第6話 採取命令

 アレクスはマジソン団の砦に帰還した。頭目に会いたいのだが、幹部以上の上級と面会するには、正式な許可が必要である。実際、屋敷の入り口で門番に止められた。屈強な2人組が行く手を阻むという、それなりに厳重な警備だったり



「おい待て。何の用だ」


「マジソンと話がある。通してもらうぞ」


「消えろ。許可があったとは聞いてねぇ」


「悪いことは言わん。痛い目を見る前に退け」


「なんだとテメェ? 生意気ぬかすとミンチ肉にして獣の餌にでもヒムユル」



 アクセルに掴みかかった門番達は564度回転し、地面に打ち付けられた。いずれも、自分が何をされたのかすら分からないまま、意識を手放してしまう。


 それからアクセルは、何食わぬ顔で屋敷の通路を歩いていく。内部は見張りがおらず、最早フリーパス状態だった。


 やがて酒の臭いが濃くなったころ、大部屋へと辿り着いた。宴会場、大食堂、作戦会議室。団員から好き勝手に呼ばれる部屋は現在、酒盛りに使われていた。



「オゥ、剣聖さま。何か用か?」



 赤ら顔のマジソンが言った。彼はフランクな口調を晒したのだが、周りを取り巻く幹部共は違う。木のゴブレットでブドウ酒を呷りつつも、利き手は腰の剣に当てている。いつでも抜けるぞ、と暗に告げていた。



「聞きたいことがある。質問に答えてもらおう」


「別に構わねぇ。だが素面(しらふ)じゃツマランだろ、まずは3杯くらい飲んでみろ」


「酒は要らん。それよりも話だ」



 テーブルのあちこちで、ゴブレットを置く音が連なった。すると冷たい殺気が、酒の臭いに混じりだす。


 一連の動きを横目に見たマジソンは、片手を振りながら鼻息を吐いた。そのため抜剣する者は居ない。少なくとも今ばかりは。



「酒を飲んでこそだが、良いだろう。何でも聞きな」


「分かった。では、まず……」



 アクセル、ここで言葉に詰まる。何を尋ねるのだったかを、歩く内に忘れてしまったのだ。不自然な無言を貫く間、懸命に記憶の糸を探ろうとした。



――こ、コラ! 触るな、揉もうとするな! これだから貴様との入浴は嫌なのだ。まったく気が休まらん!



 違う違う違う、そうではない。今ばかりは愉悦な追憶を一休みすべきである。



「どうしたんだよ剣聖さま。遠慮すんじゃねぇ」



 マジソンは骨付き肉にかじりついた。脂で濡れたヒゲが獣のようにも見える。


 その光景をボンヤリ眺める内、アクセルは電撃的に記憶を取り戻す。アマンダへの執着と、村を封鎖する理由について、問いただすつもりだった事を。



「マジソン。単刀直入に聞く」


「良いよ良いよ、遠慮するなって言ったろ」


「アマンダをどうするつもりだ?」


「ゲホッゲホ! ブヘェ!!」



 むせる巨体。丸まった背中が、どこか愛くるしさを感じさせる。しかし、再び持ち上がった顔は怒りに染まり、中々の迫力を伴った。



「テメェ……いきなり何をぬかしやがる!」


「何でも聞けと言ったのはお前だ、マジソン。それで彼女をどうしたい?」


「べっ、べべ別に。あんな田舎娘、何とも思っちゃいねぇし?」


「その割には妙に執着しているらしいが。もしや、雄しべと雌しべの関係になりたいのでは?」


「めっ……めめっ、めッッ!? ムキュウ」


「ああっ! 親分ーーッ!!」



 マジソンは白目を剥いて椅子から転げ落ちた。


 すかさず駆け寄る幹部たち。マジソンを抱き起こし、水の用意やら紅潮した顔を手で仰ぐなどして、瞬く間に大騒ぎとなる。


 そのうちの1人が、アクセルの胸ぐらを掴んで吠えた。



「お前なぁ、もうちっと言葉を選びやがれ! 恋人とか、睦み合う仲とか色々あんだろう!」


「それらはいずれ、雄しべと雌しべの関係に辿り着くのでは?」


「だから言葉を選べっつうの! 良いか、親分はずんぐりムックリ無精髭の豪傑だがよ、すんげぇ奥手なの! 恋文を書こうとして文字の練習を延々やるし、渡せなかった文で小部屋が埋まる程なんだよ!」


「渡せぬ文に何の意味がある。そもそも、面と向かって話せば十分だろうに」


「んな事は分かってんだよ! でも出来ねぇの!」



 そんな暴露めいた言い争いを続けるうち、マジソンの意識が戻る。巨体を揺らして立ち上がり、気付け代わりにと酒樽を抱えては、一気に飲み干していく。


 さすがは豪傑、やる事が派手だ。無惨にもイメージが損なわれた今も、実に堂々とした振る舞いである。たとえ『愛しの君』と書くか『麗しき貴女』と書くかで半日ほど煩悶する事はあっても、概ねは豪放磊落(ごうほうらいらく)な気質なのだ。



