第9話 屋台『マジカルバナナ』閉店

 屋台『マジカルバナナ』開店から2時間。

 そう。たった2時間で用意していたバナナすべてが完売となった。

 まさかまさかの大盛況である。


「えー、本日のバナナは完売しました……。またのご利用をお待ちしております」


 頭を下げそう言うと、バナナを買えなかったお客様がブーっと声を上げる。


「なんだよ。もう売り切れかよー」

「珍しい果物が安価で買えると聞いて折角、来たのに……」


 口々にそう言うお客様に、ヒナタは「申し訳ございません」と言って頭を下げる。


(――こんなことなら整理券でも作っておくんだったな……。しかし、集まっていたお客さんの目当てが、まさかうちの屋台だったとは思いもしなかった……)


 嬉しい誤算である。

 城塞都市マカロン内で流通している果物は現代日本で流通している果物と違い、甘味・酸味共に乏しい。その上、野菜のように硬いときたものだ。

 そのため、前日、バナナを試食したマカロンの人々は、バナナの甘味と、信じられないほど柔らかい果肉に魅了され、それを口々に喧伝……。

 結果として、多くの人が屋台に殺到したのである。


「ふーっ、喉がカラカラだ。後で子供たちにも水を運んで上げようかな?」


 城塞都市マカロンでは、この領地を治める領主様が商業ギルドを通し、水や塩といった生活必需品を領民へ供給している。


(謝罪行脚が終わったら、ギルドで購入した水を持っていってあげよう)


 そんなことを考えていると、謝罪行脚の途中、列から不穏な声が聞こえてきた。


「あのガキ共、どこかで……」

「アニキ! あのガキは、確か、オンボロ教会の所の……」

「……なに? 確か、あの教会の返済期日は1週間後だったな……。おい、行くぞ」

「えっ? アニキ、どこへ行くんで?」

「……そんなこと決まっている。いいから着いてこい!」


(うん? あの人たちは一体……)


 謝罪行脚している最中、聞こえてきた不穏な会話。

 赤髪オールバックのインテリヤクザっぽい風体の男と、紫色の髪をした舎弟っぽい男は、ヒナタが話しかけるよりも先に列を離れると、商業ギルドに向かって歩いていく。


(――うーん。なんだったんだろ? まあいいか)


 謝罪行脚を終えたヒナタは、コップに入れた水を持って子供たちの下に向かう。


「――みんな、お疲れ様」

「あ、バナナのお兄さん」

「お水をくれるの? ありがとう!」


 商業ギルドで買ってきた水をコップに入れ振る舞うと、子供たちは喉を潤していく。

 マカロンは温帯。年間を通して温暖な気候であるため、2時間ぶっ通しで働けば汗もかく。水分補給は大切だ。


「ぷはっ、そういえば、まだ、バナナの在庫はあるんでしょ? なんで、お客さんがいるのに販売しなかったの?」


 確かに、ヒナタのスキル『食料創造』を使えば、バナナを量産できる。

 しかし、ヒナタは、今日の朝、用意した分しか販売しなかった。


「……人がかなり集まっていたし、これ以上の販売は危険と判断したんだ(――なにより食料を自由に創造できることが知られたら大変なことになる)それに、今日の目標金額は達成したし、もういいかなってさ?」


 たった2時間の商いで金貨300枚相当を稼ぐことができた。十分過ぎる稼ぎだろう。

 ここから、子供たちの給金。金貨150枚を差し引き、商業ギルドに納める税金を引いた金貨が最終的な利益だ。


「この調子なら、すぐに借金を返済することができそうだね! 楽勝、楽勝!」


 ――と、そんなことを思っていた時もありました……。


「――えっ? 明日以降、屋台の予約が埋まってる⁇」


 屋台の営業が終わった後、予約を取るため商業ギルドに来てみると、商業ギルドの職員に、ただ一言、そう告げられた。

 屋台の使用許可が降りないと、あの場所でバナナを売ることができない。

 そして、売ることができなければ、借金の返済もできない。

 そのことに思い至ったヒナタは、慌てて声を上げる。


「え、ええっー⁉ それじゃあ、どうしたらいいんですかっ⁉ 困ります! 皆には既に明日開催することを宣伝してしまったんですよー⁉」

「それは……。誠に申し訳ございません。基本的に屋台は先着順と決まっておりますので……」


 確かに、利用規約上そうなっている。

 しかし、前日、その場所で屋台を予約した者が再予約をかける可能性を考慮し、午後三時までは予約を空けておくのが慣習となっているはずだ。

 実際、初心者講習でもそう説明があった……。気がする(寝ていて詳しく覚えてないけど……)。

 屋台の予約をすることができず、呆然とした表情で立ち竦んでいると、ギルド職員が申し訳なさそうに再度、頭を下げた。


「……申し訳ございません。上からの指示でして……。本当に、申し訳ございません」

「う、上からの指示……?」


(――それって、俺の屋台を潰そうとしている人がいるってこと?)


 バナナの試供をしたのは昨日が初めてのことだ。

 そして、バナナの販売をしたのが今日。


(だ、だれがそんなことを……)


 頭の中で犯人探しをしていると、ギルド職員がハンカチで汗を拭きながら問いかけてくる。


「……ええと、1週間後でよろしければ屋台に空きがありますが、予約致しますか?」

「1週間後……。はい。よろしくお願いします……」


 とりあえず、予約はしたが、完全に予定外である。

 バナナの存在は、そんなにも驚異的だっただろうか……。

 こんなことなら初めから屋台の予約を1週間分取っておくんだった……。

 しかし、許可が下りなければ屋台の運営はできない。返済期日は1週間後。


(このまま商売できなければ、エナとナーヴァは教会の権利ごと悪徳業者の下に……!)


