卒業記念パーティー襲撃 2

「正しい血統を理解しない愚かな貴族に報いを!」

「本当に来てしまったみたい、ね……っ!」


 顔を上げた俺は右手を高く突き上げると、消防車からの放水をイメージ。勢いよく上昇した水の束が最も近い火球を消滅させる。『着弾時以外は爆発しない設定かしら。おかげで被害が減ったわ』。

 直後、複数の爆発音。

 前もって止められたのは一つだけ。残った火球は天井やシャンデリアに着弾、大きな音と共に爆風を生み出した。砕けた硝子の破片が飛び散り、いくつかのシャンデリアが落下を始める。

 折り重なる悲鳴。咄嗟に状況を理解できているのはほんの一握り。


「非常事態よ! 身の安全を最優先にしなさい!」


 声を上げながらたて続けに手を振って指向性のある突風を生み出す。風は落下するシャンデリアに斜め下から衝突、壁や天井へと叩きつけて細かい破片へと変える。飛び散る破片まではどうしようもない。火球をおかわりするよりマシ、とこれを選んだが、他の魔法が良かったかもしれない。

 後悔している暇はない。

 あらためて会場を見渡す。守ったシャンデリアと各テーブルの燭台、窓から射しこむ月明かりのお陰で視界には不自由しない。

 呆然としたまま立ち直れていない者。降ってくる破片を魔法で防ごうとしている者。悲鳴を上げて逃げ出す者。事態の収拾に務めようとする使用人と、素早く服の中から周囲の者へ襲い掛かる使用人。


『ちょっと! 思ったより数が多いんじゃない!?』


 ざっと見ただけだと数えきれそうにない。

 敵の動きはなかなかに軽快で、訓練を受けているのが一目でわかる。騎士団や警備兵が対応に動いているものの、全員を押さえるのは難しそうだ。

 混乱の収拾に避難誘導。防衛側はやるべきことが多い。会場の複数箇所で香か何かが焚かれているのを見た俺は氷の礫を飛ばして複数の窓を叩き割った。空気の入れ替えによって香が流れていく。気づいた騎士がさらに換気を行ってくれる。

 と。


「危ない!」


 ノエルの声と金属同士の衝突音。

 俺の傍で、剣を抜いた少女騎士がメイドの振るった大振りのナイフを防いでいた。

 舌打ちしたメイドは軽く後ろへ飛びのくと空いている腕を持ち上げ、そこに嵌められた腕輪を擦る。魔石の輝き。放たれた火球はノエルでも俺でもなく、傍にいる専属メイドに襲い掛かった。


「アンナ!」

「駄目です、リディアーヌ様!」


 反射的に飛び出そうとしたところをノエルに制止される。代わりに動こうとした少女騎士は再び飛びかかってきたメイドと交戦。アンナがぎゅっと目を瞑り──彼女の身を覆うように生み出された障壁が火球を防いだ。

 チョーカーに組み込まれた自動防御だ。

 物理攻撃一回、魔法攻撃一回、毒物一回。対象と回数の制限つきだが、そのぶん防御力は高い。火球が大した威力じゃなかったのもあって十分防げた。

 難を逃れたことで我が家のメイドたちも理解が追いついてきたらしい。エマが俺の背後を庇うように移動。アンナも身構えながらチョーカーへの魔力供給を開始する。魔力を補充すれば消費した防御回数が復活するからだ。


 オーレリアは。

 特に身動きも取らずその場に立っている。あまりにも悠然とした態度は全て予測済みであるようにも、出来事に全くの無関心であるようにも見えた。

 彼女の腕に嵌まった腕輪は。嵌めこまれた魔石が通常動作以上の輝きを見せている。魔力の過剰供給。許容量以上を流し込まれた魔石がひび割れ、効果を失った腕輪がするっと外れる。


