飯が出る。ただそれだけのスキルが強すぎる件
びーぜろ
第1章 城塞都市マカロン
第1話 異世界転移(強制)
――転移先の世界のルールにより、あなたに二つのスキルを授けます。あなたのスキルは『食料創造』『言語理解』です――
(――う、うーん。……誰? っていうか、ここどこ?)
俺こと、枢木ヒナタは、まるで、宇宙から地球を見下ろしたかの様な景色を目の当たりにしながら目を擦る。
目の前には、光の玉が一つ浮いている様だがこれは……それに今の声は一体……
(……ああ、なんだ。夢かこれ)
微睡の中、現実ではあり得ない光景を目の当たりにしたヒナタは夢見心地のまま、そう結論を出す。
この世に生を受けて20年。この手の夢は幾度となく見てきた。
これは夢。睡眠中あたかも現実の経験であるかの様に感じる一連の観念や心像だ。
しかし、その思いも何者かの言葉により即座に否定される。
――夢ではありません。スキル『食料創造』『言語理解』の付与と共に、60秒のカウントダウンが始まり、あなたは元の世界とは別の世界へ試験的に移動することになります――
(……はっ?)
夢心地の中、なんの脈略もなく言われた言葉。その言葉を頭の中で整理しながら考える。
(――スキル『食料創造』に『言語理解』ってなんだ? 試験的に移動ってどこに? そもそも、夢じゃないのか、これ? 確かに、夢にしては随分、頭が回るような……)
考えごとをしていると、胸の奥が急に熱くなる。
――スキル『食料創造』『言語理解』の付与が完了しました。これより別世界『エデン』への試験移行を開始します――
(――ち、ちょっと待ってっ!? 俺、まだ考えている途中……)
――カウントダウンに入ります……1、0。固体名『枢木ヒナタ』をエデンへ移行――
(――ちょっと待ってぇぇぇぇ! 60秒のカウントダウンはどこに行ったのぉぉぉぉ!?)
たった1秒間のカウント。それが終了すると、目の前が急に真っ暗になった。
◇◆◇
「――う、うーん……」
俺こと、枢木ヒナタは目を擦りながら起き上がる。
(――なんだかとても嫌な夢を見た気がする。どんな夢だったかな……? なんだかよくわからないけど『食料創造』『言語理解』とかいうスキル?を付与されてエデンとかいう世界に飛ばされる、そんな夢だったような……)
「……まあ、いいか」
(――あれは夢。とてもリアルな夢の様に感じたがそれも気のせい。最近、異世界転移・転生系のアニメや小説ばかり見ていたからな。多分、異世界に行ってみたくなる精神的な病。突発性異世界転移症候群でも患ったのだろう。とりあえず、朝ごはんでも食べるか……)
今、ヒナタが住んでいるのは一戸建て庭付きの借家。築50年、家賃3万円の格安物件。リビングに移動すると、照明のスイッチを指で押す。
――カチッ(照明のスイッチを押す音)
「……? あれ、おかしいな、電気が付かない。停電か?」
(――勘弁してくれよ……ブレーカーでも落ちてんのかな?)
仕方がないのでブレーカーを上げに玄関に向かう。
「えーっと、ブレーカーは……。あれ? ブレーカーが落ちてない??」
スマートフォンのライトをブレーカーに向けるが、ブレーカーが落ちた様子はない。
「――マジかよ。とりあえず、電力会社に電話してみるか……。えーっと、電力会社の電話番号は……。うん?」
スマートフォンのライトを消し、電力会社の電話番号を検索しようとして初めて電波が死んでいることに気付く。
(――おいおい……。県外ってどういうことだよ。電気だけじゃなく電波まで死んでるなんて冗談じゃないぞ? 仕方がない。電波拾いに外に出るか……って)
電波を拾い電力会社に電話をするため、ドアを開けるとそこには――
「――へっ?」
――森が広がっていた。
しかも、生えていたのはアニメや漫画でしか見たことのない巨木ばかり。
鳥の鳴き声だろうか『ギャース、ギャース』と鳴く鳥の鳴き声が森の中に響く。
現実逃避のため、ヒナタはとりあえずドアを閉めた。
――バタン(ドアを閉める音)
「……うん。夢だなこれは、リアルな夢だ」
そうでなくては説明が付かない。
念のため、ほっぺたをつねってみる。
(……うん。普通に痛い。どうやら最近の夢はリアル志向のようだ)
ベッドのある部屋に向かうと、布団に潜りホットアイマスクを着用する。
これでオーケー。目覚める準備は整った。
あとは目を瞑るだけだ。
覚めない夢はない。きっといつか……。いや、今すぐにでも夢は覚める。
すると、パリンとなにかが割れるような音と共にズドンという巨大なものでもぶつかったかのような衝撃が床に走る。
「……っ!」
ヒナタは咄嗟にホットアイマスクを外すと、音のした方向に視線を向ける。
するとそこには、カジキのような巨大魚が床にぶっ刺さっているのが見て取れた。
槍のような上顎を床に突き刺し、ビチビチ動くカジキのような巨大魚。
あり得ない光景を目の当たりにしたヒナタはゆっくりと首を振る。
「……いや、ない。これはない」
(――巨大魚が部屋の中に飛んでくるのはアニメや漫画だけの話。常識的に考えてあり得ない。やはり、夢だな……。これは夢だ。ここが夢の世界である事を強く確信した。さっさと寝て目を覚そう)
布団に戻り額にズラしていたアイマスクを被り直すと、布団に入って目を瞑る。
――ビチビチッ!(地面に突き刺さった魚が尾びれを振る音)
――ビチビチッ!! (地面に突き刺さった魚が尾びれを激しく振る音)
しかし、尾びれを激しく動かし暴れるカジキ風の巨大魚が気になって全然、眠れない。
「…………くそっ!」
自己主張の強い夢だ。
仕方がなく起き上がると、ヒナタは家を出て庭に向かう。
(……あの巨大魚が気になって寝れん。確か、庭の物置小屋にキャンプ用に購入した
キッチンにある包丁であの巨大魚を倒せる気がまるでしない。
家を出て庭の物置小屋に置いてある鉈を手に取ると、ヒナタは家に視線を向ける。
すると、突如として家に光が灯り、頭に声が響く。
――試験移行成功。これより、元の世界、地球へ逆転移します。危険ですので家の中から出ないようにして下さい――
「……へっ?」
――カウントダウンに入ります……1、0。地球へ逆転移――
そう声が響いたと思えば、物置とヒナタだけを残し、家が跡形もなくかき消える。
「え……? えええええっ!!!? ち、ちょっと待ってぇぇぇぇ、逆転移ってなにっ!? そんな話、聞いてないんですけどぉぉぉぉ!!」
(つーか、最初に試験移行した時は、固体名で俺を指定していたよね? なんで今度は家だけを転送したの? なんで俺と物置小屋だけ残して転送したのっ?? っていうか、これ夢じゃなかったの?? コンクリートジャングルで生きてきた俺が本物のジャングル暮らしなんて無理ゲーもいい所なんですけどもぉぉぉぉ!?)
