女神の加護を受けし女勇者、史上最強の女魔王、36歳無職の秋葉原ライフ
ゆき
プロローグ
ゲーム『アース ストーン』内
最終決戦、魔王城、最上階にて ―
「ほぉ、ついに勇者が現れたか」
「魔王リカリナ・・・」
魔王の側近たちは倒れて、魔王リカリナだけが椅子に座っていた。
彼女はツインテールの幼女のような見た目をしているが、史上最強、最悪の魔王。
252年、誰も倒すことができなかった。
ゴーレムを砕いたチェーンを素早く巻き取り、大剣に変える。
「たった一人で、体力も魔力もすべて満タンで来るとはな」
「ここで、確実に魔王リカリナを倒す。もう、逃げられないわ」
剣の刃元にラピスラズリを埋め込む。剣に蒼い魔力がみなぎっていく。
オシリスの力・・・これから、魔王リカリナを裁く。
「252年、長かったな・・・・待ちくたびれたぞ」
魔王リカリナがゆっくりと立ち上がり周りを見渡す。
助けを呼んでも誰も来ない。
魔王城を守る魔族たちは、全て倒したのだから。
ここで、確実に王を倒さないと。
「といっても、なんか、やっぱり想定と違ったけどな」
「私はアステリア王国の勇者ティナ。女神の加護を受け、ダンジョンを制覇し、魔王に匹敵する力を得た。貴女を倒すのに、私以上の適任がいないと思うけど?」
「そうじゃないのだ」
ここまで来るのに、犠牲は多かったけど、何とか、魔王リカリナにたどり着いた。
剣に刻まれた紋章に触れる。
アステリア王国に帰ったら、みんなを弔わないとね。
「お前、アステリア王国なら、本はたくさんあるだろう?」
「え、それが何? 今更、魔王に同情をするつもりはないわ」
「はぁ、これだから頭の固い奴は・・・」
魔王リカリナが杖を出す。
一瞬で真横に魔方陣を展開した。
「!」
「これは攻撃魔法じゃない。誰もこの魔王城に来ないから、252年ずーっと暇だったんだが」
一冊の本を取り出す。
「この世界、女ばかりだろう?」
「・・・・まぁ、そうね。あまり疑問に思ったことはなかったけど」
「おかしいとは思わないか? だって、本の中の話は、必ず男が出てくるのだ。そして、何らかのラブコメ的な要素が含まれてるのだ」
「・・・・・・・・・・・」
バサッ
魔王リカリナが持っていた本をこちらに投げてきた。
異世界ラブコメの本!?
アステリア王国でも流行った本だった。
「私は252年も魔王だが、なんか能力がカンストしている気がするのだ。だって、指一本でアステリア王国を滅ぼせるのだぞ」
「強がりを」
魔王の側近、ドラゴンの牙と、鋼の皮膚を持つジャムラが眠るように息を引き取っている。
「本当だ」
魔王リカリナが指先に魔力を溜める。
「!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「嘘・・・・」
魔王リカリナ・・・ここまでとは・・・。
「だから言っただろ?」
「何を言いたいの?」
「率直に言う。この世界はゲームの世界で、本当はプレイヤーが来るはずだったのに、何らかの理由で来れなくなり、放置された・・・ってことは考えられないか?」
「ゲーム・・・・?」
「本にあっただろうが。それに、この世界はそもそも女しかいない。なんか、おかしくないか?」
「・・・・・・・・・」
確かに、この世界は女しかいない。
女しかいないことに疑問を持ったことはなかった。
というか、そもそもこの世に男というものが存在するの? 本の中に出てくる空想の種族じゃないの?
剣を握りなおす。
確かに犠牲もあったものの、私も能力がカンストしてここまで来たわけだし・・・ダンジョンはほとんど攻略してしまった。
ゲーム? まさか・・・。
「そ、そんな言葉に騙されないわ。私たちの仲間を散々殺しておいて」
「魔族もお前ら人間に殺された。お互い様なのだ」
魔王リカリナがすべての魔法を解いて、椅子に座りなおす。
「というわけで、私は異世界転生をしたい。早くとどめをさすのだ。勇者ティナ」
「・・・もしかして、最初から負けようとしてたわけじゃないでしょうね?」
「ぶっちゃけ、魔王の仕事って暇なのだぞ。遠隔攻撃で全部済むし、ずーっと魔王城にいなきゃいけないし。できれば、本の世界みたいに異世界転生して、男というものとらぶこめがしたいのだ」
大きな黒い瞳がきゅるきゅるしていた。
「っ・・・・・」
すごく複雑な気持ちになった。
言われてみれば、この世界はプレイヤーのセーブポイントらしきものが至るところにある。
「・・・魔王リカリナに聞きたいんだけど・・・・」
「なんだ?」
「ダンジョンや高原にある、魔方陣から光を放つ場所あるでしょ?」
「確かにあるな」
「プレイヤーのセーブポイントだったり?」
「可能性は高いな。252年いるが、使われているところなど、見たことがない」
「・・・・・・・・」
魔王リカリナの言う通り、この世界がゲーム内である可能性が濃厚になってきた。
ダンジョンや周辺モンスターを倒して、力をつけるのにいっぱいであまり考えたことはなかったけど・・・。
咳払いをして、剣を持ち直す。
「ほら、早くしろ。あまり痛くないようにお願いするのだ。でも、今までの退屈さに比べたらマシだからいいぞ。早くやってくれ」
魔王リカリナが恍惚の表情でトドメを刺されるのを待っていた。
「わ・・・わかったわ」
さっきほど、剣に力が入らなかった。
深呼吸をして雑念を払う。
魔王リカリナを倒せば、この世界はずっと平和なんだけど・・・。
そもそも、私は女神の加護を受けた勇者だから、魔王がいなくなれば無職になる。
戻ったらまず、職を探さなきゃいけない。
でも、ステータスがカンストした勇者が就く転職先って?