「リディアーヌ」


 黒く美しい瞳と視線が絡まる。

 俺とオーレリアの距離はほとんど離れていない。美女の口元が歪むのを見ながら俺はすぐさま動いていた。『勝負は一瞬、どっちが早いかよ!』。

 俺──リディアーヌ・シルヴェストルの魔力量は師であるオーレリアには遠く及ばない。一年前の時点で王族並の魔力は十分破格だが、それだけでは師には勝てない。魔法に対する造詣の深さでも経験値の量でも劣っている俺が勝っている点は何か。

 それは、前世知識に由来する発想の飛躍と『むかつく奴を直でぶん殴る覚悟よ!』。


「舌を噛まないでよね……っ!」


 瞬時に利用できる最大魔力を発揮。全身に流れた魔力はごくごく短期的な超身体強化──超加速クロックアップとでも呼ぶべき爆発的な運動力を発揮。それを用いて飛び出した俺は師へと急接近しながら、ただ右の拳を突き出した。

 ごっ! と、体感としては物凄い衝撃。

 張りかけの障壁を突き破ったことで多少の減速を行いながら師の腹部へ突き刺さった拳は、運動なんてしたこともない令嬢の身体をあっさり吹っ飛ば──『やばっ!』吹っ飛ばしかけたところで慌てて片方の腕を掴んで勢いを殺す。


「───」


 師は、演技なんてする余裕もなく白目を剥いて気絶していた。いや、あの、大丈夫だろうか。さすがに内臓が破裂したりはしていないはず。吐血している様子もないし無事だとは思うのだが、医者に診てもらわないと若干不安な気がする。

 まあ、これなら事が終わるまで気絶していてくれるだろう。

 振り返ると、暗殺メイド(仮)の投げた小瓶のようなものをノエルが剣で斬り捨てたところだった。


「っ!?」


 半ばで断ち切られた小瓶から液体が飛び出し、少女騎士に降りかかる。チョーカーが輝いて液体を浄化。どうやら毒の一種だったらしい。


「また、魔道具」

「当然でしょう……っ!?」


 毒に怯まずノエルが突進。渾身の一太刀がナイフの防りを弾き飛ばし、メイド服をざっくりと切り裂く。しかし、浅い。相手がすかさず後退を始めていたのと、服の下に着こまれていた薄手の鎖帷子チェインメイルのせいだ。

 暗殺メイドは距離を取りつつ裂けた服の下に手を突っ込み、背中に隠されていた鞘から新たなナイフを取り出してみせる。

 こいつ、かなり強い。

 どうやら敵の練度にはかなりばらつきがあるらしい。周りの騎士は大人の男だとはいうのを差し引いてもこんなに苦戦していない。中には無駄に声を上げながら突っかかった挙句、卒業生の魔法でノックアウトされている奴さえいる。

 運悪くエース級の相手と鉢合わせたか。

 見ればメイドの顔には覚えがある。バルト家の使用人。特徴のない顔の上に化粧もしているのでぱっと見別人だが、あいにく俺は記憶力に自信がある。

 どういうことかと声を上げようとして、


「リディアーヌ様、新手です」

「っ!」


 ボーイ姿の男がこちらへ駆け寄ってくる。

 男の投げたナイフをエマの防御障壁が阻み、新たなナイフと共に斬りかかってきた男には俺が応じる。心の準備ができていたお陰で頭が冴えている。ノエルよりずっと平凡な剣筋をじっと見ながらをイメージ。

 きん、と。

 不可視の刃に弾かれたナイフが宙へと逸れた。


「な、に!?」

「リディアーヌ様、これを!」


 暗殺メイドと交戦を続けながら、ノエルが俺にを投げてくれる。

 予備と言い張って持ち込んでもらった二本目。大人用としてはかなり短く、俺にとってはちょうどいいそれをすぐさま抜き放つ。

 金属の鈍い輝き。

 刃の入っていない平坦な刀身は儀礼用あるいは装飾用の一品であることを示している。しかし、鍔の中央には大きな赤い魔石。ある程度の知識を持つ者ならこの剣を「強力な火の魔道具」と認識するだろう。

