第14話 砂漠の悪魔・サボテンダー
ここは、評儀祭が行われている城の中。
評儀祭の特別室でゴールドメッキ商会の会頭、キンメッキ・ゴールドは唸り声を上げていた。
「――ぐっううううっ……!(あの役立たず共め! 話が違うではないかっ!? あの小僧、冒険者ギルドで冒険者不適格の烙印を押され、仕方がなく商業ギルドに登録したのではなかったのか? あのティル・ヴィングを倒せるほど、強いとは聞いてないぞ……!)」
キンメッキは物事が上手くいかないと癇癪を起すタイプの経営者。
数十年熟成させたヴィンテージワインを開けると、ワイングラス注ぎ、煽り飲む。
(――バレンシアとネーブルは、闘儀の場へ引き吊り出すことに成功したと成果のみを報告してきたが冗談じゃない! こんなことになる位なら、闘儀の場に引き吊り出さない方が良かった。優勝候補筆頭であったティル・ヴィングを倒せるほどの男だと分かっていれば、誰が、闘儀の場に引き吊り込もうとするものか……!)
――カチャ!(ワイングラスをテーブルに置く音)
音を立て乱暴にワイングラスをテーブルに置く。
美味いワインを飲んで幾分か気分が紛れたもののイラつくことに変わりはない。
「――怖いわ。そんなに荒れてどうしたの?」
つい先日まで教会の財務担当として働いていた元シスター、ミラ・フロードは機嫌を窺うようにキンメッキに話しかける。
バレンシアとネーブルからの報告はミラのいない所でされたもの。キンメッキが不機嫌な理由をミラは知る由もない。
「……いや、なんでもない」
「――そう? それならいいんだけど……」
キンメッキの隣の席に着くと、ミラは空になったワイングラスにヴィンテージワインを注いでいく。
「――それにしても、今の試合、面白かったわね。あの子供……。剣匠ティル・ヴィングを倒してしまったわ」
「ふん……(――たった数秒であのティル・ヴィングを倒すような奴だぞ? 脅威に感じこそすれ、面白いなどと思うものか……!)」
思い通りに行かず、内心、腑が煮え繰り返っている。
しかし、そこは城塞都市マカロン有数の大商会を束ねる会頭。
そんな内心をおくびに出さず話題を変えた。
「……まあまあの強さだな。ワシのハーフゴブリンがティル・ヴィングの相手であったとしても、あの程度であれば瞬殺できただろうよ」
「言われてみるとそうね。剣匠ティル・ヴィングも堕ちたものだわ。あんな子供に負けるんだから。みっともないったらありゃしない」
「まったくだ」
言われてみれば、ミラの言う通りだ。
苛立つことではない。確かに、剣匠ティル・ヴィングの動きは明らかにおかしかった。
糞尿垂れ流し悶絶していたようだし、元々、体調が悪かったのかもしれない。
ワシとしたことが、優勝候補筆頭という言葉に惑わされていたようだ。
名声で強さなど測れる訳がない。
「そういえば、キンメッキ様のハーフゴブリン、シード枠になったんですってね?」
「――耳が早いな。それだけ、ワシのハーフゴブリンがマカロンの戦力として期待されているということだ……」
ハーフゴブリンは人間とゴブリンの混血。
人を超える膂力。そして、再生力。人にはないモンスター特有のスキルと、どれも計り知れない力を持っている。
また闘儀で優勝することを条件に、軍への配備も内定済だ。
「流石はキンメッキ様ですわ……。でも、どうやってハーフゴブリンを見付けたの? 人族の女性がゴブリンに襲われ身籠ったとしても、産まれてくるのはゴブリンそのもの……。ハーフゴブリンが産まれてくるとは到底、思えないのですけど……」
「ミラが相手とはいえ、それを教えることはできんな……(――皆、頭が固すぎる。柔軟に考えれば、簡単に理由が分かるだろうに……。まあ、倫理的にアウトなので、そこで考えを止めているのかも知れないがな……)」
人族の女性がゴブリンの雄に襲われた場合、ほぼ100%の確率でゴブリンが産まれる。
では、その反対ならどうだろうか?