こうして異世界『エデン』に取り残されたことを半ば強制的に確信させられたヒナタは手に持っていた鉈を地面に落とすと肩を落とし、へたり込んだ。
◇◆◇
(――確かに異世界に行って見たいと思ったことはある。しかし、インターネット、水、電気、ガス、水洗トイレなど、生活に必要なインフラを失ってまで行こうとは思っていない……)
「……つーか、この世界のどこら辺に
(――なにがエデンだ。ただの危険な動物が生息するジャングルじゃねーかっ! 理想郷要素が皆無過ぎて草が生えるわっ!)
「はあっ……。これからどうしよう……」
(なんだか泣きたくなってきた……)
ガックリ項垂れると、呟くように言う。
(――物置小屋に置いてあったキャンプ用品はできる限りリュックに詰めてきた。しかし、たったこれだけでどうしろと?)
リュックに詰めるだけ詰め、持ってきたのはテント・マット・シュラフ・LEDランタン・鉈、他最低限のキャンプ用品のみ。
「――水が欲しい。食料が欲しい。シャワーを浴びたい……」
リュックを置き、巨木に寄りかかると天に向かって声を上げる。
「――誰かいませんかぁぁぁぁ! 誰かいませんかぁぁぁぁ!? お願いしまぁぁぁぁす! 誰でもいいので俺を助けてくださぁぁぁぁい!!」
――ガサッ(茂みからなにかが近付いてくる音)
すると、近くの茂みから物音が聞こえてきた。
――ガサガサッ(茂みからなにかが近付いてくる音)
(――っ!? 気が動転してやっちまったっ!?)
なにが生息しているかもわからないジャングルで大声を出すなんて以ての外。
非常に危険な行為である。
しかも、緊張して体が動かない。状況は最悪だ。
『――なんだ。誰かいるのか?』
(――えっ? 今の声は……人の声? しかも、日本語ってことは……。もしかして、ここは日本だったり……)
微かな希望を抱き視線を向けると、そこには緑色の肌をした化け物が棍棒で茂みをかき分けながら出て来るのが目に付いた。
鼻が高くギョロっとした目。犬のような牙。麻布を腰に巻いた半裸スタイルの化け物。ファンタジー作品の代表格、ゴブリンさんのご登場である。
(――えっ? はっ?? なんだ、コイツ? ゴ、ゴブリン?? えっ、マジでゴブリン??)
ゴブリンの登場に脳内がパニックに陥る。
視線を外さず、片手を上げるとゴブリンに向かって話しかける。
「――よ、よう」
たどたどしくそう言うと、ゴブリンが首を傾げる。
『――人間かと思ったが……。ゴブ語を話せるってことは、俺と同族なのか?』
「(――ゴ、ゴブ語?? なにを言っているんだ、こいつは……。しかしまあ、そういうことにしておこう)あ、ああ、そうさ。変異種だから人間に間違われがちだが、同族だ」
言葉を濁しながらそう言うと、ゴブリンは少し考え込む。
『……そうか。そうだな。確かに人間に見えるが、ゴブ語は俺たちゴブリンの共通言語。喋れるってことは同族なのだろう。悪かったな。人間に見えるなんて言っちまってよ』
どうやらゴブリンは見た目ではなくゴブ語が話せるかどうかで同族かどうかの判定をしているらしい。
「い、いや、いいんだ、そんなことより、俺はこの森を出たい。もし良かったら出口まで案内してくれないか?」
『うん? 森を出たい?? 何故だ?』
ストレートに森を脱出する方法を質問すると、ゴブリンは疑念に満ちた表情を浮かべる。
「い、いや、ちょっと人里に用があって……」
顔を引き攣らせながらそう説明すると、ゴブリンは納得した表情を浮かべた。
『――ああ、そう言えば、ホブゴブリンのボブさんが人里襲撃計画を練ってる最中だったな。お前か、ボブさんが言っていた人里に送り込む予定の新人というのは……』
「えっ? あ、ああ、実はそうなんだ」
(――なにやらもの凄く勘違いしているようだが、これはチャンスだ。このまま押し通そう)
ゴブリンは頭を軽く掻くと、歩き始める。
『よし。それじゃあ、着いてこい。俺が案内してやる』
「あ、ありがとうございます!」
渡りに船とはこのことだ。
ヒナタはリュックサックを担ぐと、茂みをかき分けるように棍棒を振るうゴブリンの後に続いた。
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