第4話 悪い事
ピピッピ…ピピッピ…ピピッピ
目覚まし時計から発せられる軽い電子音が部屋に響いている。時計の針は7時を少し過ぎている。
「ん…んん…」
意識は覚醒したが、それでもまだ眠い。重い瞼が上がってくれないため、目を閉じたまますぐそばにある筈の目覚まし時計を手探りで探す。
仰向けの体をひねって起き上がろうとする。
「ん?」
起き上がろうとするがお腹のあたりに違和感がある…何かが乗っている。毛布ではない。何か重りのような…
「おはよう…早く起きないと寝坊するよ…」
「…ん…はぁ?」
人が乗っていた。布団の上からだと感触が分からなかったが、確かに人が仰向けの自分の体に馬乗りになっていた。
「………おはよ」
なぜか心臓がドクドクと鼓動し始める。わずかに汗をかいている。
熱いからではない。緊張などから来る冷や汗だ。
ここに居るべきではない人物がそこにいるという事実に脳が耐えきれてない。寝起きの脳みそではこの状態を処理しきることが出来ない。
「…なんで……居んだよ」
「起こしに来ちゃった…」
「と…とりあえず…どけ」
そういうと彼女はゆっくりと俺とベッドから降りる。彼女はすでに制服姿だった。
「はぁ~」
目をこすってもう一回、顔を上げて確認をする。やはり見間違いではないようだ。確かに彼女はそこに居た。
「こいつ入れたの誰だよ?ちゃんと鍵かけとけよ」
独り言をつぶやく。寝起きで上手く頭が回らない。
「ひどいな~せっかく起こしてあげたのに」
「なんか距離感近くなってない?」
昨日はほぼ敬語だったにも関わらず、今は普通に友達と話すような口調になっている。
「敬語はめんどくさくなったからやめたちゃった。昨日は…ちょっと緊張してたから」
「なんだよそれ…」
寝間着のまま部屋を出て、階段を下りる。彼女は俺の後を追って一緒に階段を下りてくる。
リビングにはスーツ姿で新聞を読んでいる父親とテーブルでトーストを食べながらニュース番組を見ている母親がいた。
「おはよ」
「おはよう」
両親は俺の後ろにいる女の事など気にも留めず、普段通りだった。妹は部活の朝練があるためいつもより早く学校に行くと言っていたので当然、家にはもういない。
「なんで…こいつが居んの?」
親指で後ろを指差しながら両親に問う。父は新聞を読んだまま答える。
「お前の友達だろう…まさか女の子だとは思わなかったが…」
「一緒に学校に行くんでしょ?」
母も続けて言ってきた。そんなこと言った覚えはない。後ろの女は黙ったままだ。
「約束してたんじゃないの?」
「してないよ。なんで勝手に家にあげちゃうんだよ」
「そう言われたって…ねぇ?」
母は椅子に座ったまま呑気に答える。父もそれにうなずいているだけだった。
「そろそろ…出るよ」
「行ってらっしゃい」
父は読んでいた新聞をきれいに二回折ってテーブルに置き、鞄を持って玄関に向かって行ってしまった。母もそんな父親を座ったまま見送る。
「真も…早く朝食食べるか、着替えるかしてきなさいよ」
母は食べ終わった食器を持って立ち上がり、キッチンに向かいながら俺に話しかけて来た。
「月ちゃんは朝ごはん食べたの?」
「はい…食べてきました」
俺の部屋に勝手に入って来た不法侵入者はまるで親戚に話すような口調で答えている。なぜ家族がここまで無頓着なのか気になってしょうがない。
「はぁ~」
溜息しか出てこないが、とりあえず顔を洗うため洗面所に向かう。
「くつろいでていいからね」
「ありがとうございます」
後ろから母親と不審者の会話が聞こえてくる。昨日からの落差がすごい。俺の中で彼女は君からお前にランクダウンし、さらにお前から不審者に下がってしまった。
「ふ~」
顔を洗い終わり、タオルで自分の顔を拭くころには母はリビングにはいなかった。おそらく二階のベランダで洗濯物を干しているのだろう。
いろいろ考えながらリビングに戻ると、なぜか月はテーブルの椅子に座っていた。しかもいつも俺が座っている席の隣。
「よいしょ」
仕方ないのでいつもは父が座っている、彼女とは対角の席について持ってきた菓子パンを食べる。スマホの画面を見ながら菓子パンを貪っていると…なぜか対角の位置に座っていたはずの月が俺の隣にいる。
「なんで隣に来るの?」
「え~いいじゃん。隣に座るくらい」
「…あっそ」
そういって椅子を少し彼女から遠ざける。スマホの画面も彼女には見えないように持ち変える。
