死ねない俺を殺したい彼女

広井 海

第一章 出会い

第1話 不死者と吸血鬼

「私以外の女に手を出したら殺しちゃうから」


 人生で初めての彼女は僕にそう告げた。





 この世には人ならざる者が存在している。公には知られていないがそういったものは確かに存在する。俺がその証拠だ。


 幼いころから傷の治りが早かった、いや早いどころの話ではない。単なるかすり傷なら血が出てくる前に一瞬でふさがってしまうほどに異常なのだ。


 両親はこのことを知っている。両親の先祖や親戚にも似たような体質の人がいたらしい。そういった人達の事を不死者イモータルと呼んでいたらしい。




 高校に入学してから一週間後の昼休み、俺は自販機で飲み物を買って教室に戻ろうとしていた。


 ふと前を見ると、目の前に女子がいた。


「あの……付き合ってください」


「はぁ?」


 変な声が口から漏れてしまう。どういうことか分からない。この子とはここで初めてあったはずだ。学年章を見る限り一年生だということは分かる。


「えっと…どちら様?」


「私の事覚えてないですか?」


 こんな個性的な人なら覚えたくなくても記憶に残るはずだが、俺の脳にはこの女子生徒に出会った記憶はない。


「すいません、どこかでお会いしたことありましたっけ」


「そんな…私は…」


そう言いかけると突然黙ってしまった。


「……いえ、そんなことはどうでもいいです。私と付き合ってください」


もう一度、告白を受ける。


「……」


 正直困惑していたが、彼女の顔を見るとそんなことは吹き飛んだ。


 暗い艶のある黒髪、瞳はまるで血のように赤黒い。しかし肌は病的なまでに白く血色がない。そして何よりかわいい。膨れた涙袋や目じりのメイクは地雷系に近いが、それもまた彼女の妖艶さを引き立てていた。


「ダメですか?」


 彼女は一歩前に出て、俺に近づいてきた。そのあとも一歩、また一歩と彼女は俺に詰め寄って来た。そのたびに俺は一歩ずつ後ろに下がっていくが、背中に冷たくて硬い感触が伝わってくる。いつの間にか壁際まで追い詰められている。


「え…い…一旦保留でいいですか?」


 何とか返した答えは保留だった。顔がかわいいと言えばよい点だが、俺は彼女に関してその他の事を知らなすぎる。欲に任せてすぐにOKを出すほど理性が死んでるわけじゃない。


「…じゃあ、放課後まで待ちますね」


「え…放課後?」


「では」


 そういって彼女はどこかへ行ってしまった。その空間には混乱したままの俺だけが残された。






「遅くね。そんなに人、並んでた?」


「いや~、ちょっといろいろあって…」


 先ほどまでの出来事を思い出しながら、教室で待っていた友達にいろいろと誤魔化す。


「へ~」


 友人である高木たかぎ 隼人はやとは不思議そうな顔をしているが、すぐに興味を失ったのか昼食に戻った。俺もコンビニのおにぎりを手に取る。


「ていうか。しん…今日のテストの勉強した?」


「うん…少しだけ」


「やっべ~、何もやってないんだよな…」


「今のうちにやっておけよ」


 隼人は机から教科書を取り出した。片手で昼食を食べながら、もう片方の手でページをめくっている。そんな光景を眺めながら、さっきの出来事を思い出す。


 あの女子は何者だったのだろうか…俺はあの女子を知らないし、あったこともないはず。いや、どこかで会ったことがあるのかもしれないが少なくとも俺の記憶にはどこにも存在しない。


「♬~♬~」


「やっべ」


 昼休み終了の音が鳴る。いつもより短く感じるのはあの少女の告白を受けていたからだろう。隼人は焦りながら手に持っていた菓子パンを口に詰め込む。俺は次の授業まであと5分余裕があるのでトイレに行くために席を立つ。


「ん?」


 誰かから見られていた感じがしたが、教室を見渡しても俺の事を見ている人間なんて一人もいなかった。


「どうした?」


 隼人が席を立ったままキョロキョロしている俺を見上げて疑問の顔をしていた。


「いや…何でもない」


 そういって俺は教室を出て、トイレに向かった。






 午後の授業もいつも通り進んでいった。入学してまだ一週間なので授業の内容もそこまで難しいものじゃなかった。


「よし、お前ら気をつけて帰れよ」


 帰りのHR(ホームルーム)もいつも通り担任が一言話してすぐに終わった。


「おし、早く帰ろうぜ」


「ごめん…ちょっと用事があるから先に帰ってて」


 放課後の用事がまだ一つ残っている。いつもなら一緒に電車に乗って帰るのだが、今日はあの女子に呼び出しを食らっているので帰れない。


「え~、なんだよ」


「ちょっと…呼び出されちゃって」


「えっ…先生から?」


「いや、違うけど……すぐに済みようにないから、先帰ってていいよ」


「ん~…OK。じゃあまた明日」


 納得したのか、隼人は荷物を持って立ち上がった。


「うん、また明日」


 手を振って隼人は教室を出ていった。教室にはまだ何人か残っている人はいるが、ほとんどは帰ってしまっている。


「さて……どこに行けばいいんだ?」


 ふと疑問が浮かんでくる。放課後に会おうとは言ったのはいいが、どこで会うかを聞き忘れてしまった。あの子のクラスも聞きそびれてしまったので会いに行くことが出来ないと今更気づいた。


