第44話 アイスは解けた…心は…

「ふふ…あ~あ、私キズモノに成っちゃったね」


 まだ紅い顔で月は微笑んだ。俺が付けた傷を愛おしそうに撫でながら。


「キズモノって…」


 さすがに大げさすぎると思うが、確かに月の首元には歯形というより傷といった方が良いくらいの大きめの目立つ跡が残っている。綺麗な肌に傷をつけてしまったという罪悪感が湧いてくる。


「これは…跡に成っちゃうかもな~」


「下から絆創膏…いや、ガーゼの方がいいか?」


 傷の大きさ的に今家にある一番大きな絆創膏でも塞ぎきれないので

ガーゼの方が良いだろう。


「取ってくる」


「あっ…待って」


「何だよ」


「ガーゼよりも君に舐めてほしいな~」


「何言ってんだ」


 昔は傷は唾つけておけば治るとか迷信があったが、実際こういった傷はちゃんと消毒して塞がないと治りが遅くなるし、細菌が入る可能性がある。


「ほらほら、垂れてきちゃう。早く早く、ベッドに落ちちゃうよ」


 俺のことを急かすように掴んでいる俺の腕を振ってくる。そのせいで首に浮かんでいる血の雫が落ちそうになっている。


「あぁ~…もう」


 こちらに首の傷を見せびらかせてくる。今にも零れそうな血を拭くものがない。仕方なく顔を再び月の傷に近づけていく。


「きゃっ、そんなにがっつかなくても私は逃げないよ」


「ん……血がベッドに付いたら洗うの面倒だろ」


「あっ…血…付いてるよ」


「えっ…」

 

 何となく左の頬を左手の甲で拭いてみる。チラッと見てみるが、手の甲は変わらず肌色だ。


「逆だよ…逆」


 月に指摘され今度は逆の頬を右の手の甲で拭う。言われえた通り血が付いていたのだろう、若干赤くなっていた。


「ん?何?」


「……いや、何でもない」


「えぇ…本当?」


「なんでもない」


 ふと顔を上げて月の方を見てみると、彼女の顔が自分の目の前にあった。改めて見るとやはり綺麗な顔をしている。何というか…整った輪郭と赤い瞳が妖艶というか、口元から微かに覗いている鋭い牙も合わさってやはり吸血鬼なんだなと思ってしまう。


「もしかして…ドキッとしちゃった?」


「そ…そんなこと、ない…」


「えぇ~嘘だ。絶対ドキドキしてた~」


「してないって…」


 咄嗟に月から離れるように後ろに下がってしまった。何故かいつも月との会話は彼女にペースを取られている気がする。徐々に不満が溜まってきていたところだ。ちょうどいいかもしれない。


「月…」


「何?……えっ!?」


「じっとして」


「は、はい…」


 彼女の体を抱き寄せる。顔は見えるようにおでこだけをくっつけて月の目だけを見る。さっき血を吸ったばかりなので目はいつも赤く光っている。今ならまつ毛の本数すら数えられそうなくらいの至近距離だ。


「えぇ…ちょっ…ちょっと…近いよ…」


「近いと嫌だ?」


「そ…そういう、わけじゃぁ…ないけど……」


「じゃあ…良いじゃん」


「ううぅ…あんまりじっくり見ないで…もうちょっとで牙が引っ込むから…」


 月の顔がだんだん顔が赤くなっている気がする。月は吸血するときに自分の意志で牙を伸ばすことが出来るが、引っ込ませる手段は時間経過しかないらしい。


「別に気にしないよ。むしろかっこいいと思う」


「へっ…そう?…それなら…良いかな」


「触ってもいい?」


「ふぇっ…えぇ…とぉ、ちょ、ちょっとだけ…なら…」


 いつも抱きしめて来たり、血を吸ってきたりするくせに急に攻められると防御に回るらしい。いつもより態度が小さい。


「んあっ」


 彼女が少しだけ口を開く。唾液に濡れたピンク色の舌や白い歯などの口内が見えてくる。軽く月の犬歯に触れる。人間のものよりも何倍も鋭く硬い歯を指で触る。


「やっぱり…ダメか…」


「ん?」


 触れば思い出すかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。俺が診てもらった医者は、脳みその原理などはまだ解明されていないため記憶障害としか言っていなかった。


 どこかで見たことがあるような気がする。知らないはずなのに知っていたという気持ちの悪い感じ。



「…んん」


「あっ…ごめん」


 ボーっと考えているといつの間にか犬歯ではなく月の奥歯と舌の間に指を突っ込んでいた。苦しそうに涙を若干浮かべながらこちらを見ている。少しだけ…ほんの少しだけ興奮した。


「んん…」


 指を抜こうとすると月は開いていた口を閉じて俺の指を閉じ込めた。


「えっ…なんで?」


「んん」


 月は俺の指を咥えながら頭を横に振る。しばらくの間、離してはもらえなさそうだ。まぁ…俺も調子に乗っていろいろやったので今はそっとしておく。





「もういい?」


「うん」


 しばらくしてから月は俺の指を離した。しばらくの間、口の中で甘噛みされたり舌で撫でられたりしていた。唾液のせいで指が一本だけふやけてしまっている。


「もう昼か…なんかあったっけ…」


 部屋の時計は12時30分を過ぎたところだ。そろそろ昼食を食べてもいい時間帯だ。


「ごめん…ちょっとおトイレ借りてもいい?」


「あぁ…出て右の、廊下の突き当りにある」


「…ありがと」


 月はいつもより素早い動きで部屋から出て行ってしまった。少しいつもと違うことをし過ぎたため警戒されているのか?でもまぁ…やられっぱなしも癪なので今回はこれで引き分けという事にしたい。


 なんか…忘れてる気が……


「あっ!」


 急いでベッドから降りて机の上にある。青い色のパッケージを手に取る。本来なら冷たく感じるはずのそれは大量の水滴に覆われている。


「やっべ…完全に忘れてた」


 ビニールのパッケージの中身は固体から液体に変わってしまっていた。部屋の気温と氷菓という事を考えればこれは必然のことだ。


「やっちまった…まだ、あったけ?」


 液体に溶けてしまった二つのアイスだったものを持って部屋の外に出る。そのまま一階に降りていく。





「はぁ…」


 トイレの中は簡素なもので何の飾り気のない白い空間だった。汚れなどは一切なくかなり清潔感のある空間だ。


 トイレの扉を閉めてから、扉を背にして呼吸を整える。先ほどから心臓が口から飛び出すかと思うくらい跳ねている。


「ドキドキした…」


 まさか、真があそこまで自分から迫ってくることは今までになかったのでかなり驚いた上に本当に興奮した。しかし…それ以上に…


「何であんなことしちゃったんだろう」


 真の前では余裕のある彼女で居たかったが、何故かあんな変態のようなことをしてしまった。


 もしかしたら真に引かれてしまったのかもしれない。そんなことを想像すると次々とマイナスな方向に思考が持ってかれてしまう…


「でも…ちょっと…良かったかも…」


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