ゴブリン族の雌から卵子を取り出し、人間の精子をもって体外受精させる。
それがハーフゴブリンを量産するためのカラクリである。
ハーフゴブリンの存在を知ったのは偶然だった。
ゴールドメッキ商会に納入された奴隷の1人が面白いことを言ったのだ。
『ゴブリンの森にゴブリンと共生する人族がいる』と……。
最初は半信半疑だった。ゴブリンは人族共通の敵。
言葉も通じず、分かりあえるはずのない種族の一つだ。
しかし、商品の搬入時、偶然、襲い掛かってきたゴブリンを撃退した際、そのゴブリンの腹の中から極めて人間に近い容姿をしたハーフゴブリンが中から出てきたことにより話は一転する。
モノは試しと、そのハーフゴブリンを育ててみると、たった数ヶ月で人間でいう所の15歳位の年齢まで成長し、人の言葉も年相応に理解したのだ。
もはや、肌と目の色の違う人族にしか見えない。
数ヶ月に渡る検証の結果、分かったこと。
それは、ハーフゴブリンはゴブリンの雌から産まれるということ。
しかも、ゴブリンは多産。一度のお産につき10体のハーフゴブリンが産まれてくる。
おそらく、こういったゴブリンの特性を研究したのは、人類史上初めてのことだろう。ハーフゴブリンの有用性を知れば、必ず利用しようとする者がでてくる。
(――このワシのようにな……。ハーフゴブリンの軍事利用? するに決まっている。ここは城塞都市マカロン。ゴブリン戦線の最前線だ。そしてゴブリンは人類の敵。そのゴブリンの血の混じった生き物をゴブリン討伐に役立ててなにが悪い。血で血を洗うようなものだ……。ゴブリンを研究して分かったこともある。それは、ゴブリン同士の出生率が極端に低いこと。研究員がどうしても研究して見たいと言うのでやらせてみたら凄い事実が発覚してしまった。ゴブリンは他種族との生殖することで種を存続させている可能性が出てきたのだ。他にも、キングやホブといった上位個体に進化できるのは、ゴブリン同士から産まれた個体のみであるという事実も発覚した……)
つまり、純粋なゴブリンは他種族の雌がいなければ、種を存続させることが難しいモンスターなのである。
(――このことを知るのはワシと一部の研究員だけでいい。多少、倫理的に問題あろうとも、ゴブリンに対抗するためには必要なことだ……。ふふふっ……)
そうほくそ笑みながらワイングラスに口を付けると、ミラが微笑みかけてきた。
「うふふっ、キンメッキ様、嬉しそう……。次の試合、ハーフゴブリンの強さを見るのが楽しみですわ」
「……そうだな」
(そうだ。よく考えて見れば、ワシにはハーフゴブリンが付いている。剣匠ティル・ヴィングを倒したことには驚いたが、まあ問題ないだろう。闘儀で領主御用達の栄誉を賜われるのは優勝者のみ。いくら足掻こうとワシのハーフゴブリンに勝てるはずがない……。とはいえ、念には念を入れておいた方が良さそうだ……)
キンメッキは気付かない。
道端に落ちた小石。
その程度の認識だったヒナタの存在がキンメッキの中で行手を阻む巨石ほど大きくなっていることに、キンメッキは気付けずにいた。
◇◆◇
評儀祭、2日目。
『――さあ、始まりました。評儀祭『闘儀の部』第2回戦……! 左手から現れたのは、城塞都市マカロンが誇る剣匠、ティル・ヴィング選手を一瞬にして地に沈めた男。Fランク商人、ヒナタ・クルルギィィィィ! 奇跡のフルーツ、バナナを武器に今度はどんな試合を見せてくれるのかぁぁぁぁ!』
バナナを手に持ち、闘技場に歩いて行くと、観客の熱い視線がヒナタに注がれる。
第1回戦で、剣匠ティル・ヴィングを倒したことにより、バナナが武器として認定されてしまったようだ。これでは本末転倒もいい所である。
ヒナタの目的は、評儀祭の品評にバナナを出し、入賞すること。
それにより、商人としてのランクを上げ、バナナを商業ギルドに買い取ってもらい、エナとナーヴァの借金、金貨1000枚を肩代わりすることで教会と協会に併設された孤児院を守ることにある。
(しかし、これは……)
試しに、手に持ったバナナを掲げて見ると、観客が歓声を上げる。
『――バナナ、バナナッ! バナナ、バナナッ!』
『――バナナ、バナナッ! バナナ、バナナッ!』
(――これは流石に駄目じゃないだろうか……)
観客席を見ると、バナナで相手を撲殺する絵が描かれた横断幕が掲げられていた。
ティル・ヴィングの口にバナナを喰らわせノックアウトする場面が描かれた横断幕まである。
観客はバナナのことを食べ物ではなく完全に武器として認識したようだ。
武器としてならともかく食べ物として売れる未来がまったく想像できない。
(――こうなったらもう優勝して賞金を手に入れるしか……)
闘儀の優勝賞金は、金貨1000枚。
あまり目立ちたくはないが、こうなっては仕方がない。
――それでは、私の出番ですね――
闘技場のリングに立つと、大地創造の神、テールスがヒナタの体に降りてくる。
2度目ともなれば、慣れたものだ。
「『――さて、私の対戦相手はどなたでしょうか?』」
テールスがそう言い放つと、会場内が騒めき立つ。
『――右手から現れたのは、緑色の肌に、鋭い棘。優勝候補次点、ウイグル・アッシュ選手の体を棘だらけにして瞬殺した悪魔のサボテン。サボテンダァァァァ! その隣には、マカロン随一、双子のサボテン職人、サボテリーナ・マダガスカルがセコンドに付いています』
(――サ、サボテンダー??)
「『うん? あれを知っているのですか?』」
(――いや、まあ……。知っているといえば、知っているんだけど……)
ノアの知っているサボテンダーは、ファースト・ファンタジアシリーズに出てくるサボテン型のモンスター。
しかし、目の前にいるサボテンダーはそれとは姿形が異なる。
ハニワというよりは、ジャックオーランタンに近い。
(――って、いうか人間が相手じゃないのっ!?)
「『ええ、どうやらそのようですね』」
サボテンダーは闘技場のリングに立つと、棘だらけの腕をテールスに向け、指先をチョイチョイと動かす。そんなサボテンダーの姿を見て、セコンドのサボテリーナ・マダガスカルが微笑みを浮かべた。
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