「とりあえず、クラスを見て回るか?」


 とりあえず他のクラスの教室を見て回るしかないか、と思い独り言をつぶやきながら。教室を出ようと荷物を持って入口に向かっていく。


「うわ!」


 びっくりして大きな声を上げてしまった。廊下を歩いていた他の生徒は俺の事を不審な奴を見る目で見てきたが、そんなことは気にならなかった。


「なんで…いんの?」


 そこには昼休みの時に告白をしてきた、あの黒髪の女の子が入口のすぐそばに立っていたのだ。俺は自分のクラスも…名前すらもこの子には言っていないのに、何故かこの子は俺のクラスの入口で待っていたのだ。


 いろんな疑問が浮かんでくるのは当然だった。そもそもおれはこの子の名前すら知らないことに今、気づいた。


「えっと…なんでクラス分かったの?」


「そのくらい知ってます」


 答えになってない。なんか質問しても、ちゃんとした答えが帰ってこなそうなので何とか理由づけて自分の頭を納得させる。


「話って何かな?」


「こちらに来てください」


 そういってその女子は俺の手を引いてくる。生徒がいる教室ではなく、音楽室や図書室などがある特別棟に向かっていく。


「ここです…」


 特別棟の誰も居ない教室まで来てしまった。窓から見える光はまだ夕暮れというには明るすぎた。しかし電気をつけていない教室はいつもよりも薄暗く感じた。


 特別棟は本校舎と違って古臭く、造りもいつもの教室とは違う。


「それじゃあ…答えを聞かせてください」


「え…っと」


 突如、回答を求められたのでドキリとしてしまう。答えがパッと浮かんでこず、沈黙だけが流れていく。


「私の事…嫌いですか?」


「いや…そういうわけじゃなくて…その…」


 目線が定まらず、いろんな場所を見てしまう。何とか答えをひねり出す。


「その……友達からとかじゃ…ダメかな…」


「え?…」


「俺…君の事…ほとんど知らないし…そもそも名前も知らないし」


「私、血原ちはら るなって言います」


 俺が言い訳を並べていると、食い気味に自分の名前を言ってきた。


「いや…そういうわけじゃ……」


「……じゃあいいです」


 突然さっきよりも低い声が出てきて、少しビビった。彼女は俯いていて顔が見えない。


「私…あなたの秘密知ってますから…付き合ってくれないなら、みんなにばらします」


「え…秘密って…」


「あなたが普通の人間じゃないってことを…」


「な…なんで…」


 この体の秘密を知っているのは家族だけで、この人が知っているわけがない。


「なぜって……何となくです」


「はぁ?」


「私も人間とは少し違うから……」


 そういって彼女は俺のすぐ目の前まで歩いてくる。昼休みに見た赤い瞳がすぐそばまで来る。


「逃げないで…」


 無意識に後ずさろうとしていたところで彼女に手をつかまれた。彼女の手はさっきよりも体温が低い気がした。彼女は顔をもっと近づけてくる。


 いつの間にか敬語ではなくなっていたがそんなこと気にしている余裕はなかった。


「これを見て…」


 彼女は自らの口を開けて歯を見せて来た。そこには確かに歯があった。しかし、人間の歯にしては鋭すぎる犬歯が見えた。


「これって…」


「私…吸血鬼の末裔なの…だから…」


「えっ…」


 突如、首筋に暖かい感触と鋭い痛みが同時にやって来た。顔が動かせないので目だけを下に向けると、彼女の黒髪が見えた。


 痛みはだんだん和らいでいき、何かを吸われている感覚だけが残る。彼女に首筋を嚙まれているのだと今、理解した。


 しばらくその状態が続き、彼女が顔を俺の首から離すと…


「……ご馳走様」


 彼女の唇には血が付いていた。目は一層赤みを増していた。







◇◇◇お礼・お願い◇◇◇

初めまして広井 海です。


「死ねない俺を殺したい彼女」を読んでいただきありがとうございます。


なるべく毎日12時に投稿しているので、ぜひ毎日読みに来てください。


読んだ感想などのコメント、いいね、ブックマーク、☆評価等お待ちしております。


皆さんの評価で月ちゃんのヤンデレ度が変わるかもしれません。


 




 








 


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