第4話 俺、別の世界からやってきました!キリッ

「――君は……。違う世界からやってきたのか?」

「はい。その通りです」


 そう呟くと、モーリーは軽く目を瞑る。


「――それは大変だったな……」

「(――えっ? 信じるの?? ま、まあいいや。本当のことだし、とりあえず、話を進めよう)ええ、右も左もわからず、そんな時、ゴブリンに見つかり襲われて……」


 少し涙を流すと、モーリーは壁にかけてある時計に視線を向けた。


「――そうか、そういえば、もう昼過ぎだな、なにか食べるか?」

「えっ? いいんですか??」


 こっちに来てからというものの、バナナしか口にしていない。

 そろそろ、ご飯ものを食べたいと思っていた。


「ああ、と言っても、その前にこれに触れてもらうけどな」


 モーリーが指さしたのは目の前のテーブルに置かれた水晶のような丸い物体。


「えっと、これに触れればいいんですか?」

「ああ、この紙を持った状態で触ってくれ」

「はい。わかりました」


 言われた通り、紙を持った状態で水晶に触れる。

 すると、水晶が白く色を変えた。


「えっと、これは……」


 困惑気味にそう呟くと、モーリー自身も驚いた顔をする。


「あ、ああ、すまない。これは真実の水晶。真であれば水晶が白く染まり、嘘だと水晶は黒く染まるマジックアイテムだ。しかし、まさか本当に……。まあいい。ほれ、昼飯だ」


 そう言って渡されたのは植物の葉に包まれたビーフジャーキーのような肉の保存食料。


「――えっと、これは……」


(――どう見てもビーフジャーキーにしか見えない。まさかこれが昼飯とでも言うのだろうか……?)


「どうした、食べないのか? マカロンでは、豚の養殖が盛んでな。マカロンのポークジャーキーは兵士の携帯食としてとても人気があるんだぞ?」


 どうやらこれが昼飯のようだ。思っていたのとなんか違う。

 とはいえ、異世界で育った豚のジャーキーには興味がある。


 ――ごくり……(唾を飲み込む音)


 意を決して、ポークジャーキーを手に持ち口に入れて咀嚼する。


 ――もぐもぐ……ごくん(ポークジャーキーを咀嚼し、飲み込む音)


(――こ、これは……!)


 ヒナタは目を見開いた。


(――ビーフジャーキーより柔らかいっ!? しかも、噛めば噛むほど豚肉のうま味が口の中に広がる。なんだこれ、これがポークジャーキー、めちゃくちゃ美味いじゃないか……!!)


 ここの所、もやし炒めとインスタントヌードルしか食べていなかったから、より美味く感じる。しかも腹持ちもいい。食べ応えもある。


「……どうだ。美味いか?」

「はい。驚きました……。ポークジャーキーって、こんなに美味しいんですね」

「ああ、マカロンのポークジャーキーは世界一さ。さて、検分も終わったみたいだな」


 検分をしていた兵士が、リュックサックをテーブルの上に置く。


「ご協力ありがとうございました。持ち物について問題ありません。ヒナタ様、冒険者ギルドの登録はお済みでしょうか?」

「冒険者ギルド? いえ、まだ済んでいませんが……」


(――というより、冒険者ギルドという施設の存在を今、初めて知った所です)


「そうですか。それでは、冒険者ギルドでの登録が済むまでの間、一度、この武器は、こちらでお預かりさせて頂きます」


 兵士は鉈の柄を掴むと、それを丁寧にテーブルに置く。


(まあ、なんとなく、そうなるだろうとは思っていた)


「一応、理由を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「はい。マカロンでは、兵士や冒険者ギルドに登録した者、資格を持つ者など一部の例外を除き、武器の携帯を禁止しています。そのため、武器を携帯したまま、この門を通す訳にはいかないのです」

「なるほど、そうなんですか……」


(――銃刀法違反って所かな? まあ周りにいる人全員がなにかしらの武器を携帯しながら生活を送っているのって、なんか怖いよね。納得の理由だ。しかし、その一方、冒険者には粗暴なイメージがある。俺としてはそんな人たちが武器を持っている方がよっぽど怖いんだけど……)


 すると、それを察した兵士が優しく微笑みかけてくる。


「……安心して下さい。マカロンの冒険者はそんな方々ばかりではありませんよ。少なくとも、この城塞都市を拠点にしている冒険者たちはね」


 随分と含みのある言い方だ。

 しかし、ここで駄々を捏ねても仕方がない。


「……わかりました。よろしくお願いします」

「はい。それでは、こちらの預かり証と借用書にサインをお願いします」


 兵士はホッとした表情を浮かべると、テーブルに鉈の預かり証。そして、借用書と筆を置く。


「あの、預かり証はわかるのですが、この借用書は……」

「ああ、それは金貨10枚を無利子無利息で借用することのできる特別な借用書となります。えっと、確かゴブリンに襲われた際、お金を無くしてしまわれたとお聞きしましたが……」


(――そうだった。俺、無一文だったわ……)


 嫌なことを思い返された気分だ。


「――ありがたく借用させて頂きます……」

「はい。それでは、こちらに署名をお願いします」


(――うん。内容に問題はなさそうだ……)


