新米の宝飾師。魔力ゼロだけどエルフの里でアクセサリーを作ることになりました。
蜜蜂
魔力ゼロの宝飾師
「明日は領主様のお庭に行ってきてくれるかい?」
夜ごはんのテーブルでマダムが私にそう告げた。
ここはマダムの宝飾店の三階にあるダイニング。一階が店舗、二階が作業場、三階と屋根裏が居住スペースになっている。
そして輝く銀髪をすっきりとまとめ上げた目の前の女性が私の宝飾の師匠マダム・オパール。みんなからはマダムと呼ばれている。耳元にはその名にふさわしい大振りのオパールのイヤリング。そこそこの年齢のはずだけれど、それを感じさせない凛とした佇まいと威圧感は老女というより魔女……。
「ホタル、何か言ったかい?」
「ふぇっ?」
しまった! 心の声がもれていた?
灰色の目に睨まれておもわず首をすくめる。
「あっ、このパン、美味しいなぁ。領主様のお庭に行くならノームさんにもお土産で持って行こうかなぁ」
いちじくパンを食べながらわざとらしく言う私の姿にマダムの眼光が一段と鋭くなる。
ちなみにパンはいつも行っているモルガとゴシェのパン屋の新作。最近ハード系のパンに凝っているそうで、小麦の味がしったりとしたパンに干いちじくのつぶつぶ感が加わって味も食感もなかなかだ。きっとノームさんも気にいるはず。って、そうじゃなかった!
「ごめんなさい!」
慌てて頭を下げる私にやれやれとマダムの呆れた声が降ってくる。
あれ? 条件反射で謝っちゃったけれど、私、今、何も言ってなかったよね? 嘘でしょ。心の声が聴こえるとか、マダムってまさか本当に魔女……。
「ホタル!」
「わぁ、ごめんなさい! 行きます! 大丈夫です! 何をいただいてきましょう?」
さて、ここでいくつか説明を。
さっきマダムのことを『宝飾の師匠』と言ったでしょ? 私が今いるこの世界では、アクセサリーの在り方がちょっと変わっている。全てのアクセサリーは宝飾合成という技術によって作りだされるのだ。
宝飾合成っていうのは……う~ん。百聞は一見にしかずだよね。
「マダム、宝飾合成を見せてくれませんか?」
「はぁ? 食事中に何をいっているんだい?」
「ですよねぇ」
そりゃそうだ。というわけで私の説明で我慢していただきたい。
この世界ではアクセサリーは宝飾師が素材から作りだす。それこそ魔法みたいに。何を素材にするかは宝飾師ごとに違うんだけれど、マダムの場合は植物。
例えばここに一輪の蓮の花があったとする。それをこれまた宝飾師それぞれがもつ専用の石板の上に置いて、あとは宝飾師が手をかざして念じる。はい、これで終わり。
えっ? それだけ? って思うでしょ。それだけなんだな。これが。
かざした手の下で花がパア〜ッと光に包まれて、その光が収まると石板の上にはアクセサリーが現れるのだ。何が現れるかはやってみてのお楽しみ。といってもできるのは素材にちなんだものだから、蓮の花ならパパラチアサファイアのブレスレットとかかな。
この、花からアクセサリーを作りだす、の一連の流れが宝飾合成で、宝飾合成をできるのが宝飾師ってわけ。
あっ、誤解しないで欲しいんだけれど、宝飾師は特殊能力ではないから。この世界では一般的な職業で、それこそ大工さんとかパン屋さんとかと一緒で修行してなるものなんだ。
さぁ、ここまできたらお気づきでしょう。ここはいわゆる異世界ってやつ。そして、私、ホタルは訳あってこの世界に迷いこみ、更に色々あってマダムの元で宝飾師の修行をしている。
元の世界では冴えないアラサーOLだった私。この世界にきたからといっていきなり宝飾合成なんてできるはずもなく……いや、出来るかなぁとか最初は思ったのよ。異世界にきたら便利な特殊能力が授けられるとかお約束じゃん。
