第10話 お泊まり配信 その1
「責任取ってくれよぉ!!」
「…あの、勘違いされるんで、もう少し言葉を選んで欲しいというか…」
事務所での打ち合わせの帰り。
帰宅しようとした僕を食い止めるように、勘違いされそうな文言と共に、マナコさんが抱きついてきた。
これだけ見れば、ファンの方々から殺害予告でもされそうな光景だが、悲しきかな。
つい先日、「マナコさんが椅子の背もたれをハグで破壊した」という光景を見ている僕からすれば、銃口を突きつけられたようなものである。
デスゲームの最初の敗退者並にガタガタと震えるマナコさんを放っておくわけにもいかず、僕は彼女の背をさすりながら、椅子に腰掛けた。
「…やっぱ怖かったです?」
「怖いなんてもんじゃねぇよぉ…!
電気つけなきゃ寝れねぇし、トイレにだって夜中に行けねぇし…!!
自分のキャラのファッション目ん玉にすらビビり散らしてんだぞこちとらぁ…!!
次の怪談配信が来るって思うと、憂鬱なことこの上ねぇよちくしょォオ…!!」
かなりの重症だ。
マナコさんにとっては最悪なことに、ウケが良かったということで、シリーズ化も決まってしまっている。
「この事務所辞めたらどうです?」と問うと、「怪談以外は気に入ってるし、やりがいも感じてるからヤだ」と返された。
出来ることなら、マナコさんをレギュラーから外せるように直談判しよう、と思いつつ、僕はちょうど持っていたジュースを彼女に差し出した。
「…で、責任を取れとは、具体的に?」
「暫くウチに泊まってくれ。
知ってる誰かがお家にいないと怖い」
「まずはご家族に頼むべきでは?」
「実家暮らしだけど、父ちゃんも母ちゃんも大阪に出張中なんだよぉ…!!」
「……や、だからって僕に頼みます?
君を散々怖がらせた張本人ですよ?」
「だから、その責任取ってくれよぉ…!」
断れない雰囲気を醸し出している。
32の男が、見た目で言えば小学生くらいにしか思えない女性の家に泊まる。
字面だけでも事案である。
どうしたものか、と悩んでいると、打ち合わせを終えたであろうコトバさんが現れた。
「先生、どうしたんですか?
側から見たら犯罪ですよ?」
「無慈悲で的確な指摘をありがとう勘弁してくれ」
せめて、マナコさんが年相応の背丈をしてくれていれば。
マナコさんが今すぐに急激な成長期に突入しないかな、などとあり得ない願望を抱いていると。
ふと、僕の脳に電流が走った。
顔が割れてるコトバさんも巻き込めば、事案にはならないのではなかろうか。
そうと決まれば善は急げ。僕はポケットから財布を取り出し、彼女に見せた。
「…コトバさん、マナコさん。奢りますんで、ご飯行きましょう」
「「へ?」」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……コトバちゃん、女捨ててるよな」
「んぶっ」
家系ラーメン店にて。
ニンニクと豚骨の芳しいスープを啜るコトバさんに、マナコさんの指摘が突き刺さる。
確かに、うら若き乙女が口から放っていい香りではない。
店のチョイスもコトバさんなのだが、豚骨スープから出る湯気で燻製でも作るのかと思うほどに煙が充満した空間に、マナコさんが難色を示したのは言うまでもない。
卒業してから、何回か交流があったため、僕は慣れているが。
「に、ニンニク好きだもん。
ニンニクが好きな人と結婚するもん」
「流石にこのレベルはどうかと思う」
「在学中、『付き合うんならニンニクに魂を売り飛ばす覚悟をしなきゃいけない』とか言われてましたからね」
「おかげで彼氏いない歴イコール年齢」
「自慢できることじゃねぇんだわ」
豚骨ニンニク大好き男子高校生がドン引きするレベルでニンニクを摂取していたのだ。
男が寄り付くはずもない。
こんなところに吸血鬼が入れば、即座にチリになるだろう。
本当に無理があるキャラ設定だな、と思いつつ、僕は麺を啜った。
「…で。私がマナコちゃんのお家に泊まればいいってことですか?」
「お願いできますか?僕だと事案なので」
「……先生が責任取るって話では?」
「や、そりゃそうなんですけど。流石にこの背丈の人の家に元教職が上がり込むってのは事案かと…」
「あの配信自体事案では?」
ぐうの音も出ない正論が返ってきた。
僕はそれを無視するように、冷を口にする。
二人の突き刺さるような視線が痛い。
「…3人でお泊まり配信します?
数字出ると思いますよ」
「……怪談はないよな?」
「別の意味で怖い話はあると思うよ。
教職のブラック自慢っていう」
「それはそれでヤだな…」
「最近は控えてますって」
「コラボとか企画だけでしょ?普段の配信じゃ全然控えないじゃないですか」
流石は僕の生徒。的確に急所を殴ってくる。
スープに浸ったキクラゲを咀嚼し、僕は正論の一撃を受け流した。
「じゃ、それで行きましょうか。
配信機材も持って行くんで、暫く待っててください」
「お、おう。……本当に怪談ないよな?」
「だからやりませんって。マネージャーさんからのカンペとかないんですから」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…なんていうか、和風テイストのゲームに出てくるみたいな家ですね」
言われた住所に着くと、そこには立派な日本家屋が佇んでいた。
表札にはマナコさんの苗字である、「百鬼」という文字が刻まれている。
そこそこ古く感じるものの、建てたのはここ30年かそこらという印象を受けた。
「父ちゃんがそう言う趣味でさ。
おかげで夜中になんか出るんじゃないかってビクビクしてる」
「築何年です?」
「25年。オレが生まれる5年前に作ったって言ってた。
田舎だけど、昔にヤベェ事があったとかそういうのは無いんだと。
だから、恐怖もだんだん薄れて、もう全然気にして無かったんだけどさ…」
「先生の怪談で怖さがまた爆発したと」
「すみません、仕事だったんで」
なんて企画を通しやがったんだ、あのマネージャーめ。
全力で自分を棚に上げつつ、僕は機材やら生活必需品やらを運び込む。
と。僕の脇腹に、なにか柔らかいものが、凄まじい勢いで激突した。
「ぐふぅっ!?」
「ペットのわたあめ。『やられる前にやれ』って教えてたせいか、初対面のお客さんには絶対に突進をかますようになっちゃって」
「わお。愛犬教育がバイオレンス」
体勢を崩し、うずくまる僕に、体当たりしてきたポメラニアンが「わんっわんっ」と吠える。
これが天誅か。
そんなことを思っていると、マナコさんが「わたちゃん、その人は大丈夫。だいじょーぶー」と子供に言い聞かせるように抱き上げる。
が。通じていないのか、それとも僕が飼い主をガチビビりさせた張本人だとわかってるのか、全力で歯を剥き出しにしてこちらを睨め付けていた。
犬にこんな視線を向けられると心が痛い。
「…怪談配信のシリーズ化、今からでも止められませんかね」
「無理だと思いますよ」
「ですよね」
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