 ヒナタは預かり証と借用書に目を通すと、署名欄に筆を走らせる。


「はい。それでは、金貨10枚の入った袋です。返済猶予期間は1年。無利子無利息とはいえ大切に使って下さいね? 返済が滞りそうな場合は事前に連絡を、ちゃんと返済できるよう相談に乗りますので、決して、失踪することの無いようお願いします」

「はい! 返す宛もないのに金を借りるようなことは絶対にしないので安心して下さい!」


 借用書には、借金の返済を怠った者、借金を支払い終えるまでの期間、鉱山にて働くこととある。

 つまり、借金の返済を怠れば鉱山送り。

 借用書を読んだだけで、借金を返さなかった時の危険度が理解できる。


「そうか。それはよかった。そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕は城塞都市マカロンの東門の門番、コリーだよ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 預かり証と借用書をコリーに手渡したヒナタは、金貨10枚の詰まった袋をポケットに入れると頭を下げる。


「よし。手続きは以上だ。冒険者ギルドはここをまっすぐ行った先にある。さあ、さっさと冒険者ギルドに登録して、この武器を取りに戻ってこい。身分証がないと、宿すら取れないからな」

「はいっ!」


 モーリーに軽く尻を叩かれると、ヒナタは手を振って詰所を後にする。

 すると、門の外から大きな声が聞こえてきた。


「おい。また来たぞっ! 人の服を着たゴブリンだっ!」

「なんだって、また……。ゴブリンの森でなにが起こっているんだ? まさか、ゴブリンが人間の真似をしだしたとでもいうのか?」

「まあ、どうでもいいか。こいつらにはいつも通り豚の餌になってもらおう……」

「そうだな。豚に処理してもらうのが一番だ。その辺に捨て置いてもどうしようもないからな、まったく、いい迷惑だ」


 しばらくの間、その場に佇んでいると、女性ものの下着を着用し、ボコボコにされたゴブリンがリヤカーに乗せられヒナタの前を通り過ぎていく。


(――ダ、ダメダメじゃん。ボブさん。あんたの計画。最初から頓挫しているよ……。もしかして、あんな格好で人間のふりをしたつもりだったの? 肌の色と尖った耳が特徴過ぎてバレバレなんですけれどもっ⁉)


 ゴブリンのあまりに杜撰な計画にヒナタは唖然とした表情を浮かべる。


「ま、まあいいか。この様子ならゴブリンに襲撃されても問題ないよね?」


 ゴブリン側には相当の被害が出ることが予想されるが、ヒナタには関係ないことだ。しかし、万が一ということもある。


「襲撃は10日後。宿でも借りて、その日はずっと引きこもっていよ……。そのためにもまずは冒険者ギルドに登録しなきゃ……」


 身分証がないと宿に泊まることができない。

 そう強く決心すると、ヒナタはモーリーに言われた通り冒険者ギルド登録に向かった。


 ◇◆◇


 ここは城塞都市マカロンの東門。

 門番、モーリーとコリーは呟くように言う。


「懐かしいな。俺にもあんな時があったものだ……」

「そうですね。しかし、あそこまで思い込みの強い少年、初めて出会いました」


 ゴブリンの森からやってきた少年。

 その少年は少し変わっていた。

 見たことのない服装に、見たことのない荷物。この辺では珍しい黒色の髪。


「……仕方ないだろう。ゴブリンに襲われ、家族を失えば誰だって錯乱する。見たか? あのゴブリン、女物の服を着ていたぞ」

「ええ……。見ました。可哀想に……。ヒナタ君の家族はもう……。だから現実逃避のために強く思い込んで……」


 ヒナタはチキュウとかいう世界からこの世界に迷い込んだと言っていた。自分の年齢も20歳だと強く思い込んでいる。明らかに10代半ば、にも関わらず、真実の水晶に手を翳してなお、白色に色を変えたことからそれは明白だ……。


「ああ、思い込むことでしか、自分の心を守ることができなかったのだろう……。くそっ! ゴブリンめ!」


 この城塞都市マカロンは、ゴブリンの侵攻を止めるための最前線。

 そして、ゴブリンは、森の中にあるとされる大地の裂け目から発生した邪悪な精霊の総称である。

 人類は今、様々な脅威に襲われており、その脅威の一つが、ゴブリンなのである。


 ゴブリンは狡猾で非常に厄介な精霊だ。死ぬと数時間後、人類にとって有害な物質を体から放出する。

 それを発生させないようにするためには、動物に食べてもらう以外に方法はない。

 その有害物質は火に強く水に溶けやすい。しかし、豚など特定の動物の消化液に弱く。そのためマカロンでは、豚の繁殖に力を入れている。


「しかし、モーリーさん。お金を貸してしまってよかったのですか? あのお金はモーリーさんの……」

「いいんだよ。私財から少し位、融通してもバチは当たらんさ」


 マカロンの貸付制度を使えるのは、商人のみ。そのため本来であれば、ヒナタは貸付制度を利用できない。

 だからモーリーはそれを私財から捻出した。


「金がないと苦労するからな……。先立つものがあるだけで、生活は大分変わる。ヒナタ君には、新たな生活で幸せを掴んで欲しいんだよ」

「……そう、ですね」

「よし。休憩終了。仕事に戻るぞ」


 そう呟くと、モーリーとコリーは自分の持ち場に向かった。

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