ちぐはぐな二人
長椅子の部屋に戻ったリシア君と私。と、ネモ。
「ちょっと! おまけみたいに言わないでよ!」
はいはい。失礼しました。……って、私、何も言ってないよね? やだ。エルフって人の心が読めるの?
「読めるわけないでしょ」
「いや、読んでるじゃん!」
「ホタルは考えていることが顔に出過ぎなの。いい年して情けない」
はぁ、そりゃ、悪かったですね。って、そんなことは どうでもいい。いや、良くないけれど、今は置いておくことにして。
「リシア君、ちょっといい?」
できた桜石を見てちょっと思いついたことがあるのだ。スイ達が戻ってくる前に相談しておかないと。
「えっ? なんすか?」
「ちょっと耳貸して」
ちょいちょいとリシア君を手まねく。キョトンとした顔でこちらに近付いてきたリシア君の耳元に口を寄せる。ネモにも聞かれるわけにはいかないからコッソリ囁く。
「……って、どうかな?」
「……」
あれ? リシア君の反応がない。もしかしてわかりにくかった? もう一度、耳元に顔を寄せると。
「いや! わかったっす! わかったんでもういいっす!」
ものすごい勢いでリシア君が私から距離をとる。
えっ? 何? どうしたの?
「あっ、あの、ごめん。私、何か悪いことでも」
まるで避けるようなリシア君の動きに焦る。何か悪いことでもしてしまっただろうか……って、あっ、そうか!
「ごめん! そうだよね。駄目だよね」
リシア君の態度の理由に気がついた私は慌てて謝った。
そりゃそうだ。元の世界の話は秘密にして欲しいって言ったのは私だ。なのに都合の良いときだけ力を貸してくれなんて腹も立つよね。
前にも話したとおり、リシア君は私がこの世界の人間ではないことを知っている。そして元の世界の道具にすごい興味を持っていて、あの青い猫の漫画を愛読書にしている。そして、興味をもつだけに留まらず、なんといくつかは実現してしまったのだ。
それ自体はすごいことなのだけれど、それはこの世界にはないどころか、物によっては元の世界にも実在しない道具なわけで。広まれば便利よりもトラブルの種になる可能性の方がはるかに大きかった。
というわけでリシア君の発明品については、あくまで私の事情を知っている人だけが使うに留めてもらっていたのだ。
なのに私は今、リシア君に桜石で電話が作れないかを相談してしまった。
この世界に電話はない。リシア君が発明したのもペアになる機械同士でしか話はできないから、電話というよりトランシーバーに近い物だけれど、それだって十分に驚きの技術だ。
「リシア君、今の話は忘れて。勝手なことを言ってごめんなさい」
私はリシア君に頭を下げる。怒られることを覚悟していたのだけれど。
「……」
私の言葉にリシア君の返事はなかった。返事がないから頭を上げるタイミングもなくて。
「本当にごめんなさい。いつもリシア君は私のこと心配してくれているのに」
そうだ。リシア君は道具屋だ。本当なら自分の発明を商売にしたいだろう。何より多くの人に知って欲しいだろう。それを私の安全のために我慢してくれているというのに。
今更ながらに自分の迂闊な発言が、どれだけ失礼で無神経なものだったかに気が付く。じわりと目に涙が浮かぶ。あぁ、頭を下げたままでよかった。ここで泣いたらリシア君は私を許すしかない。それは卑怯すぎる。
「リシア君、あのね」
「ホタル、今のリシアには何も届かないと思うよ」
なんとか謝罪の気持ちだけでも伝わって欲しいと口を開いた私にネモの冷たい言葉が突き刺さる。
ネモの言うとおりだ。そう思ったら次の言葉がでてこなくなってしまった。
ポタリ。
代わりにこぼれてしまった涙を慌てて拭う。泣いたら卑怯だって思った矢先に情けない。
でも、そんな気持ちに反して、一度こぼれてしまった涙は止まらなくて、慌てて両手で拭う。
「嘘でしょ! なんでホタルが泣くのよ」
「えっ?」
なぜか慌てたようなネモの声にリシア君の驚く声が重なる。
「えっ? じゃない。ほら、なんとかしなよ」
「いや、なんとかって」
「ぐちぐち言ってないで、ほら!」
トスン。
短いやり取りの後、何か暖かな感触が頭にあたる。あーとか、うーとか、よくわからないうめき声がしたと思ったら。
「ホタルさん、泣かないで」
「ふぇ?」
なぜかリシア君が私を抱きしめていた。恐る恐るといった感じで回された手は微かに震えていて……って、えっ? 嘘でしょ? リシア君が私を抱きしめてる?
