五話

 立ち並ぶ民家の隙間から差し込む眩しい陽光に目を細めながら、私はパーレンの家の前で、そのパーレンが現れるのを待っていた。夜が明けた頃に目覚めた私は簡単な朝食を取り、身支度も終え、明日の朝来ると言っていたパーレンを、ここでかれこれ二十分は待っている。通りの先を見続けているが、彼の姿は一向に見えてこない。そんな待ち惚けの私を、隣の家から出て来た老女が怪しむように何度も見てくる。初めて見る顔なら怪しくも思えるだろう。彼はいつになったら来るのか。まだ寝ているわけではないだろうな。これ以上お隣に怪しまれないうちに、こちらから探しに行くべきか……。


 すると間もなく、通りの奥から小走りにやってくる姿が現れた――やっと来たか。


「すまない。待たせたか」


 腰に剣を下げ、動きやすそうな軽装備姿のパーレンは苦笑いを見せて言った。


「こちらから探しに行こうかと思っていたところだ。まさかその装備を整えるのに時間でもかかっていたのか?」


「しばらくここには戻れそうにないから、護衛の依頼を受けてたところに断りを入れに行ってたんだよ」


 ああ、そうだった。彼はもう一庶民だった。


「申し訳ない。いろいろ迷惑をかけるようで……」


「気にするな。引き受けたのは俺なんだ。それじゃあ、行くか」


 パーレンと共に、私は朝の爽やかな空気漂うヤグルカの街を出発した。


 早い時間とあってか、街道に人影はまったくない。周囲には清々しい自然の景色がどこまでも続いている。そんな中を私達は王都方面へと歩いて行く。


「まずは王都へ行く街道を行けばいいの?」


「そうだな。お前と会ったのはそこだ。とりあえずはその周辺へ行ってみよう」


「記憶回復の手がかりがあればいいけど……」


「気を楽に行こう。力み過ぎたら逆に頭が硬くなるかもしれない」


「頭が硬いことと記憶は関係があるの?」


「さあ? でも閃くのは大抵、何の意識もしてない時だ。身も心も自然体でいろ」


 あまり信憑性の感じない話ではあるが、けれど必死になったところで記憶など自分の意思ではどうにもできないものだ。言う通り、無駄な力みを捨てて気を楽に構えたほうがいいのかもしれない。それで回復が早まるのなら手軽なものだが。


 あまり変わらない景色の中を私達は黙々と歩き進む。元同僚とは言え、友人と言えるほど関係を築いていない相手では話題もすぐに途切れ、互いの間には静寂が漂っていた。特に話すことがないのなら別に構わないことではあったが、その時おもむろにパーレンは口を開いた。


「現在の王宮の内情については憶えてるのか?」


「……いきなり何?」


 唐突な質問に私は思わず聞き返した。


「お前が一体何を探してるのか、少し考えてたんだ。それで、憶えてるのか?」


「王女のお側にいるのが役目だから……そこまでのことは憶えている」


「今年で喪が明けることも?」


「もちろんだ」


 長い喪が明け、来年には新たな国王が誕生する予定だ――つまり現在、この王国の玉座は空いたままになっている。


 国王陛下が亡くなられたのは、今から三年前のことだ。すでに病に冒されていたお体はついに力尽き、陛下は天に召された。荘厳な葬儀を経て、全王国民は三年間の喪に服すことになる。この王国ではそう決められているのだ。華やかな祭りや贅沢を控え、亡くなられた陛下に哀悼し、祈りを捧げる。だがそれも最初の一年ほどで、二年目になれば皆普通の生活に戻っている。それを不届きだと怒る王侯貴族もいない。三年間も質素を強要しては庶民の生活が成り立たなくなる面もあるし、何より皆の意識は陛下が亡くなられた悲しみから、それを継ぐ新しい国王へと移っていくのだ。それは王宮に住まう高貴な方々も同じと言える。


 国王陛下には双子のお子がいる。兄のユーリー王子と、妹のソフィヤ王女だ。お二人とも三十を過ぎ、すでにそれぞれ家族も作られている。私はお二人の昔のご様子は存じ上げないが、聞いたところではあまり仲のいいご兄妹ではなかったらしい。そしてそれはご結婚を機に、さらに顕著になったようだ。