 暗殺ボーイはこれに大きく舌打ち。


「話が違うぞ! 十歳のメスガキがなんでこんなもん持ってるんだよ!」

「あら? 無差別に狙ってきたんじゃなくて、わたし目当てだったってこと? 狙いは一体なんなのかしら」


 残念ながら答えは返ってこなかった。

 口数が少なくプロフェッショナル感のあるメイドの方と比べるとこっちはそこらのチンピラ感がある。腕もおそらく数段下だろうが、さすがにそこまでお喋りではないか。

 彼は構えを解かないまま倒れたオーレリアに目をやって、


「頼みの《魔女》もやられちまってるし、計画はことごとく読まれてるしおかしいだろ。誰だよ、お前らに指示したのは」

「さあね? 案外、わたしの独断だったりするかもしれないわよ?」


 いや、結構喋るなこいつ。

 薬でもやっているのか目つきもおかしい。捕まったら死刑確定だろう状況で暴れていられるのは貴族への恨みと薬による二重ドーピングのせいか。

 男は袖からさらにナイフを抜き放つと身を屈めて、


「こうなりゃとにかく『竜の系譜』だけでも片付けて──っ!?」


 横合いから飛来したナイフが男の首に突き刺さった。

 鮮血。ボーイ姿の男は目を見開いたまま膝をつき、倒れる。ナイフを投げたのはこちら側の人間ではない。あの暗殺メイドがノエルと交戦しながらやったのだ。

 口封じ。

 計画を喋りすぎる仲間を邪魔に思ったのだろう。確かにあの意味ありげなワードは引っかかるが、今はそれどころじゃない。

 男に駆け寄って抱き起こす。

 首からは血が溢れ、白目まで剥き始めている。ナイフに毒でも塗ってあったか。俺はため息をつき、近くにあったテーブルに彼をもたれさせた。それから刺さったままのナイフの刃に(触れないように)指を近づけ、刀身に沿うようにして魔力を流し込む。

 他人の身体を治療するのは非常に難しい。毒の分解は諦め、体内に入った魔力を生理食塩水に変えるイメージ。とりあえず水で薄めておけば毒の効果は弱まるだろう。傷口を心臓より高くすることで出血も抑えられるはず。


「リディアーヌ様」

「助けるわけじゃないわ。ただ、生きていてくれたら好都合だというだけ」


 傷の治療までする気はない。事が終わった時点で息があったら治療してやってもいいが、尋問に使える奴が一人増えたらいいな、程度の狙いだ。命を狙ってきた相手に情けをかけるほど俺は善人じゃない。


 俺の隙をつこうとする暗殺メイドはノエルが阻んでくれた。

 二人の身体能力は(身体強化込みで)ほぼ互角。技術および引き出しの数では相手が上だが、チョーカーの防御が相手の決定打を許さない。魔力も有限ではあるものの、それは向こうの武器や毒薬も同じこと。

 毒薬の瓶を再度投げつけられてもノエルは慌てず籠手で叩いて払いのけ、ナイフの投擲も叩き落とす。型に捕らわれない格闘技も繰り出されたものの、徒手格闘自体は少女も素人ではない。それに素手での打撃では多少食らったところで決定打にはならない。


「リディアーヌ様、今のうちに離れてください」

「わかったわ。……アンナ、エマ、もうしばらく付き合ってくれる?」

「逃がすか」


 暴れ続ける暗殺メイドに笑って答える。


「逃げないわ。まだ暴れ足りないし、あなたたちの計画も潰しきれてないもの」

「リディアーヌ様、危険です」

「だから二人が守ってちょうだい。わたしも二人を守るから。そうでないと、ここに来た意味がないの」


 まだ混乱が収まらない。騎士団は善戦しているし、新型魔道具の威力が思ったより低いのもあって大きな被害になっていないが、怪我をした参加者もさすがにゼロとはいかないようだ。それでも見た限り死亡者、重傷者は出ていない。

