4話 別に見せたかった訳じゃない
「おつ~! 朝陽のおかげでなんとか切り抜けられたよーマジ助かった!」
時計の針が12時が過ぎたあたりの頃。誰もいなくなった店内にねーさんの安堵の声が響くとともに俺の初の表仕事は終わりを告げた。
あのスマホゲーを見たあとは周りの目なんか気にしないで思いっきり泣きたい気分だったが、目の前のことに集中することで何とか気を反らすことができた。ある意味、忙しい環境おかげでもあるか。今は気持ちを落ち着かせることができている。
「ねーさん、ちょっと客席借りていいかな? 脚がくそ痛い」
「いいよいいよー、センセー来るまであと少し時間あるし、今のうちに休んでおけー?」
お許しが出たので椅子を引いて机の下から出すと重い腰を下ろすことにする。小さなお尻を押さえてスカートがしわにならないように気を付けながら座る。
――男なのにこんな動作をすることになんてなぁ……深く背もたれに背中を預けると「はぁ……」と大きめな溜息を吐いて脱力のひと時に浸る。
「いやー! ホントお疲れ様。慣れない体なのによくミスしないで頑張った!」
「案外、飲食業って体使うんだね。腕とか脚と筋肉痛みたいに痛い」
「でしょ? だからうちの子らけっこームキムキだったりするんだよねぇ……それに比べて昔の朝陽はひょろひょろがりがりで今の朝陽はふにゃふにゃなよなよだけど」
「どーいうことだよそれ」
「んーそのままの意味。お客さんが言ってたことを総括したらそんな感じ」
「どう総括したらそうなるの?」
「フツーにまとめたらそうなる。あ、でもお客さんのウケは凄く良かったよーアンタ。今日だけでたくさんファンできたんじゃない? この時間に来れば会える? とか、写真撮ってもいい? とか、パンツ見えてた、とか」
「体目当ての気持ちわ――ん、ちょっと待て? 最後に――」
「とにかくウケはいいからこれからも出てくれたら助かるって感じ? 今日みたいな朝陽一人だけって日はもう無いと思うからテキトーに店の前で立ってくんない? 撮影おけで」
そう言って俺の目の前の席に座ると被っていた帽子を外してそれをうちわ代わりにパタパタと扇ぎ始める。厨房は大きな大きな電子レンジや火をたくさん使う関係上それなりに暑く、彼女の額にはべっとりと汗が浮かんでいた。
「ねぇ、さっきのパン――」
「はぁー! 今日はマジで疲れたー」
「あのさ、さっきの――」
「自分がデザったんだから知らねって感じ? ――あ、それよりもさ、アンタ何かあったでしょ?」
「……何かってなんだよ……?」
「具体的に言うとあんまり良いことじゃないこと。暗い顔してるからすぐに分かるよー? 何か困ったことでもあったんなら言ってみ?」
「別に……大したことじゃないよ」
「まーたまた分かりやすく嘘つく。そーゆーのダメじゃんって何度も言ってるのに」
扇いでいる手の動きを止めると帽子をテーブルの上に置く。
「アンタって分かりやすく顔に出るんだから、泣きそうな顔して接客してちょーテンション下がるって感じ? まあ、朝陽らしいっちゃそうだけど」
「そ、そんな顔してたのか?」
「そりゃもう決壊直前のダムみたいにちょっと突いたら号泣しそうなぐらい。男の頃からそうーだったけど朝陽ってさ本当に泣きやすいっていうか、感情の起伏が激しいっていうか……毎日しょっちゅう泣いてるイメージ」
「毎日なんか泣いてないぞ?」
「実質的には泣いてるでしょ? 事あるごとに涙目になって……男のくせにマジダサい。あっ、でも、その様子が保護欲を沸かせたっつーか? そっか、今はかわいー女の子になったんだから泣いてもいっか。ほらほら泣いてもいいよー? ほらほら~」
「傷ついている人間に対してそんなに煽るなよ……本気で泣きそうなんだけど」
「いいよ、女の朝陽の初泣き顔晒してみ? 声上げて号泣してもうちは広い心で受け止めてあげる! いいよー? こいこい!」
「……はぁ、もういいよ……泣く気なんて失せた」
あまりにも露骨すぎる煽りにちょっとムカついて出かかっていた涙が引っ込む。まあ、ねーさんのことだからこれが慰めのつもりなのかもしれないけど、もうちょっと上品に慰めることはできないのだろうか?