 表立って喧嘩をするようなことはないが、お二人は顔を合わせても口を利かず、無視をすることは日常茶飯事だった。そのせいで儀式や式典などでお二人が並ばなければいけない状況に立ち会わされた者達は、例外なくぴりついた緊張感を味わわされることになる。


 なぜここまで仲を悪くしたのかはわからない。だがある者の話では、王位継承を話題にした時からこうなってしまったという。本当かは確かめようもないが、生前、陛下はお二人のどちらに王位を譲るかなど、口頭でも書面でも、何も残さずこの世を去られてしまったらしい。王室の慣習では、現国王に公に指名された者、またはその証を渡された者が次期国王と認められるのだが、お二人はそのどちらも受けてはいない。つまり亡き陛下の血を受け継ぐお二人には、今のところ平等に継承権があるというわけだ。


 それが仲を悪化させた原因とでもいうように、陛下が病床にふせた頃から、よからぬ雰囲気が王宮内に充満し始めた。王子、王女の、いわゆる取り巻き達による牽制と言うべきか、罵り合いと言うべきか。具体的に誰がどんなことを言ったかなどはわからないが、王子は国王にふさわしくないとか、王女に王国を統べる能力はないとか、そんな出所不明の言葉が毎日どこからともなく流れてきていて、私の耳にも入るほどだった。そんな話を聞かされ続ければ、ご兄妹の溝がさらに広がるのも当然だろう。


 お二人のどちらが王位を継ぐのかは大臣や王族などを含めた話し合いで決められるとされているのだが、私が知る限り、そういったことはまだ行われていない。もしかしたら秘密裏に始められているかもしれないが、公に発表されていないということは、少なくとも結論はまだ出ていないと言えるだろう。果たして今年中にそれが決まるのか、一王国民としては少し心配でもある状況だ。


「もうすぐ喪が明けるのに、次期国王は決まらず、王子と王女は睨み合うばかりだ」


「そうだな……それが何なの?」


 木立に囲まれた日陰の道に差しかかると、パーレンは足を止めて話す。


「そんな中でお前は王女に探し物を頼まれたわけだ。自分の物やご家族の物なら侍女に頼めばいい。だがそうじゃなく、護衛役のお前に頼んできた。そこにはお前でなきゃいけない理由があるように思えるんだが」


 パーレンの茶の瞳が私に意見を求めてくる。


「ソフィヤ王女は、護衛兵である私だから頼んだ、ということか?」


「そうかもしれないし、お前なら出来ると思ってのことかもしれない。もしそうなら、探してる物は街で売ってるような物じゃないんだろう」


 パーレンはじっとこちらを見てくる。


「……何だと考えているの?」


「俺の考えは、王位を継ぐことを決定付ける何か……例えば、王子をおとしめる証拠となる物とか、逆に、王女こそが次期国王だと証明する物……そんな重要な物なんじゃないかって思ってるんだが」


 私は首をかしげた。


「証明する、重要な物……? そんな探し物を私なんかに頼むだろうか」


「お前は諜報役も担ってるんだろう? なら別におかしなことじゃないはずだ」


「諜報役は大げさだ。私は身の回りの些細な情報を集め、伝えているだけだ。王子周辺の情報など探ってはいない」


「だが情報を集めてることは同じだ。……記憶にないか? 普段は立ち入らないような場所に足を踏み入れたこととか」


「そう、言われても……」


 私の記憶は王女のお側にいたところで途切れている。その先を思い出そうとすると、急に黒いもやがかかったように視界をさえぎられてしまうのだ。それでもわずかだが、そのもやの奥に何かしらが見える気はする。しかしそれが何なのか、今の時点では判然としない。


