第47話ワールドクラス(案件)

 監視衛星から映し出された映像に世界中の政府組織は絶望する。


 加速度的に増殖する仮称災害個体“銀”。大型爆撃機が各国から出撃し核兵器以外のあらゆる兵器が投入された。密かに開発していた新型爆薬を用いたミサイルや退魔用の聖遺物が詰め込まれた術式爆弾など。


 だが、銀の粘液が周囲に飛散するだけで、完全に滅却する事は叶わなかった。


 科学者たちもあの“銀”という物質はこの世に存在しておらず物理法則が働いていないと。退魔機関や退魔士協会、魔女連盟や裏の組織の人間すら同じ意見であった。


『人類の浄化』


 アラメスと名乗った神がそう宣言したのだ。元はえるしぃという名の自称ハイエルフだったがそんなことはどうでもいい。


 どうにかして人類の滅びを回避しなければならない。各国の軍人達の責任者が衛星通信で会議を行っている。


 “銀”は大地を侵食し終わると大陸をから太平洋に侵食を開始した。物質を吸収すればするほど肥大化し侵食速度が上がっている。


 科学者の計算では七日で世界が銀に埋め尽くされてしまう、と断定されてしまった。会議中にも関わらず最悪な報告が上がって来た。


 国際会議場があった場所の周辺国の浸食が始まっているのだ。当然、民間人の避難は完了しておらず事態は急を要する。


「クソッ! だから奴には慎重に接しろと国連には言っていたのに!」

「あんな超常存在などどうしろと言うのだ!! と土地神や大妖怪とは格が違い過ぎる!」

「水素爆弾や原子爆弾を汚染覚悟で撃つしかないのか? だが、あの周辺は死の大地になるぞ……」

「これが滅びの時か……あっけないものだな」


 国際連合軍の対策本部では陰鬱な空気に包まれていた。それほどまでにあの“銀”が脅威的存在だったのだ。


 すると軍事を統括する代表へ日本政府と退魔士協会連名で情報が上げられてきた。


 藁にもすがる思いで情報の内容を精査していく。そこに書かれていた内容には、エルシィという三女神が銀の内部から侵食速度を食い止めている、と。


 異世界の創造神からの侵略を押しとどめていた女神達。なんとか地球での信仰を集め世界の滅びを回避しようとしたが布教が間に合わず、アラメスが溢れ出してしまった。その報告書のデータを各国の軍人送ると頭を抱えてしまう。


「私達はどうすればいいのだ……異世界の邪神のであるアラメスの侵食を止めてくれていたのか――あの女神様達は…………我々にそう言ってくれれば…………それは後の祭りか」


 彼らの胸の内には強い尊敬の念が生まれ慈愛の女神へ注がれる。想定通りに勘違いをしてくれた上層部の面々。これには腹グロ女神もニッコリです。


「この報告書には世界中で虐殺を目論み、地球の神々の神性を収集していたアラメスなるものが魔神教の教主をしていたようですね。――しかし、信仰心を持つ魔神教の信徒をどうか保護をして欲しいと書かれています……。――この信徒たちの問題は女神様が押し留めているアラメスを殲滅してから考えましょう……」


 他にも提案書には信仰を人類に広めることにより女神が真の覚醒果たし。アラメスを内側から破壊するという計画プランが盛り込まれていた。


 現在の侵食状況を監視衛星からの情報と【えるしぃちゃんえる】の同時放送を行い、女神への信仰が高まればアラメスを早く破壊する事ができる。


 このプランの実行がすぐさま全会一致で可決され、各国の政府組織に通達された。もちろん“銀”の侵食映像と一緒に世界の寿命が七日しかない事を。


 国々は混乱した。――フェイク映像だッ! 世界が滅びるわけがない! 我が国を侵略するつもりか!? 少数ではあるが国際会議に参加していない独裁国は提案を突っぱねた。もちろん、まともな国は民主に情報を余すことなく伝え対策に乗り出した。


