マスタートリオ・オブ・ブラックトリオ④

「ワンオフ……! 本気?」


 リンコが突っ伏したままたずねると、タックは腕を前で組んでうなずいた。


「『ツルレーシ・ファクトリー』に連絡を取ってみる。ちと遠いがつながりはするだろ」


 その場所の名を聞いたカリオのまゆがピクリと動いた。


「ん? どっかで聞いたことが――」

「カリオならあるかもしれねえな。おまえさんのクロジをカスタムした、ゴーヤ・タンプルの兄……トーグリ・タンプルが経営しているビッグスーツ工場だ」

「そうか、そうだ。おっさんが話してたんだ。テエリクの真ん中辺りにあるって」


 カリオはゆっくりと体を起こして、椅子に座り直す。ニッケルもそれに続いた。


「ツルレーシ……俺もテレビの特集で見たことがあるぞ、やっぱメカニック界隈では有名人か」


 カリオは腕を頭の後ろで組んで上体をユラユラと揺らす。

 

「おっさんの師匠筋に当たる兄貴の工場、そこなら間違いなく腕は超一流だな。……ってことはつまり――」


 カリオが言いかけた言葉をタックが代わりに言う。


「今回の報酬をたんまり使ってトーグリ・タンプルに高級ワンオフ機を作ってもらう! ついでにボロボロになったレトリバーもどうにかする!」


 それを聞いた三人は数秒眉間にしわを寄せて押し黙った。タックがその様子を見てにらむ。


「おいコラ! 何いやそうな顔してんだ!」

「いや、すげえ真っ当な案だとは思うんだけどよ……」

「なんかドツボにはまってる気がしてな。働けば働くほど危険と支出が増していってやがる……!」

「サヨナラ私達の稼いだ二十億……」




 ◆ ◆ ◆




 とある街の地上艦港。


 灰色の地上艦が一隻、出港する。二段ベッドが並んだ大部屋で、カリオ・ニッケル・リンコ、そして彼らが保護する少女、マヨ・ポテトは、各々ベッドに寝転がってくつろいでいる。


 艦長のカソック・ピストンの知り合いがいる街に大半のクルーとレトリバーを預け、三人の傭兵ようへいとマヨ、タックやミントンなどメカニック数名は、その知人の船を利用してツルレーシ・ファクトリーのあるタカハシシティへ向かうことになった。陸フェリーを改造した船でレトリバーとは似ても似つかないため、襲撃にうリスクは低くなるが、念のためにビッグスーツ三機を密かに格納した状態での航行となる。




「しかし、わたすが一億の賞金首とは……」




 マヨが人差し指を鼻に当て、目を閉じて独りちるのを聞いて、三人の傭兵がガバッと体を起こした。まだ小さい子供であるマヨにとって、強すぎるプレッシャーになりうる情報だと考え、三人の間で彼女には秘密にしておこうと決めたところだった。


「マヨ、その話どこで」

「タックの携帯端末のぞいたら書いてあったです」


 マヨがそう答えるのを聞くなりベッドから飛び出して駆けていくリンコ。数秒後、大部屋の外からタックの悲鳴が聞こえてきた。


「人のガジェットをのぞくな!」

「タックが見ていいって言ったです。どうせスケベ画像しかないからって」

「あの馬鹿……いや、マヨ、その……大丈夫か?」


 ニッケルが少し心配そうに問いかけるのを、マヨは首を傾げて不思議そうに見返す。


「……? ……むっ、確かに対策が不十分という意味では大丈夫じゃないであるますね! そうだ、まずは変装へんそうしとかないと……」


 マヨが一人で妙なことを考えこむ様子を見て、カリオとニッケルは顔を見合わせた。


「……大丈夫っぽいな」

「変なところではがねのメンタルだなコイツ……」


 マヨはリュックから色々なお面を取り出して、付けたり外したりしていた。




 ◆ ◆ ◆




 翌朝。


 灰色の地上艦を強い朝日が照らす。


「くっそ~リンコの奴思いっきりどつきやがって~」


 タックは何をされたのか、れたほおをさすりながら三人の傭兵とマヨが寝ている大部屋へ入っていく。


「おい起きろ朝飯……あれ? マヨだけか?」

「およ?」


 ベッドの上で知恵の輪を振り回しながらマヨが不思議そうに返事をする。


「わたす起きた時は三人ともいませんでしたよ」

「マジか? いやこの部屋来るまで三人とも見かけなかったけど……ん? ベッドの上に何か……封筒ふうとう?」




 タックは空いているベッドの上に置かれた茶封筒に気づいた。手に取ってみるが特に怪しい雰囲気はない。思い切ってふうを開けると、中には三つ折りにされた手紙が入っていた。


何々なになに……前略、レトリバーの皆様へ。我々のおろかで未熟な弟子達がお世話になっております。この度、皆様が新しい機体の準備が整うまで身を隠すとおうかがいしました。丁度いい機会ですのでもうみなさまにご迷惑をおかけすることのないよう、こちらで再度、徹底的に指導致したく思います……えっ」


 タックが手紙を読むのを、マヨが興味深そうに聞き入っている。


「つきましては、急ではございますがカリオ・ボーズ、ニッケル・ムデンカイ、リンコ・リンゴの三名は、しばらくの間、我々の方で預かります。この手紙を読む頃には三人ともそちらにはいないと思いますが何卒ご了承ください……!?」

「ゴォーン!?」


 大袈裟おおげさに口を縦に大きくあけてマヨが驚きを表現する。


「あ、アイツらの師匠!? いや、何かしらの達人だとは話に聞いていたけど、走行中の地上艦からあの三人を誘拐だと!? 妖怪か何かかよ……待てこれはキャパオーバーだ、とりあえず艦長おやじに連絡を……」




 ◆ ◆ ◆




 チュン……チュン……


 小鳥のさえずりが優しく響く。奥からは滝の轟音ごうおんも聞こえる。


「ん……なんかまぶしい……それにマイナスイオンを感じる……」


 目が覚めたカリオは体を起こして周りを見回す。


「……」


 地上艦の大部屋のベッドで寝ていたはずの丸刈りの男は、周囲を緑のいっぱいの木々で囲まれた、河原の大岩の上にいた。


「……随分リアルで……健康的な夢だなぁ」

「やれやれ夢と現実の区別もつかんのか」




 後ろから聞こえてきた声に、カリオはビクッと反射的に肩をすくめた。後ろを振り返ると、そこにはカリオの背丈の半分ほどの、スキンヘッドに立派な長い口ひげを生やした老人が、胡坐あぐらをかいて岩の上に座っていた。


「え、え、し、師匠!? なんで!?」


 カリオに師匠と呼ばれた老人――シガラ・ヒゲリーは口ひげをまんでさする。


「この程度のことで動揺とはのぉ、中々イジ……きたえがいがあるぞい」




(マスタートリオ・オブ・ブラックトリオ⑤ へ続く)

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