「話してるだけじゃ、やはり無理か」


 パーレンは小さく息を吐く。


「記憶の回復なんて、なるようにしかならない。先を急ごう」


 私がそう促した時だった。


「……何?」


 歩き出そうとした私の前に、街道脇から現れた一人の見知らぬ男がのそりと立ちはだかった。その手には剣が握られている。


「何だ、お前達は」


 パーレンの声に振り向けば、私の左右、背後にも同じように武器を手にした男が立っていた。四方を取り囲む四人の男……明らかに穏やかではない。


「我々に大人しく付いて来れば、手荒なことはしない」


 正面に立ち塞がる男は静かに言った。男達の服装は庶民のものと変わらない。だから一見すると近隣住民にも思えるが、我々なんて言葉は庶民には馴染まない。わざと住民を装っているのだろう。


「何者だ」


 私は睨み、聞いた。


「付いて来るのか、来ないのか」


 こちらの問いに答える気はないようで、男は険しい表情で私を見る。金品の要求ではなく、付いて来いというのは、賊の類ではなさそうだ。となると、思い出されるのは以前、私を襲った男……あいつの仲間だろうか。


「……もしかして、私の名前を知っていたりするのか?」


 以前の男は、私の名前は皆知っていると言っていた。仲間なら当然知っているはずだ。しかし目の前の男はこれにも答える気がないのか、黙ってこちらを見るだけだった。無駄なおしゃべりはしたくないらしい。それはこちらも同じだが。


「悪いが、私はそちらが求めるようなものは何も持っていない。信じられないなら、このかばんの中を見せたっていい」


 私は肩のかばんを揺らし、示したが、男は何の興味も見せない。


「付いて来るつもりはないのか」


「連れて行って、どうする」


「質問に答えろ。来るか、来ないのか」


 そう言うと男は手の剣を握り直した。それにならうように、他の男達もそれぞれの武器を握り、構え直す。これで脅しているつもりか。こいつらに従うなど、悪い予感しかしない。


「何をされるかわからない相手に、大人しく付いて行けると思うの?」


「拒否するのだな。……ならば始める」


 武器を構えた男達は途端に殺気を放ち始めた。じりじりと動き、私とパーレンの隙をうかがってくる。


「パーレン、戦えそうか?」


 私は二本のナイフを構え、隣の彼に聞いた。


「あまり自信はないが、やるしかないだろう」


 パーレンも腰の剣を抜き、私の背後に位置する男達と向き合う。彼は右腕しか使いものにならないらしいが、幸い利き腕だ。どうにか頑張ってもらうしかない。


「……来る!」


 男達は一斉にこちらへ襲いかかって来た。私は迎え撃ち、ナイフを振るう。


「数で勝る我々に、勝てると思うのか」


「うるさい!」


 切り付けに行くが、男達の動きに隙はない。やはりこいつらも見た目とは違い、武術を心得た者のようだ。以前の男と言い、一体何者だ。


「思ったほどの腕ではないな。……多少傷付けてもいいが、殺さないよう捕えろ」


 殺さずに捕らえるだと? そこまで私を連れ帰りたいとは。意地でも抵抗したほうがいいようだ。


「……くっ」


 それにしても手強い。ナイフを振っても振っても、向こうは簡単にかわしてしまう。こちらも何とか攻撃はかわしているが、そればかりに集中すると攻撃に出る隙を失ってしまう。認めたくはないが、言われたように、男達は数で勝っている。一人の攻撃を受け流したところで、すぐに二人目の攻撃が向かって来る。それをかわしてもまた次に……このままでは防戦一方だ。


 気付けば私の前には三人の男が武器を構えていた。三対一……捕らえたいのは私であり、目標も私というわけか。ところでパーレンは無事なのか――三人の敵を牽制しながら、ちらと視線を向けると、少し離れたところでパーレンは残る一人と剣を交えていた。しかしあまり形勢はよくないように見える。懸命に剣を振るパーレンだが、相手のほうが力が上なのか、徐々に追い込まれてしまっている。あれでは切られるのも時間の問題かもしれない。だがこちらも、気を抜けばすぐに追い込まれそうな状況だ。助けに行ければいいが、それをこいつらが許してくれるか……。


