第10話 ルアーリング-2

だから、こんな急に自分の身体が変化するなんて、唐突すぎて思考が追い付かない。


あんなに聞いてきたオメガの突発的な発情トランスヒートについての情報を何一つ思い出すことが出来ない。


蕩けたままの思考と火照ったままの身体は、熱のやり場を探し続けている。


『センセイ、薬持ってるよね?』


頼からの質問に目線だけでどうにか肯定を伝えた。


油断して口を開けば、みっともない嬌声が出て来ることは分かっていたから、必死に息を吐くことだけに集中する。


ともすれば目の前の肩に縋ってしまいそうで、必死にシーツを握りしめる雫に問いかけた頼は、いつも持ち歩いている薬ケースを枕元まで届けてくれた。


はしたなく震え始めた身体を見られたくなくて、必死に一番強い試験薬を飲み下す。


それでも上がっていく呼吸を押さえることが出来なくて、一人にしてと伝えようとしたら、優しく肩を撫でられた。


さっきまでの挑発的な触れ方とは違う、労りに満ちた仕草に、心臓の奥がきゅうっと切なくなる。


雫にとってこれはどこまでもイレギュラーだけれど、頼にとってはあくまで日常の一部なのだ。


『こんな辛いとは知らなかった・・・・・・ごめん』


初めて聞く彼の弱り切った声音に綴じていた瞼を持ち上げたら、ベッドの端に手をついた頼がそっと目を伏せて唇を迎えに来るところだった。


そして、受け入れる準備はとうの昔に出来ていた。


考えるまでもなく、彼の唇に触れたいと身体が反応を返している。


そろりと唇の表面をなぞったそれが、優しく上唇を食んできて、息を吐けばその隙に舌が入り込んで来る。


熱くなった口内を慰めるように一巡りした後、僅かに唇を離して頼が囁いた。


『キスしかしない・・・・・・薬が効いて来るまで・・・力抜いて』


彼の決意を示すようにシーツを掴んでいた両手の指が絡め取られて握りこまれる。


このまま放置されたら、彼の前であられもなく足を広げて熟れた隘路を慰めてしまったかもしれない。


ゆっくりと舌の表面を慰めるように擦られて、びくびく腰が震える。


甘痒い快感がつま先からせりあがって来て、舌がこすれ合うたびパチパチと弾けた。


これが正しい快楽なのだと教え込まれているようだ。


初めて知る他人の熱と、舌の感触に夢中になる。


溢れる唾液を飲み込んで、息が整うのを待てなくてまた彼の唇を求めた。


応えるように舌裏を擽られて鼻先から甘ったるい声が漏れる。


眦から零れた涙をぺろりと舐めとった頼が、目を細めて笑った。


『・・・・・・やばい・・・キスだけで気持ちいい』


キスとはそういうものではないのか。


粘膜の触れ合いが快感を呼ぶのは、大昔から決まっている事だ。


今日初めて甘ったるいその感触を知ったばかりの雫には、彼が言わんとしている事がさっぱり分からない。


どういう意味?と尋ねようとするも舌がほつれて空回りしてしまって言葉を紡げない。


はくはく吐息を零す雫の濡れた唇をリップ音付きで啄んで、こてんと頼が肩に甘えて来た。


少しずつ痺れるような火照りが治まって来て、即効性の抑制剤がちゃんと効き始めたことを知る。


強い効用はその分めまいや吐き気を催すのだが、いまはそんなこと構っていられない。


『どうしよう・・・・・・・・・触りたい』


首筋を擽る吐息の熱さは、彼の抱える劣情の温度で、それはどうしようもないくらい高まっていた。


オメガの発情に当てられたのだから、アルファの身体がどうなっているのかは言わずもがなである。


なにを、どこを、どうやって?


両手を繋ぎ合わせたままの雫には、触るという単語への理解が追い付かない。


けれど、頷いてはいけないことだけはちゃんと分かっていた。


『・・・・・・・・・だめ』


『・・・・・・・・・・・・・・・分かったよ・・・・・・・・・ここ、ちょっと楽になった?』


身体を起こした頼が、おへその下に頬を寄せて尋ねてくる。


勝手に子宮がきゅうっと震えた。


オメガに煽られると、アルファの色気は二倍増しになるようだ。


初めて知った。


『く、薬・・・効いてきたから・・・・・・手、離して・・・』


このままだと流されてしまいそうで、突っぱねるように顔を背ければ、ひょいとこちらを覗き込んだ頼が、赤み残る頬にキスを落として保健室から出ていった。







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