でも、現実はそんなに甘くなく。私は元の世界と全く同じスペック。魔力ゼロだし、なんの特殊能力もなければ、文句をいう先の女神様とかもいなかった。本当に着の身着のままで異世界に放り出されたのだ。
というわけで、更に更に色々あったのだけれど、縁あって町一番の道具屋のリシア君と王国一の石板職人のパパラに魔力補充型石板というなんともありがたい装置を作ってもらったことで、なんとか宝飾師としての一歩を踏み出すことができた。
今は自分でも宝飾合成の依頼を受けつつ、マダムの店の手伝いやアクセサリーの修理をしながら生活している。
さっきマダムに言われたら領主様のお庭へのお使いも店の手伝いの一つ。
領主様のお庭はその名のとおりこのタキの町の領主様がお持ちのお庭なんだけれど、庭といっていいのか悩むくらいものすごく広い。
どのくらい広いかというと、季節の花が咲く見事な庭園あり、静かな森あり、たわわに実る果樹園あり、川まで流れているくらい。それも人工の小川なんかじゃなく、魚釣りも川遊びもばっちりできて、河原でバーベキューできるレベルの天然の大きな川が。もうちょっとした国立公園とか、山レベル。
マダムが扱う素材は植物だからよく素材をわけてもらいに行くんだけれど、本来はそんなおいそれと入れる場所でも、ましてやお花とかをいただけるような場所でもない。でもマダムは例外みたい。むしろ自分の庭くらいな感じだし。本当にマダムって謎だ。
「いや、今回はホタルに宝飾合成の依頼だよ」
「えっ? 私に? ノームさんが?」
広大な領主様のお庭を一人で監理しているのがノームさんだ。だから、領主様のお庭に呼び出されるってことはノームさんに呼ばれているってことなんだけれど。
マダムのお使いで領主様のお庭にはよく行くから、ノームさんには私も良くしてもらっている。植物の知識だけじゃなくて、この世界の話とか、ちょっとした悩み相談とか、私にとってこの世界でのおじいちゃん的存在だ。
でも、ノームさんがアクセサリー? ちょっと想像がつかない。
不思議そうな顔をしていたのだろう。マダムが軽く首を横に振りながら言葉を続ける。
「違うんだ。知り合いとやらがホタルに依頼したいそうだよ」
「あぁ、なるほど」
「店番は気にしなくていいから、朝からお願いできるかい?」
私の扱う素材は思い出の品。素材の特性上、こうやって依頼をもらってオーダーメイドで作ることがほとんどだ。
パパラの工房で聞いた話によると思い出の品を素材にする宝飾師は少ないらしい。マダムみたいに植物を素材にするなら予め作ったものを店をに並べて売る形がとれるけれど、思い出の品となると無理だし、依頼自体も多くはない。ほら、思い出の品をアクセサリーにしようと思う時って限られるでしょ? 成人のお祝いとか、プロポーズとかさ。現実問題として仕事にするのは難しいらしい。
でも何を素材にするかは自分では選べない。宝飾師として独り立ちする時に専用の石板を作ってもらうんだれど、そのときに調べてもらって初めてわかる。そして嫌だからって変えることはできない。宝飾師なら他の素材でも宝飾合成自体はできるけれど、商品になるようなクオリティのものは作り出せない。決められた素材で宝飾師としてやっていくか、宝飾師そのものを諦めるかのどちらかだ。
とはいったものの、なんだかんだ言って私は自分の素材が気に入っていたりする。思い出の品だから失敗はできないし、作ることのできる数も限られるけれど、依頼人の一人ひとりと向き合って、つける人のことを思いながら作ったものが喜んでもらえた時の嬉しさは半端なくて、この素材を扱う醍醐味だと思うんだよね。
「はい、わかりました。じゃあ、明日は朝イチで行ってきます」
私の返事にマダムはうなずくと夜ごはんが再開された。
さて、ノームさんの知り合いってどんな方だろう?
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