第35話 宿敵
「入ったわね」
「そう……ですね……できれば違うと嬉しかったけど……」
僕達を襲った連中を遠くから見張っていた者がいて、こっそり精霊に後を付けさせていた。
見張っていた者が入ったのは――――予想通り、ゲルサス子爵家だった。
そして、俺達を襲った連中の正体は既に知っている。
「ゲルサス子爵。やはり裏で【絶望の銀狼団】を抱きかかえていたんだ」
「あの時も屋敷にいたからね。こうなると分かっていたさ」
セリナさんが言う通りだ。あの日、あの場所でアンガルスがいた。そして、俺達を襲った連中は、【絶望の銀狼団】だった。
「あそこまで厳重な警備ってことは、
僕は拳を握りしめる。もう彼らに対する怖さはない。僕には――――仲間がいるから。
「アリス。クロエ。行こう」
「うん!」「はい!」
「みんな気を付けて。私は念のため警備隊に向かってるね」
セリナさんと別れて、俺達は真っすぐ屋敷に向かう。
入口前には武装した警備兵がこちらを睨んで武器を取り出した。
「こんにちは。レグルス商会の者です」
警備兵の表情が強張る。俺達に向かって飛び掛かってきた。
アリスが剣を鞘のまま戦い始める。相手の動きに合わせて腕や足に剣戟を叩き込んで、警備兵を倒していく。
屋敷の中に入ると大勢の人から殺気が向く。
「ここは私達に任せておいて――――アレンくん」
「みんな、気を付けて」
「「もちろん!」」
僕に笑顔を向けた後、警備している【絶望の銀狼団】に向かった。僕はそのまま彼らの戦いを通り過ぎ、上層階に向かった。
◆
階段を上がってどこまでも続いている廊下を進んでいく。
人の気配はしないが、奥の部屋では圧倒的な気配が漏れ出している。
そこで待っている……ってことくらい分かる。
一度大きく深呼吸をして扉を開けた。
「ほぉ……まさかのやつが現れたな?」
「僕を覚えているとはな――――アンガルス」
前回出会った時に感じた力。それが怒りによってさらに増幅されている。
「偉くなったもんだな? 雑魚――――アレン」
「ああ。お前のおかげでな」
「くっくっくっ」
巨体をゆっくり起こしたアンガルスの右手に分厚い大剣を持ち上げる。
その奥にはワイングラスを持って足を組んでこちらを見つめる子爵の姿が見える。
「そんな雑魚さっさと始末しろ!」
「ええ。心配しないでください。今から始末します」
赤いオーラが溢れると、狡猾な笑みを浮かべて一瞬で僕に向かって飛んできた。
後ろに飛び込むと、僕が立っていた場所に大剣が突き刺さる。それと共に強烈な風圧が周囲に広がった。
力だけでなく速度も凄まじい。
アンガルスにフレイムバレットを放つ。
それを全て叩き斬ったアンガルスは狡猾な笑みを変えない。
「おいおい。その程度か? ダンジョンから這い上がって来た者とあろう者が!」
両手にアースランスを作らせてアンガルスに放つ。
「くっくっ! そんなもの効かな――――」
「それはどうかな?」
「なっ!?」
後ろに回り込ませた精霊が魔法を放つ。アンガルスの背中に魔法が直撃する。
痛みに顔を歪ませたアンガルスに僕も攻撃を繰り出した。
「く、クソがあああ!」
大剣に禍々しいオーラがまとい、僕に放たれた衝撃波は視界を全て埋め尽くす巨大で、僕を飲み込み屋敷の壁ごと全部吹き飛ばした。
吹き飛ばされた壁の残骸と共に僕の体が宙を舞う。
空はすっかり闇に染まっていて、無数の星々が並んでいた。
いつからだろうか。空を見上げなくなったのは。
才能が開花してから毎日下を向いて歩いた。上を目指して歩き続けて、それでも僕は自分の足元ばかりを見て歩き続けた。
ダンジョンに堕ちてからも空を見上げることなんてなかった。
奈落の底なしの闇にどこまでも闇が広がる天井から目を逸らしていた。
でも空を埋め尽くす星々は、僕達の悩みなど構わず、ただただその存在を示している。
ふと、壊れた屋敷の中のアンガルスの表情が見える。
怒りに染まって真っ赤になった顔で僕を睨んでいる。
あの日、ダンジョンに堕ちる日、僕を
地面に叩きつけられる前に風の精霊が魔法の力を使って、クッションを作ってくれた。
ゆっくりと下ろされた僕の背中に地面の冷たい感触が伝わる。
屋敷からアンガルスがこちらに向かって飛び込んだ。
「あはは……あはははは!」
「クソガキが! 何がおかしい!」
「あははは! おかしいじゃないか! ついこの間まで、僕はお前に震えて生きていた。お前が怖くてただただ震えて顔色ばかり
ゆっくりと立ち上がる。
アンガルスはより怒りを浮かべて全身に血管が浮いている。
でも――――たった一回の応戦で、彼の全身に無数の傷を付けている。
「てめぇみたいな雑魚は、永遠に地面を這いつくばっていろ!」
アンガルスの巨体が一気に距離を詰めて、僕の前に現れる。
右手に持った大剣を僕に振り下ろす。
速いし強いし、彼の能力があればもっと全うな道があったはずだ。それで人を傷つけずに、誰かを守るように使って入れば――――
「――――発動。
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