「……ねぇ、なんで私から見えないようにスマホをいじるの?他の女と連絡してるの?」
「してるわけないだろ。そもそも連絡とるような女友達なんかいねぇし」
「…じゃあ見せて」
「はぁ~、ほら」
スマホを渡すのは危険なので、メッセージアプリの画面だけを見せる。
「……この美香って誰?…女だよね?…連絡とり合ってるよね?」
「あ……こいつは違うんだよ」
急いでスマホの画面をこちらに戻して、画面を消す。
「…なんで嘘つくの?…後ろめたいから嘘つくんだよね?」
「ていうか…別に女と連絡とってても関係なだろ。彼女じゃないんだし…」
「彼女じゃないって何?昨日も一緒に帰ったのに…」
「誰でも友達と一緒に帰るくらいするだろ…」
しかし彼女は納得できないのか、席から立ち上がってこちらに近づいてくる。何度見ても髪の美しさと赤い瞳の妖艶さに慣れない。
「ねぇ?真ってお肉好き?」
「はぁ?何のはな…」
「好き?」
俺がしゃべり終わるよりも早く、質問を繰り返す。質問するたびに俺と彼女の距離が縮んでいく。
「す…好きだけど。それが何?」
「人のお肉って……まずいんだって…」
「だから何の…」
「ゴムみたいな触感でにおいもすごくきついって……でも一つだけおいしい部位があるんだって…」
なぜか人肉の話を切り出してきた。当然、人肉など見たことも食べたこともないので何一つ共感は出来ない。そのまま彼女は話を続ける。
「それが……タン。人間の舌なんだよ。柔らかくて牛肉に近い味がしておいしいんだよ」
彼女の話し方はまるで食べたことのある奴の話し方だった。そういえば、頭から抜けていたことが一つあった。
彼女は吸血鬼なのだ。血を吸うというのがテンプレだが…もしかしたら人肉を食べていてもおかしくはない。そこで初めて接近される危険性を感じた。
「悪いことをした人は地獄で閻魔様に舌を抜かれるって話、聞いたことあるよね」
「まさか……」
「悪い事したんだから、舌を抜かれても文句はないよね?」
「……おい」
「大丈夫だよ。すぐ治るんだから……ね?」
彼女は止まらない。いつの間にか目と鼻の先にまで彼女の顔が来ていた。
「ねぇ…舌…だして」
「いや…だ」
それでも何とか喉を絞って声を出す。彼女は肩を強く掴んできている。椅子から身を乗り出して、俺の太ももに腰を下ろして来た。これでは俺は椅子から立ち上がって逃げることが出来ない。
「ん!」
それはいきなりだった。彼女は俺の唇に自身の唇を重ねて来た。
「ん…んn」
口を口でふさがれているため声をあげることも出来ない。すると自分の舌に何かが触れた。
「んん!」
彼女は自身の舌を俺の口の中に入れて来た。念入りに何かを探すようにそれは口の中で暴れている。彼女は喘ぎともとれる声をあげていたがそんなもの気にしている余裕はなかった。
彼女は俺の舌を探し出して、器用に自分の舌でそれを引っ張り出してきた。今度は俺自身の舌が彼女の口の中に入ってしまう。
なぜか舌が熱くなってくる。自分の舌が彼女の柔らかい口内に触れる感触が伝わってくる。唾液すらも熱くなってきた時…
「ん゛!」
自分の舌に鋭い痛みが走った。硬いものに挟まれる痛み。
彼女が俺の舌を噛んでいた。その力加減に躊躇は一切なく、痛みは増していく。彼女の唾液と共に自分の血が口の中に入ってくるのを感じた。
このままでは本当に噛み千切られる…そう思った瞬間…
「ぷはっ」
「はぁはぁ」
彼女の顔が離れる。俺も彼女も唇を重ねている間、息を忘れていたため息が上がっている。
「…嘘だよ」
「はあ…なひが」
舌が痛むので少し活舌がおかしくなるが、彼女は質問に答える。
「本気にしたの?…人間の肉なんて食べるわけないじゃん。全部ネットに書いてあった情報だよ。ほんとかどうかわかんないけど…」
「くそっ…いきなり舌、噛んできやがって」
舌の傷は浅かったため一瞬で治るがまだ痛む。そして何より彼女の唇の柔らかさがまだ残っていた。
「ごめん…君の血が欲しくて。実は朝食、食べてなかったから…」
「…もうお前とは近づかない」
「でも興奮したでしょ?……キスしながら自分の舌噛まれるの…」
その問いに否定とも肯定ともとれない返事をした。
◇◇◇お礼・お願い◇◇◇
「死ねない俺を殺したい彼女」第四話を読んでいただきありがとうございます。
かなりの人に見てもらうことが出来たので大変うれしく思います。
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