第19話

 東條家にやってきて半年。

 ようやくここでの生活に慣れてきたところだった。

 何せ東條家は全てが自給自足。電気もガスも水も通っていない。下水関連は整っているみたいだがそれだけだ。


 食べるものにしても自分たちで用意しなければならない。野菜は畑や山から採り、近くの川で魚を釣り、たまに獣を狩って肉を食べる。


 今も釣竿を手に今晩のおかずを狙っているところだった。

 ついでに瞑想し、意識を沈ませている。感じるのは草木の擦れる音、川のせせらぎ、肌を撫でる風の感触に竿を通して川の流れを感じていた。


 あのキャンプの時みたいだと思い返し、十年近く経ったのかと秀蔵は感慨深くなる。


「懐かしいなぁ」


 あの時は剣気を感じることさえままならなかった。そんな中幼い秀蔵は毎日を楽しく生きていたのだ。


「……?」


 隣で水面を眺めていた莉菜が秀蔵の呟きに首を傾げる。衣擦れや髪がサラサラと揺れる音でそう理解した秀蔵は莉奈に答える。


「あぁ。昔のこと、まだ六歳だったかな。その頃にこうやって釣りをしたことがあったなって懐かしんでたんだ」

「……」


 それはいい思い出ですね。と言いたげにゆらりゆらりと莉菜は体を揺らした。


「あの頃は本当に楽しかった……」


 全てか崩れ去った使徒崇拝によるテロ事件。

 思わず竿を握る手に力がこもってしまった。

 莉菜は聡くそれに気づく。


「いや、なんでもないよ。十分魚も獲れたしそろそろ戻ろうか」

「……」


 何か聞きたげな莉菜を急かし秀蔵は川を後にした。





「反応が遅れているぞ。もっと意識を沈めろ。耳を澄ませ。空気の揺れを感じろ。受けるか流すか避けるか嗅ぎ分けろ」

「っ、はいッ」


 玲那との稽古で使われるのは木剣ではない。真剣だ。手加減されているとはいえ受けたら大怪我を負ってしまうだろう。その緊張感がより秀蔵の体力を奪っていく。


 上段からの振り下ろしに刀を沿わせ軌道を曲げる。直ぐに切り返されたそれを半身ずらす事で避けた。


 切先が上を向いてる隙に横一閃。あっさりと受け止められてしまう。


「甘い。もっと本気で振え。斬り殺すつもりで戦え。全力を刀に乗せな」

「ぐぅっ……」


 鍔迫り合い。必死に押し込むが玲那はびくともしなかった。刃と刃が擦れ火花が飛び散った。


 瞬間的に力を抜き、玲那の押す力も利用して身を翻させ遠心力を乗せた先ほどよりも強い一撃。


「さっきよりはマシだね。だがまだ躊躇いがある。もしかして私に傷を付けられると思ってるのかねぇ。まだそんな思い上がりがあるなら徹底的に叩き潰してやるよ!」


 しかし玲奈によって跳ね上げられ、衝撃で距離を空けてしまった。


 剣気を感じ取れない秀蔵にとって距離を空ける事は相手から感じ取れるものを少なくしてしまう悪手。


 音が遠のき、地面から感じる揺れが減る。


「ッッ!?!?」


 声を出す余裕もない玲那の強撃。ギリギリ刀を挟めたが、一歩間違えれば両断されていてもおかしくはなかった。


「殺す気ですか師匠!?!?」

「私はいつだって剣を振る時は殺す気さ」

「んなくそッ」


 飄々とした態度の玲那に思わず口が汚くなってしまう。

 そばで見ている莉菜はそんな二人に顔を青くさせていた。


「安心しな。殺す気で振るが殺す様なへまはしないさ」

「矛盾してますがッ」


 玲那の声を頼りに接近。体重を乗せた一点突き。玲那への苛立ちも載せた一撃は同じく返された玲那の突きで受け止められてしまう。


「……切先に切先を当てて止めるとか」


 人間離れした神業。流石剣聖だと思わず感心し呆けてしまった隙に頭部へ優しい一撃を受け意識を彼方へ飛ばしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る