「・・・勇者ティナ、お前も異世界転生したいのだな」
「そ、そんなわけないわ。私は、貴女の息の根を止めて、アステリア王国に・・・」
「嘘をつくな、私にはわかるぞ」
魔王リカリナがむくっと起き上がって、腕を掴む。
「!?」
「私も、一人で異世界転生するの心細かったのだ。せっかくだ、勇者も道連れにしてやるのだ」
地面に魔法陣が展開された。
「魔王リカリナ!」
― 魔の領域(バリア) ―
パァンッ
私と魔王リカリナの周りに、ドーム型のシールドを張った。
「騙したのね!」
「騙してなどいない。中々、お前が殺さないからだ。私だって早く死んで転生したいのに、ごたごた待ってる間に、魔族が来たらどうするのだ?」
ツインテールをきゅっと伸ばしながら言う。
魔王リカリナは史上最強の魔族の王。
これまで、誰も倒すことができなかった。
やっとここまで来たのに・・・・。
「というわけで、勇者ティナ、私と一緒に異世界で、ゆるーい転生ライフを送るのだぞ。本だけはたくさん読んでたんだ。なんてったって、魔王って暇だからな」
「ほ、本当に転生場所はゆるいと思う?」
「最近の本のトレンドは、ゆるい転生だろうが。もう魔王はこりごりなのだ」
「・・・・・」
「はぁ、やっと解放されるのだ。一応、勇者が来ないと、死ねないようになっていたからな」
「そうなの!?」
「あぁ、この魔法が発動しないのだ」
史上最強の魔王が、こんなにワクワクしてるなんて。
ドン
魔王リカリナの魔法陣は、自分ごと消滅させるものだった。
窓からアリエル王国が見える。空は快晴、鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。
みんな、今までありがとう。
この世界から魔王リカリナがいなくなれば、もう魔族の脅威に、怯えることはなくなるから・・・。
すっと、意識が遠くなっていく。
「・・・ィナ・・・」
「?」
「ティナ・・・・」
目を開けると、魔王リカリナが杖を持ったまま覗き込んでいた。
ゆっくりと体を起こす。
ここは、絨毯の上? 触り心地がよかった。
「目が覚めたか?」
「覚めたけど、ん? 確か、私は魔王に引きずり込まれて」
「そう、最悪だ。勇者を道連れに死んで、ゆるゆるライフを送る予定だったのに・・・」
魔王リカリナが、すっごく重たいため息をつく。
「失敗したのだ。私の計画で失敗したのは、生まれて初めてだ。まさかの転移」
「え?」
「ここには女しかいないみたいだ。私のゆるゆる異世界ライフが・・・失敗」
目を潤ませて俯いていた。
「異世界ファンタジーとコラボしたコンカフェ『リトルガーデン』に面接に来た子たちだよね? ここ面接会場だから、ここで待っててね。そっちの子、大丈夫? 具合悪いの?」
「え、えぇ」
「大丈夫だ。気にするな」
メイドのような恰好した女性が、屈みながら言う。
ここは・・・?
異世界にしては、前の世界の変わりがないような。
「あの・・・コンカフェって?」
「またまたー、そんなしっかりコスプレしてきて。ねぇ、そっちの子は、幼女って感じだけど、保護者はいなくて大丈夫?」
「何を言う? 私は252歳だぞ」
「あははは、幼女魔王設定ね。すっごくいいと思うよ。ま、いっか。2人とも、ものすごい美少女だし」
「・・・・・・・・」
魔王リカリナが怪訝そうな顔をしていた。
私は、女神の加護があるから、直感だけは鋭い。
なんとなく状況は理解できた。
「じゃあ、中に入って。お店のクッキーやお菓子も置いてあるから自由に食べてね。とっても美味しいの」
魔王リカリナはあくびをして、お菓子のあるテーブルをじっと見つめている。
今、私たちは異世界で、カフェの面接を受けようとしているのね。
さっきから、クッキーや紅茶のいい香りがした。
「綺麗な食べ物だな。生まれたてのドラゴンの皮みたいだ」
「そう? どちらかというと卵じゃない?」
魔王リカリナは、お菓子が珍しいみたい。
アステリア王国には、たくさん美味しいものがあったんだけどね。
「ここがツイッターでバズってた新しい異世界コンセプトカフェ」
「私、トークが苦手だからちゃんとVtuberになれるか」
「私もだよ。アバターの動かし方とか・・・」
自分たちの世界と同じような格好をした女の子が部屋にいっぱいいた。剣士、アーチャー、シスター・・・。
みんな、どこか落ち着きがなく、緊張している。
「ここはイケメン王子に囲まれて求婚される世界でも、悪役令嬢みたいなドキドキな恋する世界でもないらしい。前の世界と同じ、女ばかりだ。いったん、ここを吹っ飛ばしてみるか? ここでも魔法は使えるみたいだぞ」
「や、やめて。まだわからないじゃない」
シュウウウウウ
魔王リカリナが手のひらに溜めた魔力を、小さな魔法陣を描いて打ち消す。
「ほぉ、さすがだな。私の魔法を一瞬で消すとは」
「ねぇねぇ、コンカフェ? ってまだわからないけど。もう少し、この世界見てみましょうよ」
「ふむ・・・あの、お菓子というものを食べてから考えよう。甘くて不思議なにおいがするのだ」
口角からよだれが出そうになっていた。
「まぁ、いいけど・・・」
ため息をついて、窓の外を眺める。
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