第7話
キャンプ一日目。
海堂に剣を見てもらったあと戻ってきたら新島家の子供と妻大河、宗谷、美江と挨拶を交わした。
大河と宗谷は目が見えない秀蔵に隔たりなく接してくれすぐに仲良くなることができた。
両家混ざって楽しい時間を過ごせたが、心の裡ではずっと悩んでいた。
海堂に言われた自分の敵。剣に乗せる殺気。殺すための一振り。
秀蔵は初めて剣が怖いと思った。剣というものが武器だというのは知っていた。しかし本当の意味で理解はできていなかったのだろう。手にしている木剣が誰かを傷つけるものだと。
握った木剣が重量を増したように感じた。
「釣りをするぞ!」
「「おぉ!!」
「おぉ?」
勢いよく手をあげ宣言する海堂に大河と宗谷も元気よく手を挙げ応える。秀蔵は三人の勢いに飲まれやや及び腰だ。
このキャンプ場には川があり、そこで渓流釣りを楽しめるようになっている。
早速竿などの道具一式をレンタルして一行は川に向かう。
「さぁ坊主、これが竿だ。針がついてるから気をつけろ」
手渡された竿を手探り形状を把握していく。細く長く、先端から垂れる糸の先にはちくっと痛みを感じる針があった。
「この針に餌をつけるんだ」
「変な感触。ブニブニうねうねしてる」
餌のぶどう虫を海堂と一緒に仕掛けていく。そして海堂に背後から包まれるようにして竿を握り投げる。
「あとは魚が食いつくのを待つだけだな。竿を通して魚が食いつく感触がある。そしたら竿を引くんだ」
「餌に食いついたら引く……」
「あとは竿を小刻みに上げたり下げたりするといいかもしれないぞ」
「はーい」
秀蔵にとって初めての魚釣り。やり方なんてわからないから言われた通りにする。
竿を通して感じる川の感触が少し面白かった。
ぼーっと、ひたすら待つ。周囲では釣れただの餌を食われただの騒がしくみんな楽しそうだった。
無心に待つ時間は瞑想に似ている。ただいつもと違うのは触れているのが剣ではなく釣り竿ということ。
いつのまにか秀蔵は心の裡へと潜っていた。
周囲の喧騒が遠のき、草木が擦れる音、川のせせらぎ、自分の息遣いだけが聞こえる。
それらも次第に薄れていき、あるのは無に浮かぶ自分だけ。
「っ!?」
その最中、何か異物を感じた瞬間釣竿を引かれる。しかし突然のことに反応できずその感触は消えていった。
「な、なに?」
「あぁー、餌食われちまったなぁ」
呆然としていると海堂が竿をあげ餌の無くなった針を確認する。
海堂は再度餌を仕掛けていく。
「今のが魚が食いついた感覚だな。タイミングよく竿を引けば針が魚の口に食い込むんだ」
「へー、今のが」
「次は釣れるよう頑張れよ」
「うん!」
少し魚釣りの楽しさが分かった気がした。
最終的に秀蔵が釣れたのは一匹だけ、それも終わり間際片付けようと竿をあげたタイミングで偶然魚が食いついてきたというまぐれ。
それでも釣れたことが嬉しくて秀蔵は小躍りしてしまう。
「よーし、それじゃ魚を締めてくぞぞぉ」
「しめる?」
「釣った魚を殺すってことだ」
「殺す……」
昨日も聞いたその物騒な言葉。意味はわかっている。しかしいざそれを実行しようとした時、秀蔵はえも言えぬ怖さを感じた。
「ほれ、坊主が釣った魚だ」
「わわっ」
手渡された魚は秀蔵の手の中で暴れに暴れる。逃げられないようにと秀蔵もしっかり握る。
今まで何度か生き物に触れてきた。動物園だったり水族館だったり。
暖かい生きていると思わせる感触。
しかし今握っている魚はどうだ。
ビチビチと必死に秀蔵の手から逃げようとしているかのような、悶え苦しんでいるかのような。
これは生きている、というよりも、生き足掻いている。
そう思った瞬間秀蔵は魚を手放していた。
地面に落ちた魚変わらずビチビチと暴れている。
「坊主、落とすんじゃない」
厳しさを含んだ海堂の声。再度魚を握らされ、更にはナイフを渡される。
「このナイフで魚の背骨を断ち切るんだ。魚は暴れるから手を切らないように気をつけろ?」
「で、でも……」
この魚を本当に殺すのか? 今も生きようと暴れているこの魚を。
「人ってのは、いや。生き物ってぇのは他の生き物を殺して生きているもんだ。坊主が今こうして生きていられるのも何処かで殺された生き物のおかげなんだ」
海堂の真剣な声が逃げたくなる秀蔵を押し留める。
「この先も坊主が剣士を目指すならこれは避けては通れねぇ道だ。剣士ってのは亜人を殺すのが仕事なんだからなぁ」
殺す。このキャンプで何度も聞いた冷たい言葉。
「諦めるか?」
「っ」
剣士を、夢を、抱いた憧れを。
「いやだ!」
強く言い切った修造はナイフをしっかり握り締める。
暴れる魚をおさえつけ刃を当てる。
フーッ、フーッと荒れる息。全身に汗をかき嫌な感触が刃越しに伝わる。
「っ!!」
そしていっきに力を込めた。
先程まで暴れていた魚は一瞬で動かなくなり、手のひら越しに死を感じた。
初めての殺しは酷く気持ちが悪かった。
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