アストロサイトの初恋 ~運命の番はどうやらかなり年下のようです~

宇月朋花《2026年春頃閉店予定》

第1話 ディスカバーアタック-1

国内で100例程度しか見られないその症例に国際規模で名前が付けられたのはおよそ10年前のこと。


世間一般に知られている 男性 / 女性 の性別の他に、狼の階級呼称に由来する「 アルファ / ベータ / オメガ 」という第2の性、3種類の性別があるという発表がなされた時も、世の中の大半を占めるベータたちはほとんど興味も反応も示さなかった。


自分たちには関係のないこと、だからだ。


やがて遺伝子レベルでアルファの有能性が証明されると、一部のベータたちは、捕食対象とみなされがちな超少数派のオメガとアルファとの運命の恋に大いに盛り上がったが、しょせんはそれも他人事。


オメガ保護と抑制剤の研究促進のために、教育機関での第二性別検査が義務付けられたのは5年ほど前からで、当人と保護者にのみその結果は伝えられる。


それ以前に報告された症例は、すべて自己申告による病院受診から。


西園寺雫さいおんじしずくが、初めて発情期ヒートを経験したのは16歳の時のことだった。


憧れの女子高の制服が嬉しくて、早速クラスメイト数人と繫華街に繰り出したところで異変が起こって、ゲームセンターの奥で数人の見知らぬ男たちに取り込まれて襲われかけたことがきっかけで、自分の体質に気づいた。


どちらかといえば地味な見た目で、決して異性からの反応が良くなかった雫に向けられた捕食者たちの眼差しは鋭くて獰猛で卑下た興奮に満ちていた。


訳が分からないまま這う這うの体で自宅まで逃げ帰って、一人では沈められない身体の火照りに母親に泣きついて、途方に暮れた母親が相談した先が、西園寺の本家である、西苑寺家だった。


千年ほど遡れば京にはびこる魑魅魍魎を退治していたご先祖様にたどり着くらしい西苑寺家は、時代が変わってからも式占ちょくせんやら加持祈祷祓霊の類を生業としており、その顧客には国の中枢を担う大物政治家や企業の経営者が名を連ねている。


西苑寺家の当代当主は田舎の山奥に引っ込んでおり表舞台には一切顔を見せないため、パイプ役となっている弟が当主を務める西園寺家に泣きついて、どうか娘を助けて欲しいと訴えた母親に告げられたのは、当時はまだほとんど知られていなかった無名の特異体質だった。


思春期を迎えると、異性を引き寄せるフェロモンを放つようになって、それは誰かと交わることでしか沈められない。


当主になりたての西園寺緒巳が、茫然自失状態の雫の母親に代わって淡々と症状についての説明を行って、西苑寺から預かって来たという護符の入った肌護りを手渡してくれた。


ある程度はまじないの力で雫の発情期ヒートを抑えることが出来ると言われなければ、この先一生外に出る事は出来なかっただろう。


何代か前に、一族の中でひどく容姿が優れた美姫が生まれたことがあり、妻にと臨んだ名君と言われる領主を骨抜きにして使い物にならなくしたことから、傾国の美姫と揶揄された例があったらしく、先祖返りか隔世遺伝かと西園寺家ではちょっとした騒ぎになったが、症状が現れた人物が雫だったことで、すぐに騒ぎは鎮火した。


血統的に優秀な家筋だと言われている西園寺家において、雫は最初から劣等生だった。


だから、その症例にオメガバースという名前が付けられて、自分が社会的にも劣等的な立場に属するのだと分かったときも、さしてショックではなかった。


ああ、やっぱりか、と思ったのだ。


ちょうど西園寺メディカルセンターの設立計画が持ち上がったばかりで、緒巳は気の毒な又従妹を救うべく早急に研究を進めると約束してくれた。


オメガだと認定された時点で、雫の目標はすぐに決まった。


自分を被験体として差し出すことで、抑制剤の開発に尽力したのだ。


遺伝子細胞学を学んで、発情期ヒートを正確に記録し、海外で抑制剤が開発されるとすぐに自身で試して、副作用や効果を確認し、些細な体調の変化も見落とさないように毎日自分観察日記をつけるようになった。


大学に通いながら補助研究員として開発サポートにあたって、当然のようにそのまま西園寺メディカルセンターに就職して以降はより一層新薬の開発研究に熱を入れている。


いまだ国内では即効性のある抑制剤の開発には至っておらず、海外製の強い薬剤はめまい等の副作用が現れることも多いため、日本人の体質に適したベストな即効性の抑制剤の開発が急がれていた。


偏見や、オメガの性質を狙った悪質なトラブルに巻き込まれやすい社会的弱者であるオメガ保護のための法律は制定されたばかりで、第二性別に関係なく豊かで実りある人生を送れるようにと訴える声は止まないが、圧倒的少数派であるオメガへの正しい認識が全国的に浸透するにはまだまだ時間がかかりそうだ。


だから、大多数のオメガがそうしているように、研究所ラボ以外ではベータであると第二性別を偽って雫も生活を送っている。


自分と家族を守るために。


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