 当然、治安は悪化し暴動が起きた。軍隊では“銀”対抗する事が出来ないために治安維持部隊が結成され鎮圧に乗り出す。


 動きの速い国では、町中にある巨大スクリーンやラジオ、TV局、そして人々の持つ携帯端末に情報が一斉に送信された。


【えるしぃちゃんねる】にて同時中継される仮称災害個体“銀”による世界の侵食と、内部で地球の滅びを食い止めている三女神の存在を。


 政府組織は国民にこう提案した――祈れ、と。


 もちろん反発が起こる。宗教とは人それぞれ信仰しているものがある。


 しかし、地球がドンドン“銀”に侵食されていく映像を見れば言い合っている状況ではない事に気付く。


 政府組織は宗旨替えを行うのではなく『祈りを捧げる』だけで良いので協力を求む。そう促してきた。







 次元が異なる為、アラメス内部からの配信は行えない。鈴ちゃんの持つ特殊な宝貝のみが次元を越え、この危機的状況を打破する鍵であったのだ。


 宝貝で出力された映像を【えるしぃちゃんねる】の配信に繋ぎ、日本政府や国々が積極的に民衆へ情報を拡散していく。


 慈愛の女神は配信の下準備を行い。国々の政府たちは国民に世界の危機を伝えている。情報が民衆に広く浸透しなければ信仰を得ることはできない。


 配信とはタイミングと演出がとっても大事なのだ。


 慈愛の女神がうんうん唸りながら作業しているのを横目に、カップラーメンを啜っているアホえるしぃちゃんがいた。


「うまー。こんな場所でも月清食品のカップ麺は美味しいよね!!」


 しまいにはユウヒビールの缶を取り出しゴッキュゴッキュと飲酒を始めた。


 いつも通りなえるしぃちゃんに社員もリラックスしている。――これ地球滅亡しないんじゃね? と。


「はぁ……。うちらにできる事は配信をする映像の編集をするだけや。えるしぃちゃんに英気を養ってもらうんは重要事項やねんけど――なに、ビール飲んどるねんッ! あほぅ! 酔っぱらって世界滅びましたなんて言ったらオドレのケツにゲンコツぶちかましたるわ!」


「ぴいっ!」


 蓮ちゃんにプンスコ怒られてしまい、驚いてカップラーメンの汁を被ってしまう。


「まったく……日本政府から情報の伝達が終わったらいつでも始めてええ言われとるからな? ――本番はシャキっとするんやで!?」


「はぁ~い!」


 全く信用ならない返事であった。







 世界中のあらゆる端末へユアチューブのチャンネルへ誘導する情報が一斉送信される。その情報へアクセスすると【えるしぃちゃんねる】の映像が映し出され、顔の似た美しい三女神が現れた。


 その女神たちは両手を広げ何かしらの結界を展開している事が伺える。額に汗を流し苦悶の表情だ。おもわず視聴している人間達も応援の声を上げる。――頑張れッ! 世界を救ってくれッ!! 助けてくれッ! 銀が迫って来る……。と。


「今、この映像を見ているみなさんは……グッ!! ……状況は聞いていますね?」


 慈愛の女神は迫真の演技で危機的状況が迫っている事を伝える。


「我らが、かのアラメスなる存在を抑え込んでおる……力を貸すのじゃッ! 今はまだギリギリなんじゃが……何れは……」


 いつもは強気の殺戮の闘神が民衆に助けを乞う。その姿はつい力を貸してしまいたくなる奇妙な魅力があった。


「わつしたちが――わたしたちがアラメスを打ち破るにはみんなの祈りが必要なの」


 噛んだ。――中庸の女神はホッコリさせる存在だった。


:えるしぃちゃんはやっぱりえるしぃちゃんだった

:噛んだwww

:世界の危機で噛んだ

:噛んだwwwふぁー滅びるで地球

:滅びの危機なのにほっこりしちゃう


【えるしぃちゃんねる】の古参のリスナー達はこのような状況でもえるしぃちゃんとプロレスごっこをする鍛え上げられた猛者たちだ。


「コメント見えとるからな……リスナー共……ぶっ殺すッ!! ――でもね、今回は出血大サービス……手伝ってくれたら……わたしの――おパンツ写真プレゼント(ボソリ)」


 見てくれは美しい銀髪耳長ハイエルフ様。その神秘のベールを脱ぎ、自らの痴態を御見せになる……と? リスナー達はドッカンドッカン盛り上がった。


:まじ……? まじぃ……!?

