第41話 ちゃんと聞こえてるよ

「一年二組、あなた方は今回のスポーツ大会で優秀な成績を残したため、ここに表彰します。6月20日、学校長石川より……おめでとう」


 周囲の生徒から拍手がおきる。賞状を受け取ったクラスの委員長はそれを頭の上で掲げながらクラスの列に戻ってくる。


「次は…」





 その後も他のクラスを表彰して、校長の話と教師の話があった。閉会式もすべて終わり全員が教室に戻っていく。教室に戻ってもクラスの人たちの歓喜は収まらず、担任も大変喜んでいた。


 最後のリレーはかなり配点が高かったため、一年生の中で二組は優勝することが出来た。


「はいっ…ということで、皆さん。今日は課題もないので週末はゆっくり休んでください」


 担任は珍しく帰りの挨拶を終えても教室に残って他の生徒と話している。今日は部活もないのだろう。


「おい…真。来いよ、集合写真撮るってよ」


「あぁ」


 隼人に呼ばれて教室の真ん中に向かう。他のクラスメイトは机を教室の後ろの方に寄せてスペースを作っている。


「今回の主役だからな。真ん中に行けよ」


「嫌だよ、隅で良い」


「えぇ…真ん中で寝転がったりしないのか?」


「するわけねぇだろ。恥ずかしい…」


「そんなことすんの隼人くらいだよ」


 凪が俺の隣に並んで来た。みんな黒板の前に集まって、誰が言わずとも三列に並んで集合写真を撮る形になっていく。


「はい…撮りますよ~」






「お疲れ~バイバイ」


「じゃあね」


「さようなら」


「またな~」


 各々、自由に帰っていく。教室にはまだ半分くらい残っているが、俺も特に用事は無いので帰ろうとすると…


「あっ、真。これから川端達と打ち上げに行くんだけど…お前も行く?」


「いや…パスで…何より疲れた」


「マジか~じゃあ…伝えておくよ」


 隼人は一瞬がっかりした顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「悪いな」


「良いって。今日は頑張ってもらったし」


「じゃあ…また」


「おう、じゃあな」


 隼人に別れを告げて、荷物を持って教室を出ようとすると…


「うわっ!」


「きゃっ」


 教室から出ようとすると廊下の影から女子が同じように教室に入ってこようとしたため、その女子とぶつかりかけた。


「あっ…ごめん」


「ううん。大丈夫」


「……中島さん」


 ぶつかりかけた女子は中島さんだった。中島さんはリレーが終わった後にすぐ、保健室に行ってしまっていたため教室にはいなかった。


「怪我…大丈夫?」


「うん…ちょっと擦りむいただけだから」


「いや、でも顔赤いよ」


「ふぇ?あっ…いや…これは…その…だ、大丈夫。なんでもないから」


 いきなり取り乱し始めたので少し心配になるが、何でもないと言っているのでこれ以上追及するのはやめておこう。


「そっか…良かった」


「……心配してくれてありがとう」


「あぁ…じゃあ、また」


「うん」


 片膝にガーゼを張った中島さんに別れを告げて教室から離れていく。


「藤原君…」


 中島 優花は膝から感じる痛みが引いていく感覚を確かに感じていた。彼の顔と声を聴いている時だけ…





「本当に使えないんだね」


「待ってくれ。血原…俺は…」


「もういいよ。せっかく口をきいてあげるチャンスを上げたのに…何もかも役に立たないなんて…」


「俺は…」


「まぁ…いっか、真のかっこいい姿を見れたし、そこは褒めてあげる。それ以外は糞以下だったけど」


「待っ…」


「じゃあね。もう二度と話しかけないでね」


 笑顔で目の前の糞に別れを告げる。気持ち悪いものを目に入れてしまったので、早く真の顔を見て浄化しないと。


「♬~~♬~」





「これ…絶対、明日筋肉痛だな」


 疲労が溜まっているためか足が重く感じる。靴を履き替えるのも少しだけ億劫になってしまう。


「あっ…」


 すぐにでも帰ろうと思っていたが、月がいないことに気づく。いつもなら教室の外で待っているのだが、今日は居なかったうえに俺も疲労で彼女の事が頭から飛んでいた。


「まぁ…いっか」


