ちますが」

「最後の一言余計です」


ドヤ顔がウザかったので。

その一言を飲み込み、僕はマナコさんに目を向ける。


「マナコさんは…ちょっとこぶしの効いた感じの歌声は無理そうですね」

「アニソンとかならイケるけど…、演歌はちょっとなぁ…」

「現役時代のドスが効いた声で歌えます?」

「ソレでいいならいいけど、こぶしが効いてるとは言い難いんじゃねーか?」

「まぁ、極論言えば『それっぽけりゃいい』ですし。

アーティストでもない素人集団にそこまで求めてないでしょ」

「ボイトレ付いてるから、素人とも言い難いんだけどなぁ…」


マナコさんは声が可愛すぎるから、スイッチが入った…もといドスが効いた状態じゃないと、あんまり演歌映えはしないと思う。

…というか、僕とコトバさんをメインに置くことを考えすぎて、周りに迷惑かけてないだろうか。

そんなことを思いつつ、僕は、ずごっ、とメロンソーダをストローで一気飲みするシェスタさんに目を向ける。


「シェスタさんは歌えますよね?」

「ええ。なんなら踊りながら歌えるわ」

「演歌で踊るポイントあります?」

「…聞きますけど、私からダンス取ったらなんのキャラが残るんです?」

「サディスティックバイオレンス」

「ドメスティックバイオレンスみたく言わないでください殴るぞ?」


本性隠せてないぞ。

秒で距離を詰め、頭蓋骨を潰さんばかりに額を押し当てるシェスタさんを何とか宥め、イチャつく獅子ノ座夫婦に目を向ける。

この2人、デュエット曲とかは上手いけど、演歌ってイケるんだろうか。

そんなことを思いつつ、僕は「夫婦熱々のところすみません」と断りを入れた。


「演歌って…」

「ああ、歌えるとも!

例え、妻に弄られていようとも!!」

「ええ、歌えるわ!

例え、夫にほぐされていても!!」

「時々シモいこと言いますよね、君ら。

ホントに四十手前ですか?」


盛りたての高校生みたいだぞ。

社会人なんだからもう少し節度を持った方がいいのでは、と思いかけるも、すぐに「社会人の中でも掃き溜めみたいな事務所だった」と思い直す。

なにせ、コトバさんや雪子さんみたいなネットリテラシーという単語を知らなさそうな人を起用するくらいだ。

節度がどうこうと言う話が通じるような事務所ではないのは、分かりきった話だった。

…でも、不思議と炎上はボヤ騒ぎレベルで済んでるんだよなぁ。なんでだ?

新たに浮上した疑問に首を傾げつつ、僕は曲を選び、マイクをコトバさんに渡した。


「じゃ、不安が残る僕とマナコさんが中心的に歌うということにしたいんですけど…。

お手本として、皆さんが先に歌ってくれませんか?」

「うむ。いいぞ」

「…先生って、物事を取り仕切るのが上手いって言うか、引率の先生みたいな安心感があるわよね」

「そりゃ本職でしたし」

「問題児ばっか持ってたからってのもあると思うよ。

『なんか面倒な事情抱えてるのは、とりあえずアイツに回しとけ』みたいな風潮あったって他の先生に聞いた」

「初耳なんですけど」


道理で重めの過去を持つ生徒ばっか受け持ったわけか。

辞めてしばらくしてから判明した事実を前に、辟易のため息を吐きつつ、僕はコトバさんの歌声に耳を傾けた。

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