:ひゃっはー! 祈れや祈れ! 

:えるしぃ様! マジ、えるしぃ様!

:慈愛様のおパンツがいいです

:闘神様も捨てがたい


 ぎゅぎゅん! と膨大な信仰エネルギーが流れ込んできた。


「私の――――おパンツ様でしたら(ボソリ)後日、画像をプレゼントしますから……お願いします……ね?(微笑み)」


 慈愛の女神の美しさと、額から汗を流す妖艶さに世界の男共が強烈で邪悪な信仰を捧げた。その信仰はドロッドロのぬちゃぬちゃしたちょっと触れたくないような物であった。


「んっ……ああ、男性の邪な信仰が入って……くるぅっ! あんっ」


 慈愛に流れ込んでくる信仰が女神の存在力を拡張させる、その感覚はとても気持ちが良く思わずあえぎ声に似た声を出してしまった。すると――


 信仰がさらに増えた。【えるしぃちゃんねる】の登録者数ももれなく十億を突破する。


「わ、我は、我は…………。ちょっとだけじゃぞ?(ボソリ)」


 頬を赤らめ視聴者に向かって上目遣いする闘神様。そんな闘神様のおぼこい反応に――絶対処女やで! 間違いない! と処女信仰の者共の粘着質な信仰が捧げられた。


「ひぃっ! や、やめい! 貴様らの信仰がドロッドロのぐちょぐちょしておるぞッ!!」


 闘神様とねちょねちょドロドロのプレイですね。――ありがとうございます。


 一番人気が低かった中庸の女神えるしぃはちょっとだけムッとした。自分自身に嫉妬をするとは心が狭いようだ。


 だが、この配信が始まり監視衛星から映し出されている“銀”の侵食が明らかに緩やかになってきている。しかし、内側からアラメスを破壊するには信仰が足りていない。


「信仰が……まだ足りていません……グフッ――。どうか世界を……世界の為に祈りを」


 口元から血を吐き出しボロボロの状態を見せる(血糊です)


「グゥッ! ――ッチ。我とあろうものが持ちこたえるのがギリギリとはな……」


 またしても口元から血の塊を吐き出す(ケチャップです)


「グボッ※※※※エッ――ゲロゲロッ!」


 なんか違うものが出てきています。さっき食べたカップラーメンですね。


:なんか麺が混ざってるぞ? 

