第29話 特別昇格
「F・ノーツギルド所属、明石 優殿!」
「は、はいっ!」
檀上から掛けられた声に、思わず声が裏返ってしまう。
「明石様、どうぞステージにおあがりください」
司会を務める女性に促され、俺はぎくしゃくと壇上に上がる。
巨大な書状を持っているのは日本ダンジョンバスター協会の会長。
普段は会うことのない、雲の上のお偉方だ。
(ま、マジかよ)
会長の後ろに座っているのは関西各府県の知事に警察のトップ。
プロジェクトの元請けである大企業の社長など、そうそうたるメンバーだ。
慣れないスーツとネクタイのせいもあるのか、息苦しささえ感じてしまう。
「がんばれ、カッコいいパパ♡」
緊張していた俺の耳に、リーサの囁きが届く。
よし、リーサの為にもビシッとしなければ。
会長の前に立ち、背筋を伸ばす。
「大阪湾海底トンネルプロジェクトで発生した特S級迷宮災害において、貴殿は工員の安全確保と事象の解決に向け不断の努力をされ、目覚ましい成果を上げられたこと、大変うれしく思う」
「その成果を称え、特別昇格権を授与するものとする」
「はっ! ありがとうございます!」
恭しく書状と盾を受け取り、一礼する。
特別昇格権、とあるが要はタダでダンジョンバスターランクを上げてやるよ、という事である。
失ったスキルポイントなどの補填は元請けの会社から貰ったので、実質的な損害はゼロ。スキルポイントを使わずにダンバスランクがC→Bになるので、数千万円分の価値がある。
「おめでとう、明石ダンジョンバスター!」
パチパチパチ
会場を大きな拍手が包む。
俺は大いに照れながら座席に戻るのだった。
*** ***
「ふん、スキルポイントをオーバーフローさせて災害クラスダンジョンのコアを破壊した、だと?
アカシ ユウ……君は想像以上だな」
式典が行われている市民ホールの最後方。
ノーツ財閥の総帥であるマクライドは群衆に紛れ、壇上のユウを見つめていた。
「我々の悲願であるUGランク……彼なら到達できるかもな。
ふ……せいぜい利用させてもらうとしよう」
娘……フェリナはとてもいい拾い物をしてくれた。
満足そうに頷いたマクライドは、足早に市民ホールを後にする。
「おお、そうだ。
もう一体、面白い素材が手に入ったのだったな」
マクライドはスマホを開くと、研究所への秘匿回線をつなぐ。
スキルポイントを吸い取る災害ダンジョンの中で数時間生存していた男。
アカシ ユウに比べればはるかに重要度は落ちるが……興味深い駒を手に入れたマクライドは、ひそかに笑みを浮かべるのだった。
*** ***
「ユウ、すっご~い!
とってもカッコよかったよ♡」
「おっと」
飛びついてきたリーサを抱きあげる。
「えへへ~」
今日のリーサはいつもの制服姿ではなく、ネイビーのスーツに少しヒールのあるパンプスというフォーマルな服装だ。
薄目に化粧もしていて……超かわいくて、綺麗である。
本日を境に人類はカワイイとキレイの境目について、再定義が必要になるだろう。
「ほぅ、ホントにリーサちゃんは愛らしいですね」
感嘆のため息をつくフェリナは白を基調にしたビジネススーツ姿。
ネックレスに輝くサファイヤが、彼女の金髪に負けず劣らず輝きを放つ。
……俺の職場って最高かもしれない。
「あ、レミリアお姉ちゃんに動画送ってあげよ♪
えへ、おーえるリーサちゃんだよ?」
ぱしゃり
「わ、わたくしにもぜひ……!」
もちろんその動画は永久保存版である。
後日シローさんから聞いたところによると、その日レミリアさんは鼻血の海に沈んだという……。
*** ***
「そういえば、リーサちゃんの夏休みももうすぐ終わりですね」
式典用の正装から着替え、普段着に戻った俺たちはクルマで新居へと向かう。
フェリナが話しかけてきたのはそんな時だった。
「うん、9月中旬にはテストもあるから、ちょっとお勉強しないと~」
「と言いつつ、特待生のリーサは余裕だろ?」
「そんなこと……あるけど♪」
「ふふっ」
フェリナの言う通り、8月も残りあと1週間ほど……9月になればリーサには学校があるので、ソロで仕事する事が増えそうだった。
大阪湾海底トンネルプロジェクトは調査の為、半年ほど凍結されることになったので、他の仕事をする必要がある。
「今週末……良かったら社員旅行に行きませんか?」
「社員旅行?」
「温泉でゆっくりと……話したいこともありますし」
「確かに、最近働きづめだったし……のんびりと羽を伸ばすのもいいな!」
「おんせん!?」
リーサの魔法の事、シローさんたちとのこと……フェリナの事も含めて話したいことはたくさんあった。
「わたくしのオフィスだと、盗聴の危険がありますので。
ユウさんの車の中と……宿でお話しできれば」
「!!」
「それなら、ノーツ財閥の手が入っていない旅館を探しておくよ」
「ねえねえユウ! 旅行に行くの!?」
「ああ、家族旅行だ!」
「やった~!!」
万歳して喜ぶリーサ。
そういえば、貧乏だった俺たち。
まともにリーサを旅行に連れて行ったことなど、無かったかもしれない。
がぜん楽しみになってきた俺なのだった。
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