第4話 スキュア-2

発情期ヒートに襲われてから、抑制剤が開発されるまで肌守りだけを命綱のように身に着けて極力目立たず生きて来た雫にとって、男女共学の学園生活なんて夢のまた夢だ。


大学時代に取った養護教諭免許のおかげで、遠い昔に置き忘れて来た青春時代にもう一度片足を突っ込むことになるなんて。


「お役に立てるか分かりませんが、三月まで精一杯勤めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


とはいえ、任されて引き受けた以上はしっかりと保健室の先生をやらねばならない。


不良まみれのヤンキー高とかなら、けが人がしょっちゅう保健室にやって来るのかもしれないが、真面目な生徒ばかりの高校というのは本当のようなので、そのあたりの心配はなさそうだ。


「こちらこそよろしくお願いしますね。えーっと、では、こちらが先生の職場になる保健室でして・・・二学期末で前任の先生が辞められてからは、担当教諭に申請して授業時間内のみ利用する規則になっています。幸い軽い貧血やケガで訪れる生徒しかおりませんので・・・難しい処置が必要なことは無いかと・・・もしも、病院に連れて行ったほうが良い生徒が居る場合は、一度職員室で誰かほかの先生に頼んでもらえば・・・・・・・・・おや、誰かいるな・・・」


見覚えのある引き戸を開けて中を覗いた教頭が、カーテンの向こうに置かれているであろうベッドを一瞥して腕時計を確かめる。


「おーい。もう授業終わってるぞー?」


既に時刻は16時を回っていた。


呼びかけに応えるように、カーテンの向こうで影が動いてもぞもぞと誰かがベッドから降りる。


「・・・・・・あー・・・はい、もう帰ります」


低く掠れた声と共にカーテンが開けられて、シャツがはだけたままの男子生徒が中から出て来た。


ぼんやりとしていた黒目がちな瞳がすいと雫を捉えて一瞬だけきらめく。


「!?」


彼の目の動きに釘付けになって、そのまま動けなくなってしまった。


「・・・・・・あれ、保健の先生だ」


仮にも養護教諭なのだからと、研究所ラボから持参した白衣を着ていたため、すぐに分かったらしい。


が、雫はそれどころではない。


緒巳を前にした時のような圧倒的な敗北感と威圧感を感じる。


彼は間違いなくアルファだ。


「なんだ、雨宮か・・・・・・補修授業も出てないだろうきみは・・・・・・・・・こちらは西園寺雫先生。新しくうちに赴任してくださる保健室の先生だ。次からは、具合が悪い時は彼女にちゃんと相談しなさい。先生、彼は三年の雨宮頼あまみやよりといって、まあうちの学校の一番の出世頭のアルファですよ」


案の定エリート街道を突っ走っているらしい王道のアルファに、ますます劣等感が募る。


肌がひりつくような存在感に、プレッシャーがつま先から這い上がってくる。


18歳にしては驚くくらい落ち着いた雰囲気と、色気に満ちた彼は、間違いなく校内でも人気に違いない。


さっきから彼に射抜かれてしまったように、足がちっとも動いてくれない。


ほかのどのアルファを前にしても感じたことの無かった胸のざわめきが治まらない。


どうしてこんな時間に保健室に居るのかと訝しむ教頭に、頼は悪びれもせず口を開いた。


「さっきまでちょっとクラスメイトと用事が・・・・・・ねえ、センセイいつから出勤すんの?」


クラスメイトとの用事が何かは、彼の乱れた服装からすぐに分かった。


すでに教育機関での第二性別の検査が義務化されてから随分経つ。


学校内での支配階級はオメガによって独占されているのだろう。


そして、この高校にもアルファを求めるオメガは存在するのだ。


学生時代に運命の番を見つけることも珍しくはない。


ああ、ここでも自分はやっぱり枠の外だ。


またしても劣等感が膨れ上がって、そしてそんな自分が嫌になった。


抑制剤を飲んでいなかったら、自分も彼をその他のオメガのように欲しがってしまうのだろうか。


年齢も立場も関係なく。


「あ、明日から・・・出勤します」


乾いた声で返した雫に、彼が一つ頷く。


「へぇー・・・・・・覚えときまーす・・・・・・あ、なんかセンセイいい匂いすんね?」


その笑顔に惹かれない女子は恐らくいないだろうと思わせる、完全無欠な微笑みで、雨宮頼あまみやよりは、雫の前に現れた。






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