「えっ! 何? 何!」
今度は私がリシア君から飛び退く。そっと回されていただけの手があっさりと離れる。びっくりし過ぎで涙も引っ込んでしまった。
「あっ、いや、これはネモが」
「ちょっと他人のせいにしないでよ〜」
真っ赤な顔で言うリシア君にネモがにやにやした顔で答える。多分私も同じくらい真っ赤な顔をしているはず。
「ホタル、何を誤解して泣いたのかわかんないけど、リシアが黙ったのは」
「あっ! ネモ、待て!」
リシア君が慌ててネモの言葉を遮ろうとしたけれど、時すでに遅し。
「まな板が当たってたからだよ」
「まな板?」
えっ? 石板じゃなくて、まな板? ってか何の話? まな板なんて持ってきてないけれど。
「失礼なこと言うな! ちゃんと柔らかかった……って、あっ、いや、ホタルさん、違うんす!」
「えっ? 何? 何の話?」
「えっ?」
「いや、リシア君、怒ってるんじゃないの?」
「怒る? 俺がっすか? ホタルさんじゃなくて?」
「私? なんで私が怒るの?」
キョトンとした顔で見つめ合ってしまうリシア君と私。
「まぁ、とりあえず二人でちゃんと話したら? 俺には聞かれたくない話なんでしょ。ちょっと席外してあげるから、ヨシノ様たちが戻ってきたら呼んでよね」
ネモは呆れた顔でそう言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。残されたのはリシア君と私だけ。
「えっと。電話の話っすよね?」
「いや、それはもう」
おずおずと話しだしたリシア君の言葉を私が慌てて否定する。と、リシア君が困ったように笑う。
「とりあえず俺は怒ってないっす。電話ならフィアーノでも使ってるっす。あのくらいなら知られても大丈夫っすよ」
「あっ、そういえばそうだったね」
確かにこの前フィアーノでトラブルに巻き込まれた時にも電話を使ったんだった。
「まぁ、道具がないっすから、道具屋に戻ってからじゃないと無理っすけど、そこはいいっすよね?」
「うん。そこは私がお願いしてみる」
「いきなり桜石でやるのはリスクあるっすから、他ので試作してからやってみるっす」
さっきまでの反応とは裏腹にさくさくと話が進んでいくことに逆に不安になる。
「あのさ。本当にいいの? だってさっきはあんなに」
「あっ、それは、あの」
急にリシア君が口ごもる。その姿にやっぱり無理をさせてしまったのだと確信する。
「電話は止める。ごめんね。無理をさせて」
「いや、だから、全然、大丈夫っすよ!」
私の言葉に慌てて手をふるリシア君。その手をギュッと握る。へっ、と驚くリシア君を真っ直ぐに見つめる。
「リシア君、あのね、私もリシア君を大切な相棒だと思ってる。だから、嫌なときはきちんと言って」
黄緑の目が揺らぐ。と、すっと目を逸らされた。
あっ、これはやってしまった。
その態度にさぁっと血の気が引いた。今の私は多分、すごく迷惑だ。握った手を離そうとしたその時。
「ホタルさん、絶対に怒らないって約束してくださいっす!」
なぜか今度はリシア君が私の手を掴んできた。
「へっ? あっ、うん。わかった」
全然わからないけれど、とりあえずうなずく。だって、リシア君が怒ることはあっても私が怒るなんてあり得ないし。
私の返事を見てリシア君がスーハーと深呼吸をする。
「ホタルさん」
「はい!」
真っ直ぐ見つめて返事をする。今度はリシア君も目を逸らさないでいてくれる。
「あの、まな板って知ってるっすか?」
「えっ? あぁ、ネモもなんか言っていたね。えっと、料理に使うアレよね? でもそれがどうかしたの?」
首を傾げる私にリシア君が言いづらそうな顔で続ける。
「その意味もあるんすけど」
いや、まな板でしょ? それ以外の意味ってあったっけ?
「体の一部を示すときもあるっすよね? って、あっ、もしかしてホタルさんのいた世界では言わないんすか?」
ん? リシア君の言葉に一瞬固まる。いや、まさか、それはないよね? だって、こんな真剣な場で、そんなしょうもない話なんてないよね?
「あの、ホタルさん?」
「嘘でしょ! リシア君! 何考えてるの! しかも、まな板って!」
条件反射で胸元をおさえる。
「待って! 俺じゃないっす! まな板はネモが言ったんす!」
「な~に~? 呼んだぁ? あっ、白状した? ひそひそ話より肩にあたる胸が気になって話が入ってきませんでしたって」
「ネモ、お前、なんてことを!」
「そうそう。まな板はリシアじゃないからね。リシアはちゃんと柔らかかったって言ったもんね〜」
「ネモ! 黙れ!」
いつの間にか戻ってきたネモと言い合いを始めるリシア君。でも、それどころじゃない。
「リシア君、見損なったよ」
こっちはすごく心配したのに。なんだそれ!
「えっ! ホタルさん! 待って! そんな目で見ないでくださいっす!」
「知らない」
「……あの、なんか賑やかだけど、俺たち席を外そうか?」
気が付けば呆れた顔でスイ達まで私とリシア君を見ていた。
いつの間に戻ってきていたのか。孫と祖父母の感動のシーンに場違いなことこの上ない。
「全然気にしないで! むしろ無視していいから!」
「えっ? ホタル、どうしたの?」
「どうもしない! それより桜石のことなんだけれど」
背後で、話を聞いて〜、って情けない声が聞こえた気がするけれど無視! 私はそのままスイとこれからの相談を始めたのだった。
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