 天井を見上げ、火が燃え移りかけているのを確認した俺は剣の切っ先をそちらに向けて水を放つ。何か所かに水をかけてやれば火はほぼ収まり、延焼の恐れはなくなった。


「……ご無理はなさらないでくださいね。絶対ですよ?」

「ええ、もちろん。自分もあなたたちも死なせたりしないから安心して」


 俺とアンナ、エマはひと塊になってパーティー会場を移動していく。

 程なく、手の空いていた敵の男が一人、こちらへと斬りかかってきた。エマの障壁が初撃を防ぎ、アンナの生み出した氷の針が敵を襲う。狙い違わず飛んだアンナの魔法だったが、敵の身体に到達する寸前に障壁へ阻まれて消滅してしまう。

 貴族? いや、腕輪が光っている。自動発動型の防御魔道具だ。


「アンナ、防御に集中して。攻撃はわたしがやるわ」

「リディアーヌ・シルヴェストル、覚悟!」


 向かってくる相手に対して、俺は真正面から突っ込んでいく。足のアンクレットへ魔力を流して脚力を強化。十歳の小娘には普通出せない速度で接近すると、腕輪によって筋力を強化しながら装飾剣を突き出す。

 相手は慌てず足を止めてやりすごそうとするも──その時点でもう、俺の思惑に嵌まっている。足が止まったのとほぼ同時に剣の魔石へ魔力が流れ込み、専用化の施された魔石は俺のイメージに従って魔法効果を発揮する。

 イメージしたのは刀身の伸長。

 魔法によって形成された追加の刃は敵の腹へとモロにめり込んだ。目と口を開いて悶絶するそいつにボクサーの顔面パンチをイメージした不可視の衝撃波を叩き込む。倒れたところで股間を思いっきり蹴り上げてやったが、完全に気絶しているらしく反応はなかった。


「これで二人。ノルマとしてはもう何人か倒しておきたいところだけど」

「……リディアーヌ様はお一人の方が強いのではないでしょうか」

「アンナ。護衛である私達がそんな事を言ってはいけません」

「そうよ。それに、わたしには目が二つしかないもの。周囲の警戒、しっかりお願いね」


 どうやら俺が狙われているのは間違いないようで、それからも立て続けに刺客が襲ってくる。身体能力と経験の不足している俺一人では経験豊富な刺客相手に足をすくわれかねないが、相手の攻撃はメイド二人の魔法、そして俺の身に着けている防御の魔道具が防いでくれる。

 アンナたちへの攻撃は俺の渡したチョーカーで防げるし、相手がこっちの攻撃を防ぐ手段は受け止めるか避けるかしかない。


 ナイフの一撃を魔法による不可視の剣閃で防御し、装飾剣で思いっきりぶん殴る。

 不可視の衝撃波で怯ませつつ切りかかり、相手が防御したところで電撃を流す。

 ロングソード並に伸ばした剣の一撃をかわされたところで、長さを槍レベルに二段強化してごすっと刺す。


 一応、流血は避けたものの、それ以外は容赦なくばったばったとなぎ倒した。

 完全に魔法のお陰である。魔法と魔道具の有無はやはり戦力の差に直結する。当初の混乱が収まった今、騎士ではない学園の卒業生たちですら襲撃者に対して優位に立ちまわりつつある。

 もちろん、俺たちの命を脅かしかねない武芸の技は称賛に値するし、無警戒の中で計画が行われていたらどうなっていたか恐ろしいが。


「残念だけど、あなたたちの計画は失敗よ」


 最後の悪あがきとばかりに建物自体へ火が放たれるも、俺を含めた貴族たちの魔法によって火事は未然に食い止められた。

 捕縛者数十名。

 あらかじめ医者を手配し解毒剤を用意していたこと、早急な鎮圧に成功したお陰で迅速な処置が可能だったことなどから学園の卒業生に死者はなし。

 後に歴史の分岐点と称されることになるこの事件は、俺たちの勝利で終わった。


 ちなみに、俺は翌日から超加速の後遺症により筋肉痛で寝込んだ。

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