第28話

 その日、長閑な住宅街の一角に一人の男が顔を俯かせて立っていた。

 腰には剣を吊り下げた剣士風の男。

 何かに耐えるように体は震え、ぶつぶつと言葉を溢す。


「違う殺したい俺じゃない切り刻んでやる俺は憎い違うふざけやがって傷つけたくない嫌いだ消えたくない死ね助けるんだめちゃくちゃにしてやるやってない殺す嫌だ消えろやめてくれ妬ましい誰か羨ましい殺して糞どもが死にたい尻軽女が耐えろあいつがいなければ助けてくれ鬱陶しい早く俺を喰ってやるなんですり潰してどうして粉々にして俺が何をしたかみ砕いて俺は悪くない踏み潰して俺のせいじゃない全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜんぜんぜんぜんぜんぶぶぶぜぜぜぜぶぜぶぶぜんんんぶぶぶぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」







 平穏な生活が送られていた住宅街が半径一キロメートルに亘って瓦礫の山と化した。

 低く見積もっても千人を超える死傷者が出ている。


 その事態を引き起こした亜人を一等中位とし周囲一体の上級剣豪以上の剣士が緊急招集された。


 下級剣聖二人、上級剣豪五人。総数七人による一等中位亜人討伐隊が結成されることとなる。


 その中には昇格したばかりの秀蔵も含まれていた。


 中級剣豪以下の剣士と国軍、警察等により設けられた包囲網の中、簡易テントの対応本部で秀蔵は討伐隊の面々と対応策について議論していた。


「現在の状況を説明する。対象一等中位亜人は包囲網の中心で動きを止めているらしい。ここら一体を破壊するのに多くのエネルギーを消耗したのだろう」

「ならこんな所で呑気に話してないで今すぐ殺しに行くべきだろう!」

「まぁ落ち着け。現状一等中位と判定されてはいるがあくまでも推定だ。最悪一等上位だった場合無策で立ち向かえば全滅も免れない」

「一等中位だったとしてもそれは同じじゃないですか? このメンバーじゃ全滅してもおかしくはないですよ」

「中級剣聖は来れないんですか?」


 敵は一等中位という格上。メンバーも心許無く議論は紛糾する。


 甚大な被害。強力な敵。勝てないかもしれないと言う恐怖。


 剣聖二人は比較的落ち着いてはいるがそれでも緊張感を抱いている状況。彼らよりも実力の劣る上級剣豪が冷静さを欠くのも仕方ないと言える。


 そんな中秀蔵はある一角に顔を向けたまま動かない。


「ふん、そこの君。確か望月くんだったね。最近上級剣豪入りした盲目の剣士だったかな」

「……はい、望月秀蔵と申します」


 下級剣聖の一人木下に声をかけられた秀蔵は名前を名乗る。


「じっと一点を見て? いるみたいだけど」

「少し敵の事を伺ってました」

「ここからでも見えるのかい。なかなかがいいんだね」


 他の上級剣豪が慌てる中一人落ち着いた様子の秀蔵がその木下の目に留まったのだ。


「まぁ、眼には自信があります。視覚はありませんが」

「何かわかったことはあるかい?」


 木下の問いに少し間を空けて答える。


「視たところ上位には達していないと想います。今はまだ中位でしょう。ですがあまり時間を空けるのは得策ではないかと。徐々に力を増しているように視えます」


 テントを超え、瓦礫を透かし、秀蔵の心眼が亜人を捉えている。

 亜人特有の怖気を感じさせる気配。


 しかしなんだろうか。


 秀蔵は何か引っ掛かるものを感じていた。しかしわからない。なにに違和感を感じているのか。


 ともかく、


「そろそろ動き出します。話し合っている暇はありませんよ」


 秀蔵は刀を手に立ち上がりテントを飛び出していく。

 それに続き木下たちも各々の獲物を手に駆け出した。


「何か策を考えたかったが仕方ない。亜人の相手は主に私たち剣聖が受け持つ。君たちは戦闘による余波の相殺。または私達が抜けられた時の事を頼むよ」

「まぁそれが妥当だな。もしもの場合は頼んだぞ」

『了解』


 木下の提案にもう一人の剣聖大山が答え剣豪たちも了承する。


 木下と大山の二人が対象を挟みそれを囲うように上級剣豪の五人が散会する。


「さぁ。出来れば大人しくやられてくれるとありがたいかな」

「これ以上お前を暴れさせはしない」


 木下が細剣を、大山が幅の広い曲剣を亜人に向けて構える。


 亜人も握った剣を構える。


 空気が徐々に重みを増していく。

 緊張感が張り詰め、限界に達して切れた。


 掻き消える姿と共に連続して響く剣戟の音。


 一等中位亜人との戦闘が開始された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る