「ふぅ、ふぅ、酷い目に遭った。だがオレの心は折れちゃいねぇぜ」


「そうか。まだ答えを聞いていないが?」


「アイツと話をしてみたい。だが踏ん切りがつかねぇ。それだけだ」


「良いだろう、次の質問だ。お前はなぜ、村の封鎖を……」



 アクセルが問いかけようとした、その時だ。手下が息を切らす慌てぶりで、部屋に駆け込んできた。急報だった。



「親分! 大変だ、砦の外に魔獣の群れが!」


「なんだと!? よし野郎ども、戦の準備だ。急げよ!」


「オウ!!」



 にわかに慌ただしくなる。誰もが酒盛りなど無かったかのように、機敏な動きで戦支度を終える。そして館を飛び出して行った。ボンヤリと立ち尽くすアクセルだけを残して。



「ふむ。ここはマジソン団のお手並み拝見、といくか」



 アクセルも遅れて屋敷を飛び出し、防壁を飛び越えた。砦の外に降り立つと、途端に殺気が肌を打つ。怒号、激励、血の匂い。主戦場は程近くであった。


 攻め寄せるリザードマン達は、1匹2匹と散発的に現れては、突撃を繰り返した。それを迎え撃つマジソン団は総勢20人程。斧を、槍を構えての迎撃。紛れもなく実戦だった。


 鮮血が舞い、草木が朱に染まる。アクセルはその光景を、木の上から静かに眺めていた。



「やいやいやい、オレ様は大陸にその人有りと呼ばれし、大斧のマジソンだ! 死ぬ準備は出来たか? この先は一歩たりとも進ませねぇぞ!」



 吠えるマジソン。そして率先して敵に突撃していく。大きな体つきで、長柄の斧を振るう姿は勇壮だった。動きに荒削りな点が目立つものの、威力は十分。強靭なるリザードマン達を、カカシでも倒すように斬りつけていく。



「親分に続け、ブッコロだーー!」



 手下達も果敢に攻めかかる。意外と統制が取れており、動きは悪くなかった。特に3人以上で1体を相手にする事を徹底しており、必ず数で上回ろうとする戦略だ。それは功を奏し、戦果に比べて被害は軽微。優勢のままで危なげ無く、戦いをリードし続けた。



「コイツで終いだオラァーー!!」



 長柄の斧が振り下ろされる。砕けてひび割れる地面と、真っ二つに分かれるリザードマン。


 そこで勝敗は決した。マジソン団は、山賊のような身なりとは異なり、練度の高さを見せつけた上で勝ちを収めたのだ。



「被害はどうだ。まさか死んだやつは居ねぇだろうな?」


「ちょいと怪我したやつは居ますがね、全員生きてますぜ!」


「よっしよっし、上々だ。帰って祝杯あげんぞ!」


「待ってくだせぇ。あっちに誰かが……!」



 手下の1人が森の奥を指さした。一同がそちらに目を向けると、確かに倒れ伏す男の姿がある。


 抱き起こしてみると、既に事切れていた。武器を持たない、痩せこけた中年。団員ではなかった。



「もしかして、こいつは?」


「コウヤ村のヤツだろう。何でこんな所に……」



 死体の傍に、炎を失った松明が転がる。手下の1人がススに触れて、まだ温かいと言った。



「すんません、親分。どうやらオレたちの監視をかいくぐって、ここまで来たみてぇです。そんでもって、運悪く魔獣に……」


「もう少し早く駆けつけてたら、チクショウめ……」



 死体は直視が難しい程にむごい。腹が刃物で切り裂かれたか、あるいは力任せに引きちぎられたようにも見えて、苦痛の凄まじさが想像できる。仮にまだ命が残されていても、治療が間に合わない深手である。



「まったく。死ぬのが怖くないんですかね、コイツラは。何だってわざわざ魔獣がうろつく森の中を……。ねぇ親分」


「そんな事、決まってんだろ。薬草を、キショーダネ草を手に入れる為だろうが……!」



 マジソンの肩が震えだし、慟哭(どうこく)で周囲まで震わせると、一目散に駆け始めた。


 無明の森の中へ消えゆこうとする体を、手下達はしがみつく事で止めた。5人、10人と集まることで、ようやく押し止める事が出来た。



「離せバカ野郎! オレが薬草を採ってくんだ、そうすりゃ無駄死になんて無くなるんだよ!」


「やめてくだせぇ! 親分が居なくなったら、誰が砦を守るんです!」


「だったらテメェがオレの代わりに行くか、アァ!?」


「そ、そればかりは勘弁してくだせぇ……」


「じゃあテメェはどうだ!」


「お、オイラじゃすぐにブッコロですよ。そりゃもう呆気なく、魔獣にやられちまう」


「クソどもが! おいアイン、テメェならどうなんだ!?」



 吠え声には、虎ヒゲの男が反応した。アインは団員の中でも指折りの実力者だ。だがその彼をもってしても、半笑いと肩すくめが返事となった。



「無茶言わないでくれよ。薬草の生えてるとこまで、採りに行くだけで1日、往復で2日だ。拠点の無い森の中で、2晩も魔獣どもと戦えってのか? そりゃ体の良い追放刑みてぇなモンさ。まず生きては帰れねぇ」