 たまには一人で帰るのも悪くないと思い、歩き出そうとすると…


「はい…ストップ」


「うわっ」


 隣からいきなり足が生えて来た。誰かの足が俺の進行方向を遮ってきたため危うくその足を蹴ってしまうところだった。


「とっとと」


「何帰ろうとしてんだよ~」


「乃愛さん?」


 足を出してきた人の方を見ると、何度か見た顔がそこにあった。


「なんで?」


「君が帰ろうとした時は止めるように言われてま~す」


「はぁ?なんで…」


「君、ルナがいてもいなくても勝手に帰るでしょ?ルナはそんなとこも見越してるんだな~」


 まるで自慢するかのように誇らしげな顔でそんなことを言っている。まるで月の忠犬のようだ。


「なんで分かんだよ」


 ここまで自分の行動や考えていることを正確に当てられると驚愕というより、恐怖の方が先に来る。


「だから…ルナが来るまでお話しません?」


「いや、別に…結構です」


「えぇ…私はお話したいです~」


「……」


 ルナとは違うベクトルでかなり積極的に距離感を詰めてくる。普段こういった類の人は苦手だ。


「はぁ…じゃあ…来るまで」


「はい」


 俺はとりあえず昇降口のすぐ近くにある、柱に背中を預ける。乃愛さんは俺の隣に立っている。他の生徒もまばらに下校しているのが見える。


「シンさんって、ルナのどこを好きになったんですか?」


「え?どこって?」


「いや~やっぱり顔っすか?それともスタイル?ルナ~おっぱい大きいからな~」


「いや…声デカいって」


 俺がこういうタイプの人間が好きではない理由の一つが声のデカさだ。声がデカい人は昔から少し苦手だ。


「…すんません。でもでも…ぶっちゃけ顔ですか?」


「だから俺は月と付き合ってないって」


「あ~……そ~ゆ~のいいっす」


 なんか俺が空気の読めない発言したかのように呆れたという表情をしている。俺、本当の事を言ったのに…


「そんなに隠さなくてもいいじゃないっすか~」


「う~ん…」


 乃愛さんはしつこく質問してくる。このまま答えないと、永遠に聞き続けそうなので仕方なく答える。


「まぁ…目…とか?」


「おぉ~目っすか。マニアックすね~シンさん」


「いや…目だけってわけじゃないけどね」


「おぉ~他には何すか?」


「えぇ?……」


 追及されて少し考える。普段ちゃんと見ていないのであまり鮮明に思い出せないがもう一度月の顔や行動を思い出してみる。


「んん~…あとは…」


「あとは?」


「髪とか爪が綺麗な所とか…話しやすい所とか…素直なところ?」


「えぇ?ルナ、素直ですか?逆じゃないすっか?」


 さっきと同じように乃愛さんは大声でリアクションする。そこまで驚くだろうか。いちいち動きまでオーバーな反応をする。


「まぁ…頑固なとこもあるけど、その分素直なところもあると思うけど…」


「まぁ…シンさんにしか分からないこともありますよね~」


「なんだよ、それ」


 改めて思うとかなり恥ずかしいことを言ってるな。あいつには絶対聞かれたくない。聞かれたりしたら今より大変なことになるのが目に見えている。


「何の話してるの?」


「「っ!?」」


 俺と乃愛さんは周りの人から見ても分かるくらい大きく体を震わせた。完全に意識の外から声をかけられたため、心臓が止まるかと思った。遅れて冷や汗まで出て来た。


「あっ…いや、何も…」


「そう。今日は疲れたね~って話…」


「ふぅ~ん」


 陽が落ちて周囲が暗くなり始めたため月の瞳の赤みが目立つ。


「まぁ…いいや。帰ろう?」


「あっ…はい」


「えぇ~あたしのこと置いてくの?」


 乃愛さんは月の腕にしがみついて泣きそうな顔をしている。月に言われて俺の事を待っていたのに、月が来たら一人にされるのはさすがにかわいそうだと思う。


「ん~どうしよっか…」


「せっかく月のためにシンさん引き留めてたのに~」


「しょうがないな~駅までね」


「やった~」


 乃愛さんは嬉しそうに月の横に並んで歩き出す。ふと横にいる月の横顔を見ると、耳が赤くなってるような気がした。


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