 ヒナタは無理だと思いつつ提案する。


「――せめて商業ギルドでバナナを買い取ってもらうことは……」


 たった1日しか販売しなかったとはいえ、マカロンの人々に好評だった。

 藁にもすがる思いで、そう提案するがギルド職員は首を横に振る。


「申し訳ございません。買い取りたいのは山々なのですが、ギルドの規則上、買い取りはランクD以上と決まっておりますので……」

「そう……。ですか……」


(ギルド職員も申し訳なさそうな表情をしている。これ以上、ゴネても仕方がない)


「……わかりました。対策を考えてみたいと思います」


 肩をガックリ落とし、トボトボ歩いて商業ギルドの建物を出ると、ヒナタは天を仰いだ。


(詰んだ……)


 返済期日まで1週間。屋台を運営できず、ギルドも商品を買い取ってくれないこの状況……。完全に詰みだ。


(みんなになんて説明しよう……)


 希望を持たせるようなことを言ってしまい、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 そんな心境で歩いていると教会に向かう道中、東門に差しかかる。


「おっ、いたいた。ヒナター!」

「へっ?」


 声をかけられ視線を向けると、そこには東門の門番。モーリーがいた。


「あれ? モーリーさん?(モーリーさんは城塞都市マカロンの東門の門番。そのモーリーさんが声をかけてきたということは……)」


 そこまで考えると、ヒナタは手のひらでポンと手を打つ。


(――なるほど、そういうことか……)


 リュックサックの中には、金貨300枚が収められている。

 おそらく屋台の盛況ぶりを聞き付け、借金を回収しにきたのだろう。

 どの道、借金は早目に返済しようと思っていた所だ。

 この機会に借りていた金貨10枚を返済しておこう。


「こんにちは、モーリーさん。実はちょっと話があって……」

「うん? 話……? それなら丁度良かった。こちらも話がある。詰所で話をしよう」

「はい」


 そう言うと、ヒナタはモーリーに誘われるがまま、詰所に足を踏み入れた。


 ◇◆◇


「モーリーさん。その節は大変お世話になりました。こちらはお借りしていたお金です」


 ヒナタはリュックサックから借りていた金貨10枚を取り出すと、モーリーの前に差し出すように置く。

 先日貸したばかりの金貨10枚。

 それを見たモーリーは目を丸くして驚く。


「――も、もう返済するのか?」


 モーリーの質問の意図が分からず、ヒナタは首を傾げる。


「はい。お陰様で借金を返済できるだけのお金を稼ぐことができました」

「そ、そうか……? その割に、浮かない顔をしているようだが……」

「――やっぱり、わかっちゃいます? 実はそうなんですよ……」


 流石は城塞都市マカロンの門番。機微に聡い。

 折角なので、ヒナタはモーリーに助言を求めることにした。


「実は屋台の予約ができなくなってしまって、どうしていいか。このままでは、教会のシスターたちが借金奴隷に……」


 教会のこと……。屋台の予約が取れなかったこと……。

 今ある悩みすべてを打ち明けると、モーリーは眉間に皺を寄せる。


「それは、ヒナタが悩むことなのか? シスターには悪いが、それは彼女らの不注意が招いたこと。ヒナタが悩むことではないだろう」


 まったくの正論だ。

 しかし、すべての元凶は、悪い筋の人間と馬鹿げた契約を結んだ挙句、金を持ち逃げしたシスター、ミラにある。

 その責任を残った2人が負うのはどう考えてもおかしい。


「――やってみるか、って言っちゃったんですよ。子供たちやシスターの前で……」


(――絶望の中、希望の灯が見えれば誰もがそれに縋りたくなる。俺は、その希望の灯を見せてしまった。見せてしまったからには、希望の灯を見せた責任があるじゃないか……)


 消沈しながらそう呟くと、モーリーはポリポリと頭を掻く。


「――まあ、その気持ち……。分からんでもないけどな。しかし、それは子供が箱に入った猫の子供を見つけて可哀想だ。助けてやると家に持ち帰るようなものだ。安易な気持ちで言うべきではなかったな……」

「はい……」


 反省し俯くと、ヒナタの頭を撫でるようにモーリーが手を伸ばす。


「……だが、まあ丁度良かった。それなら俺も力になれそうだ」


 俯くのを止め、ヒナタはモーリーに視線を向ける。

 するとモーリーはヒナタの髪をわしゃわしゃ撫で始めた。


「――えっ? うわわっ!? モーリーさん、一体なにを……??」


 モーリーは髪をわしゃわしゃするのを止め真剣な表情を浮かべる。


「……今日は提案があってヒナタに声をかけたんだ」

「て、提案……。ですか?」

「ああ、確かあの果物、バナナとか言ったな。あれを10房ほど購入させてほしい」

「えっ? バナナを? 別にいいですけど……。そんなに買ってどうするつもりですか?」

「いやなに……。領主様に献上してみてはどうかと思ってな……」


 そう言うと、モーリーは笑みを浮かべた。

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