「そうですよ親分、落ち着いてくだせぇ。そもそも大勢でうろついたら、すんげえ目立つ。魔獣達がワンサカ来ますぜ?」


「どいつもこいつも、根性なしめ……。ここにはオレぐらいに強くて度胸があって、しかも砦を留守にしても問題ないヤツは……ヤツは……」



 その時、全員の視線が辺りを探る。そしてそれは、ちょうど木の上から降りてきたアクセルを見つけ、歓声をも伴った。



「い、居たーー!」


「何がだ。居たら問題があるのか?」


「おい剣聖さまよ、オメェは強いんだろ? そうなんだろ?」


「それなりには」


「うってつけじゃねぇか! コイツで決まりだ!」



 諸々が解決すると分かり、アクセルを除いた一同は顔を綻ばせた。露骨に胸を撫で下ろす者も居たほどだ。。


 しかし、空気が和らいだのも束の間だ。朱に染まる空に一筋の暗雲が伸びる。狼煙(のろし)だと、誰かが叫んだ。



「クソッ、向こうでも魔獣が出やがったか。よし、馬を引いて来い! 騎兵だけで向かうぞ!」



 途端に慌ただしくなる。そして団員のほとんどが駆け回る中、後事を託されたクライナーが近寄ってきた。その手に一枚の羊皮紙を携えながら。



「おらよ。地図を描いてやった。薬草の特徴もついでにな」


「分かった。それを頼りに探す事にしよう」


「つうかよぅ、親分は甘いと思わねぇか? あんなチンケな村の為に働いてよ。その気になりゃ略奪しまくって、村人を皆殺しにだって出来るんだ。なのに健気なご奉仕の毎日ときた。情けねぇったらねぇわ」


「不満があるなら、直接本人に言えば良い」


「言えるかよ。つうかチクんなよ? もし口を滑らしやがったら、タダじゃおかねぇからな!」



 威嚇してツバを撒き散らすクライナーも、やがて森の奥へと消えた。


 アクセルは羊皮紙を革袋にしまいつつ、出立しようとする。しかし思いとどまる。頃合いは既に夜。夕暮れ時を過ぎ、すっかり日が落ちてしまった事に。



「マズイ……まだ今日の報告が!」



 アクセルは珍しくも慌てて荷物を開いた。そして通魂球を握りしめ、ソフィアに語りかけた。


 幻影は間もなく現れた。きつい叱責とともに。



「遅い。遅い遅い遅い! どれだけ心配したと思っている、もう陽は落ちた後だぞ!」


「おや? 確か私が頭を下げるまでは、心配していただけなかったのでは?」


「ンヌヌ……減らず口を! とにかく反省しろ。さもなくば、今後は飯を食わせてやらんし、歯の仕上げ磨きもやってやらんぞ!」


「大変申し訳ありません。以後慎みます」


「ふぅ……まぁ良い。では今日の報告を」


「マジソン団が魔獣の群れを撃退しました。死者を出すこと無く、勝利を収めました」


「ほう。思ったより強いな」


「その結果、私は1人で薬草を探しに向かう事が決まりました」


「なぜそうなる!? まったく話が繋がっておらんぞ!」


「あれよあれよと言う間に、話が決まりました」


「まぁ良い。それはともかく、調査は済んだのか? 連中が悪党であるのか否か」



 ポワンポワン。カタカタカタッ。ッターーン!



「今は何とも。ただし、単なる無法者の集まり、とは言い切れません」


「そうか。急ぎ見極めよ。朱に交われば赤くなるものだ」


「承知しました」



 話が終わると、アクセルは速やかに身支度を整え、森の中を駆け始めた。片道で1日。自分の足ならば、途中で仮眠を挟んでも、未明頃には着くだろうと計算した。


 青い月明かりを頼りに、森の中をひた走る。時々、獣の声と殺気を肌に浴びては、そちらから距離を取った。相手と遭遇しなければ追撃されない事を、ここで初めて学んだ。



「そういえばクライナーの奴。あの時、どこへ向かったのだ?」



 別れ際、クライナーは砦の方角に戻っていったが、わずかに帰路が逸れていた。松明も無しに、森の中を遠回りするのは、自殺行為だと言えそうだ。



「まぁ良いか。もし仮に死んだとしても、運命というものだ」



 アクセルはそれ以上、詮索しようとはしなかった。今はただ、魔獣との接敵を避けつつ、目的地に向かうことが最優先なのだから。

 

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