:こいつ月清食品のカップ麺を食べやがったな

:間違いない。麵の形状は月清食品だ

:新たなゲロイン伝説がここに生まれた


 悲惨な女神達の姿に民衆から悲鳴が上がります。自らの身体を投げ打ってまで世界の滅びを食い止める女神の姿に、人類からの信仰がさらに集まっていきます。


 タイミングを見計らっていた慈愛の女神は計画を発動させる。


「祈りを束ねよ、祈りよ我が力と成れ――≪拡散・儀式術式陣≫」


 慈愛の女神が術式を発動させる。これはアラメスが利用した儀式術式陣を基点にして世界中の信仰を効率よく自らの力へと変換させる極大魔法に属する術式だ。


 世界中の霊的スポットには都合よく女神の触媒であるアストラルアンカーが打ち込まれている。それをそっくりそのまま利用したのだ。


 世界中の霊的スポットから光の柱が伸びて行く。大気圏を突破し監視衛星でも観測できた。その柱同士が地球を覆うように横に伸びて行く。


「ふふ、ふふふふ――(やったわ。昇神の術式も混ぜてしまいましょうこれで……)」


「…………。(なんか悪い事かんがえてそうじゃのう)」


「ゲホッゲホッ鼻に麺が残ってるぅ……気持ち悪い……」


 三女神も光に包まれて行き次元世界を突破し現実世界へ降臨した。その様子は配信でも確認されており依り代である三女神が消えたことによりアラメス本体が収縮していく。


 銀の本体が人型にまで収縮すると声を発し始める。


『貴様らは我が依り代共ッ! なぜ人類の浄化に協力しない!!』


 身体が急激に力を失うと三女神の前に黒幕であるアラメスが現れた。激怒している様子だが、その言葉には解析されたパターンを再現しているだけの様な無機質さが感じられた。


「もう――消えなさい。ただ書き込まれたプログラム通りにしか動けない木偶よ」


 プライドを傷つけられた相手の小物さにひどく腹を立てている慈愛の女神。アラメスと言う存在そのものが気に障るようだ。


「我を操ろうとは気に食わぬ。元は創造神であった残骸め――疾くと去ねッ!!」


 慈愛の掌から膨大な計算式の破壊術式と闘神の軍刀から闘神流・奥義が繰り出される。超重力の黒い球体がアラメスを中心に発生した。


『おのれぇッ!! おのれぇッ! ――我が意思は継続されねばならない! こうなったら――』


 銀の触手が鋭く伸びると中庸の女神えるしぃの心臓へと伸びて行く。身体を乗っ取り計画を遂行するつもりなのだ。


 だがッ!! えるしぃちゃんの鼻には麺がまだ残っておりムズムズしている。


「――へっきしっ!!」


 ――パァン!


 存在力が増大し女神の身体のコントロールができていないえるしぃちゃん。飛び込んできた銀の塊をうっかり頭突きでコアを破壊してしまった。


 世界中から収集した神性の塊がばら撒かれそこへ慈愛が仕込んでいた昇神の術式が発動。コアから発せられた光がえるしぃちゃんを包み込んだ。


「ふぇ? なにこれ? ――うわぁあぁぁぁぁぁあぁ、眩しッ!」


 昇神の儀式が発動。女神三人で分けるはずだった神性の塊が中庸の女神えるしぃに全て注がれると彼女を真なる女神へと位を押し上げた。


「あ、ああああ!! えるしぃぃぃぃいいいいいぃぃぃ!! あなたは、あなたって人はぁぁぁぁぁ!!」


 慈愛の女神は現世に顕現する為の力を逃したことに絶望した。依り代を作れなければ長く世界に顕現する事が出来ないのだ。


「悪い事ばかり企むから罰が当たったんじゃろう。三つの人格が確立されたんじゃ。たまに気が向いた時に顕現してもらえばよかろうて」


「そうですけど……そうですけどぉっ! ああ、私を崇める宗教組織が欲しかったのに……」


 やっぱりろくでもないことを考えていた慈愛の女神。アラメスがいなくても何れ世界の危機に陥っていたのでは? と闘神は考える。


 アラメスを殲滅する為に放った破壊術式と闘神流奥義。三女神のいる場所を中心に極大の重力場が発生している。その為この様子は衛星通信やネットワークがマヒしており【えるしぃちゃんねる】での配信が一時的にストップしている。


 世間には慈愛の女神の悪だくみはバレていない。プロダクションの社員は呆れているが。鈴ちゃんの映像は重力場に影響されていないのだ。


 慈愛の女神の野望は潰えた。目ぼしい神性の位を持つ者が台頭するには数百年もの時が必要となるからだ。


 アストラル体で行動はできるものの女神としての本体は中庸の女神であるえるしぃちゃん。力を手に入れることができなかった今、彼女から離れることができないのだ。


 間もなく通信が回復しアラメスの討伐完了が慈愛の女神より伝えられた。その表情は憂いを含む儚げな雰囲気を出していた為に薄幸の女神と二つ名が付けられることとなった。


 中庸の女神はその間、鼻に詰まった麺をティッシュで一生懸命取り出している映像が世界に映し出されていた。


:世界を救った女神が鼻ティッシュ

:えるしぃちゃんはやっぱりえるしぃちゃんだった

:あ、仕事終わりの一杯を飲み始めた

:これにはユウヒビールもニッコリ

:ワールドクラスの案件

:これはユウヒビールさん、えるしぃちゃんに足を向けて眠れないな


 ゴッキュゴッキュと缶ビールを飲み干す女神が、慈愛の女神に叩かれたところで配信が終了する。その様子を見ていた人類は――三女神様は意外と親しみやすいんだな、と評判になった。

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