番外編
エブリンとジェイル 前編
※前半エブリン目線、後半ジェイル目線です。
―――
「忙しそうだな」
ラインザック公爵家の一室。
戴冠式に向けて当日の段取りや事前に必要な準備の確認をしていると、コンコンと扉を叩く音がした。手を止めて振り返ると、開いた扉にもたれるようにジェイルが立っていた。
「当たり前でしょ。女王陛下お付きの侍女頭になったんだもの。お城も完成間近だし、いよいよ戴冠式が近付いているし、忙しいったらありゃしないわ」
と、大仰に溜息をついてみせるが、どうしても声に嬉々とした気持ちが乗ってしまう。ジェイルが肩を揺らして笑っているので、浮き足立つ心はお見通しなのだろう。
ジェイルとは付き合いも長いし、気心知れた仲でもあるので、こうした軽口を叩けるのも楽しかったりする。本人に伝えると揶揄われること必至なので、絶対に言いたくないけれど。
まあ、忙しいことに間違いはないので、返事をしつつも手元の資料に視線を戻す。けれど、作業する手を止めるようにジェイルに手首を掴まれた。
「なに……」
抗議しようと顔を上げると、思ったより近くにジェイルの顔があって思わず息を呑んだ。
ジェイルはどことなく真剣な面持ちで、ドキリと胸が高鳴る。
最近のジェイルは前以上に私に話しかけて来て、気が付けば側にいることもしばしばである。もちろん私たちは二人ともソフィア様に仕えているから一緒に過ごすことは多いのだけれど、不思議と以前よりジェイルが目につくのだ。ジェイルが居ないと何だか心が落ち着かなくて、気が付けば姿を探していたりして、自分でもどうしてだか分からない。
「明後日、姫さんに頼んで休みを貰ってきた。俺と、お前の」
「はあっ!?何勝手に……」
この忙しい時に何を言っているのかと目をひん剥く。
ソフィア様は日々忙しくされているのに、主人を差し置いて自分だけ休みを取るだなんて考えられない。
「知ってんぞ。ここしばらくろくに休んでねえだろ。息抜きも必要だぜ?」
「う、息抜きって…何よ」
ジェイルの指摘もごもっともなので、少し唇を尖らせて続きを促す。けれど、飛び出して来たのは予想だにしない単語だった。
「んー、デート?」
「でっ!?!?」
思わず咽せそうになるのを何とか堪えて、ジェイルを見上げて言葉の意図を探る。ジェイルは飄々としていていつもと変わった様子はない。目が合ってもニヤリと笑みを浮かべるばかりだ。
「姫さんも収まるところに収まって最近は目に見えてラブラブ夫婦だし、俺もそろそろ動こうかなー、なんてな」
「な、なな…何よ…どういうこと?二人で出かけたことぐらいあるし今更デートだなんて…」
ジェイルは少し屈んで、狼狽える私と視線の高さを合わせてくれる。生意気で減らず口だけど、こうした気配りや優しさを持ち合わせているので狡い男だと思う。
真っ直ぐ至近距離から濃い茶色の瞳に見据えられ、いたたまれなくて視線を泳がせる。こうして見ると、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳をしている。
ジェイルはスッと私の頭に手を伸ばすと、高い位置で纏めていた髪に触れた。ジェイル程濃くはないけれど、同じ茶色の髪はこの国ではよく見かける髪色だ。
「明後日は俺のために目一杯お洒落して来てくれ。あと、告白すっから返事考えといて」
何のことはなく、余りにもサラリと告げられた言葉に一瞬息が止まった。
「告白っ、て何のよ」
声が上擦ってしまう。
ドキドキ心臓が騒ぎ立てている。
この男は何を言っているのだ?
「あ?愛の告白に決まってんだろうが」
「あっ、あい!?」
「うまくいったらキスもすっからな、心の準備もしとけ」
「きっ!?!?」
「じゃあな」
様々な爆弾発言を落として、ヒラヒラと後ろ手を振りながら嵐のように去っていくジェイル。私はポカンと呆けてその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
ジェイルの姿が見えなくなり、止まっていた思考が動き出す。
「告白するからって……もう、してるじゃない」
熱くなった頬を押さえてその場にへたり込んでしまう。
ジェイルが私を、好き?
え、いつから?
返事って言われても、どうしたら……
その後二日間、仕事が手につかなくてソフィア様に心配されてしまった。うう、筆頭侍女失格だ。
◇◇◇
「お、来た来た」
デート当日、俺たちは敢えて広場の噴水で待ち合わせることにした。同じ屋敷に住んでいるのだから、一緒に向かえばいいのにと言われたが、外で待ち合わせた方がデートっぽいだろ?
そう言うとエブリンは顔を真っ赤にして目を泳がせながらも同意した。いちいち反応が可愛くて、楽しくて仕方がない。この二日浮き足立っていたせいか、姫さんに笑いながら「何かいいことでもあったの?」と聞かれてしまったぐらいだ。
「……お、お待たせ」
「おう。……へぇ」
エブリンはいつも一つにまとめているセミロングの髪を下ろしてハーフアップに編み込んでいる。服装だってふんわり裾の広がった上品な桃色のワンピースで、今日のために用意したものだとすぐに分かった。
「な、なによ……」
エブリンは唇を尖らせながらも、俺の反応をチラチラ窺っている。スッと手を伸ばして髪を一房取って唇を寄せると、ピクリとエブリンの肩が跳ねた。
「いいじゃん、すっげー可愛い。俺のためにめかし込んでくれたエブリン、マジで可愛い」
「~~っ!あ、ありがとうっ!もう褒めなくていいから!十分伝わったから!行きましょっ」
耳元で囁くと、みるみるうちに耳を真っ赤にしたエブリンが慌てて距離を取って背中をグイグイ押してきた。すぐ照れ隠しをするところも可愛くて仕方がない。
「はいはい。ったく、今日はデートなんだからこうだろ?」
「わっ」
俺はエブリンの手を捕まえて指を絡めた。炊事や裁縫で少し手荒れをしていて、エブリンはそのことを気にしているが、仕事に一生懸命取り組んでいる証なのだから、胸を張ればいいと思う。
「この先によく効く軟膏があるらしいぜ。行くぞー」
「えっ、あっ、待って!」
クイっと手を引くと、エブリンも遠慮がちに握り返して慌てて着いてくる。
時折前髪を気にして触ったり、ワンピースを確認している姿がいじらしくて今すぐ抱きしめてしまいたくなる。
――ったく、口元が緩んで仕方がないな。
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