「こんな時によそ見か!」


 振り下ろされた剣を私は咄嗟に避け、間合いを取った。すると背中に硬いものがぶつかった。木だ。知らぬ間に街道の端にまで移動させられていたようだ。そんな私の前を三人の男が武器を手に囲む。まずい。逃げ道がない。背後に逃げるにしても、街道から外れた先は長い雑草が覆い、足場がよくない。駆け出した途端、背後から切られる可能性もある。だが逃げられるとしても、パーレンを見捨てては行けない。彼を巻き込んだのは私なのだから。腕を切り落とされようとも、彼の命を助ける責任が私にはある。しかし、その前には三人の男が立ちはだかっている。追い詰められた状況で、どう動けば……。


「!――」


 それは頭の中で閃光のように瞬いた。一瞬、何かがよみがえった。黒いもやの向こうに見覚えのある景色が見えた気がする。それは今のように、私が何者かに追い詰められている状況。その相手の顔は――


「ぐあっ」


 上がったうめき声に私は我に返り、視線をパーレンに向けた。そこには男に羽交い絞めにされ、もがくパーレンの姿があった。その首を男は今にも絞めようとしている――殺されてしまう!


「パーレン!」


 私は慌てて駆け出した。立ちはだかる男をナイフで蹴散らそうとしたが、あっさり避けられると、私の腕は男につかまれてしまった。


「放せ!」


 振り上げたナイフが男の頬をかすり、私の腕から手が離れた。


「大人しくしろ!」


 だがすぐに別の男が立ちはだかり、私に切り付けてきた。避けられない――目の前に迫った刃に、私は咄嗟に手で顔をかばうしかなかった。


 その時、視界がまばゆい光に溢れ、私はその眩しさに目を強く閉じた。……何? また光が……今度は何だ?


「うあっ、何なんだ、これ!」


 騒然とする男の声に、私はゆっくりと目を開けた。そこに見えたのは、消えゆく光の中にたたずむ巨大な影だった。


「蛇の、怪物……」


 誰かがそう呟いた通り、それはまさに巨大な蛇だった。大木のように太く長い体は、青にも緑にも見える美しい鱗に覆われ、その不気味でしなやかな曲線を形作っている。男達を見下ろす鎌首を見ると、その頭部周辺には大小のとげが生え、口元には鋭い牙も見える。充血したような真っ赤に光る目は、驚きをあらわにする男達への敵意を見せている。妖精の次は蛇の怪物――私はその圧倒的な迫力に、無意識に後ずさっていた。


「これは、どういうことだ。こんなものがいるなど、聞いていないぞ」


 誰ともなしに聞いた声に、答える者はいない。男達は皆、想定外の怪物の出現に動転しているようだった。


「と、とにかく、倒すしかない……行くぞ!」


 男の一人が蛇に向かって襲いかかった。


「たああ!」


 刃が蛇の体に振り下ろされた。その瞬間、ガキンッと金属音が響き渡ったと思うと、剣の刃は無残に欠けていた。


「何――」


 男が驚く間もなく、巨大な蛇はゆらりと体をくねらせると、長い尾を鞭のようにしならせ、男目がけて振り切った。バチン、と鈍い音が聞こえた瞬間には、男の体は街道脇の木に叩き付けられていた。


「お、おい!」


 ぐったりと倒れる仲間に駆け付けるも、微動だにしない男は蛇の一撃で息絶えてしまったようだ。……妖精の時と同じだ。この蛇も、私を襲う敵を殺し、助けてくれるつもりなのか?


「武器が役に立たないのでは、倒しようがないぞ……」


「倒せずとも、目的は果たす……我々がおとりになる間に、女を捕えろ!」


 蛇の前にいる二人の男は、離れたところでパーレンを羽交い絞めにする仲間に叫んだ。それを受け、パーレンをあっさり放り出した男は、視線をこちらに定めると真っすぐに駆けてくる。相手が一人ならどうにかやれるはず。捕まるなんて失敗はするものか――意気込み、身構えた直後だった。


「なっ……ぐおっ……」


 駆ける男の横からするすると音もなく尾が伸びてくると、それは男を巻き取り、蛇の元へ引き寄せられていく。男も自分に巻き付いた尾を叩いたり引っかいたりして脱出を試みるが、無駄な抵抗のようだった。