「まっ、うちは泣き虫の朝陽が好きなんだけど――っと、そろそろ時間かな。ラストスパートも頑張っていこっか」
「確か、偉い作家さんがここ貸切ってくるんだっけ?」
帽子を被り直して席から立ち上がる彼女につられて俺も椅子から立つ。ねーさんは軽く身だしなみを整えながら話を続ける。
「うん、なんか取材のためだからうるさい他の客いらねー的な? 売り上げに響くから普段は貸し切りなんてお断りなんだけど、あんなに金積まれたら断れねーじゃんって。変わった人だよねぇ」
ねーさんもずいぶん変わってると思うけど。という無粋なツッコミは控えつつ。役目を終えた俺は後ろの厨房に下がろうと移動を開始するが、それを見たねーさんに静止させられる。
「ちょっと待ち、朝陽も作家の相手してくれない?」
「は? 約束が違うじゃん。一対一だからねーさん一人でって」
「いや、基本はうちが相手するからテキトーに店の中掃除ししててくんない? 朝陽って何もしなくても居るだけで魅力アップする便利ちゃんってことが分かったからその辺で立ってて」
「人をパワーアップアイテムのパフ要因みたいな扱いやめてくれない?」
無理やりモップを手渡される。あ、これ断ろうとしても無理にでも押し付けてくるやつだ。まあ、接客しなくてもいいのなら掃除くらいならやってもいいか。
もうしばらくこの服を着ていないといけない恥を堪えつつ体を動かすこと数分後、来客者はスーツケースを片手にこの場に現れた。カラカラと扉についているベルを鳴らして店の中央に躍り出る。
「すまない、遅れてしまいました」
「いらっしゃいっ! お客はさんはいないから好きなところに座ってもいいよー」
すっげー美人な人……一番最初に感想はそれだった。モデルのようなスラッとした高身長に艶のある綺麗な黒髪。顔はとてつもなく綺麗に整っており、明らかに神様この人の体の設計
店内をきょろきょろしていた彼女は目ぼしい席を見つけたのか、この店で一番大きな机があるそこ向かうとキャリーバックを固定しその席を指さす。
「では、この席に座らせてもらおう。注文は――」
「はいはい! あらかじめ聞いてあったから作ってあるよー? はい、チョコケーキ三つとチーズケーキ三つ」
「ありがたい。あと、できればアイスコーヒーを貰えるかな? この荷物で歩いていると汗をかいてな……ピッチャーで頼む」
「ほい、ピッチャーね。ちょっと時間かかるけどお待ち~」
はきはきとしたスマートな声で注文をする美人さん。この人……見かけによらずに大食いなのかな? 甘々し過ぎて胃もたれしてしまいそうになるぐらいの量なのに……あの見た目で燃費はもの凄く悪い設計なのかもしれない。
不自然にメニューと睨めっこしながらケーキを口に入れ頬張っている彼女をボーっと見つめていると俺の存在に気付いたのか、モップを片手に突っ立いる俺の方に視線を向けてくる。
「――……ほう」
「……?」
今日一日で人がいやらしい目を向けるときどんな表情や目の動きをするのかはなんとなくわかっていた。彼女もまたヘンタイたちのように舐めるような目つきで俺の全身を見たあと何を納得したのかニヤリと笑みを浮かべる。流石に女性からそんな見られ方をするとは思っていなかった。しかも美人に……
「そこの君、私の方へちょっと来てくれないか?」
「え? あ、はい……」
何かの追加注文でもしたいのだろうか? モップを壁に立てかけると彼女の方へと向かう。移動中もそばに寄った時もジッと見られてて辛い。てか、なんでこの人のことをジロジロ見て堂々と腕組をして得意げな姿勢を崩さないのだろうか? あと、本当に俺なんでこんな服の設計にしたし……こうも見られると流石に恥ずかしすぎて顔が熱くなる。
「君はここの従業員であっているか?」
「は、はい……バイトみたいなものですけど」
「ふぅむ……ならばその服はここの従業員の制服みたいなものか。しかし、オーナーはこの服を着ていなかったようだが……?」
「あーあー! その服、若いギャル限定衣装ね。うちみたいなおばちゃん着てても見苦しいだけっしょ?」
いつの間にか戻ってきていたねーさんが彼女の質問に答える。納得した様子で頷くと氷が入ったグラスとピッチャーを受け取るとそれコーヒーを注いでいく。
「なるほど理解した。しかし、生娘がこのような際どい格好しているお店とはこのご時世に珍しいものだな……くく、やはり、旅をすると面白いものがいくつも見られていいな」
「今日はこの子しかいないけど、こう見えてうちの子みんなケッコー気に入ってんのー」
「意外だな。君もその服気に入っているのか?」
「あー、その服デザインしたのその子だから好きで着てるの当たり前でしょー? 朝陽えっちぃの大好きだもんねー?」
「――なっ、ね、ねぇさん!?」
「ほう、これもまた意外……気弱そうで清楚な見た目に反して頭はピンクなのか。しかも、自身で作ったその淫らな衣装を自ら着て公衆の面前で晒す――なんてことだ……」
ねーさんのせいでこの人にとんでもない誤解を生んでしまっている気がする。あのだからさ、傷ついてるし人間不信になってコミュ障になってるって今日含めて何回も言ってるよね? 悪ノリのせいで勘違いのまま進行していく会話にもはや食らいつく気力すらない。もう勝手にして……
「でもさ、すっごく可愛くないこの衣装? デザインセンスとかはマジでプロ顔負けなんよねぇ」
「ふむ、確かに……私も色んなモノを見てきたがこれは良いものだな」
「だって! よかったね朝陽! 有名な作家さんに認められたよー!」
「あ、はい」
「もっと嬉しそうにしなよ? 実際に凄いんだし、ほらほら内装とかメニューのイラストとかオマケ四コマ描いてるのも朝陽なんよ」
「――!? そうか……ちょうど誰が描いているのか気になっていたのだが……君だったのか……!」
ずっと余裕そうな表情を崩さなかった彼女だが、初めてハッと驚いた顔を見せると口を付けていたグラスをテーブルに置くと突然立ち上がる。まるで、曇っていた空が晴れたかのような表情だ。
「――きゃっ!? きゅ、急に何ですかっ?」
思わず女の子らしい悲鳴を上げてしまうそうになるぐらいに唐突な出来事だった。小さくなった両肩を掴まれて現在の俺よりも二回りも大きい体で迫られる。あの、ちょっと怖い。体のでかい人に体を触られるのってこんなに怖いことだったなんて。
突発的な行動にねーさんも驚く中、彼女は怯える俺や驚くねーさんを無視してこう言った。
「君、私のサークルにぜひとも入ってくれ――ッ!!」
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