「くそっ、今助ける!」


 おとり役の二人が蛇に切りかかるが、鱗の肌に傷が付いている様子はない。仲間が足下でじたばたしている間に、尾に巻き取られた男の表情は見る見る青ざめていた。


「あ……ぐ、が……!」


 赤い目が苦しむ男をじっと見ている――蛇の尾は男を絞めているのだ。その息が止まるまで。見つめる蛇に表情などありはしないが、何だか楽しんでいるかのようにも感じる……。


 ゴキッと鈍い音がすると、男の動きと声が止まった。すると蛇はおもちゃに飽きた子供のように、その男を地面に放った。ごろごろと転がる体は不自然に曲がり、その顔は生気が抜けた表情で宙を見つめたまま止まっている。……二人目が、殺された。


「……二人も……駄目だ……」


「悔しいが、退くしかないようだ……」


 地面に転がる仲間に動揺しないはずもない。残った二人は蛇を睨みながら後ずさりすると、ゆっくり踵を返そうとする。こんな状況になっては、さすがに逃げるしかないようだ。こちらとしてもそうしてもらえればありがたい。


 しかし蛇の怪物は私とは違う考えだった。駆け出し、その場から逃げ出した二人の男を、蛇は見た目の巨体からは想像できない速さで追うと、瞬時に二人を同時に捕らえてしまった。一人は尾で巻き取り、一人は鋭い牙にかけて。


「ひい、や、やめろ!」


「ううっ……食われて、たまるか……」


 体を牙に貫かれた男は、大量の血を流しながらも蛇から逃れようと手を動かしている。だがそれもわずかな間だけだった。びくびくと痙攣し始めたかと思うと、口から泡を出し、そのまま動かなくなってしまった。何だか中毒症状のようだが……まさか、蛇の毒なのか?


 血と泡を流す男を、蛇は唾を吐き捨てるように吐き出した。ぼとりと落とされた男の表情は苦痛に固まっている。三人目……残るは一人……。


「死にたくない! 助けてくれ!」


 尾に巻かれた男は混乱したように叫んでいる。だがその声に応えられる者はこの場にはもういない。蛇は一人目の男と同じように、巻いた体をぎりぎりと絞め始めた。


「いぎゃああああ――」


 目を見開き、大口を開けて、男はまるで断末魔の叫びを上げる。敵とは言え、直視していられない――私は目を伏せ、叫びが消えるのを待った。すると、ドタンという何かがぶつかる音がすると、男の叫びは急に途絶えた。視線を戻せば、すでに蛇の尾には何の姿もなく、その下を見ると、首が折れ曲がった状態で倒れる男を見つけた。どうやら地面に叩き付けられたらしい。四人全員、殺してしまった……。


 蛇はのそりと動くと、その赤い目をパーレンに向けた。そしてゆっくりと近付こうとし始める――この蛇、私以外の人間を殺すつもりなのか?


「お、俺は違う! 俺は……」


 慌てて叫ぶパーレンの元へ走り寄り、私も言った。


「彼は私の味方だ! 殺す必要はない」


 すると、この言葉を理解したかのように、蛇は動きを止めると、しばらく私の顔をじっと見つめ、それから長く大きな体をうねらせ、反転した。


「……言うことを、聞いたのか?」


 呆然とするパーレンの呟きに何も答えられず、私は離れていく蛇を見つめた。一体どこへ行くのだろうと思った時、蛇の体がほんのりと発光し始めた。それは全身を覆うと、蛇の輪郭を薄くし、やがて景色に溶けるように消えてしまった。


「消えた……」


 そう言ってパーレンは蛇がいた場所まで歩いて行くが、どこを見渡しても蛇の姿はなかった。あの時と、妖精が現れた時と同じだ。私を襲った者を排除すると消えてしまう……。


 はっとした私はマントの下から両腕を出し、その袖をまくってみた。


「……ない」


 左腕には変わらず刺青があったが、右腕の刺青は予想通り、すべて綺麗に消えていた。それを見て私は確信できた。以前に考えたことは空想などではない。この刺青はやはり、具現化しているのだ。

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