第37話 初デート

「うわぁ…!」


 イリアム様に手を引かれ、馬車を降りた私は目をキラキラ輝かせながら周囲を見回した。


 大きな噴水を中心に、放射線状に通りが伸びている。噴水の周りにはベンチと緑が鮮やかな生垣が並び、人々が和やかに過ごしている。

 通りごとに様々な店舗がまとまっているようで、カフェが立ち並ぶ通りに、ドレス店や被服の店が目立つ通り、食べ物の露店が連なる通りなど様々である。


「この辺りが一番栄えているからな。色んな露店や店舗が連なっている。ソフィアの好きなところに行こう」

「いいのですか!?わぁ…お店が多すぎて目移りしちゃいますね。どこの通りから回りましょうか?」

「ふ、今日一日あるんだ。ゆっくり回ろう」

「はいっ!」


 あっちをキョロキョロこっちをキョロキョロと忙しない私を優しい眼差しで見守りながら、イリアム様は静かに手を差し出した。


「?」


 ん?と首を傾げて見上げると、イリアム様は気恥ずかしそうに私の手を取った。



 あっ!手を繋いでくださるのね…!

 わぁ…本当にデートみたい…


 嬉しくて恥ずかしくて、えへへとだらしない笑みを浮かべてしまう。



「人が多いから、はぐれてしまわないようにな」


 そう言いつつも、イリアム様は指を絡めてしっかりと手を握ってくれる。きゅっと手に力が込められて、心臓まで掴まれたように跳ね上がる。

 私からもきゅっと手を握り返すと、蕩けるような微笑みのカウンターを喰らってしまい、しばらくイリアム様を直視できなくなってしまった。





◇◇◇


 熟考の結果、私たちはまずドレス店や雑貨屋が並ぶ通りに足を向けた。


「わあ…イリアム様、このお店気になります」

「ふむ、茶葉と茶器の店だな。入ってみるか」

「はいっ!」


 イリアム様の手を引いて、空いた手で指差したのは淡い桃色の扉が愛らしい小さなお店だった。

 ドアノブを捻って扉を開くと、カランコロンとこれまた可愛いベルの音が耳をくすぐった。


 店内には壁際に天井に届くほどの棚が立ち並び、丸い缶に詰められた紅茶の葉が陳列されている。店の中心には丸テーブルが置かれており、ティーカップやポット、ソーサーにコースターがまるでお茶会の一部を切り取ったかのように飾られていた。


「かわいい…」


 私は思わず、ほうっと感嘆のため息をついた。イリアム様も興味深そうに茶葉を眺めている。

 毎晩二人の時間を過ごしていて気が付いたけれど、イリアム様はお茶が好きなようだ。睡眠を阻害しないものや、甘く香り立つものがあれば買って帰りたいな…と私も並んで棚を吟味する。


 店主は初老の夫婦のようで、店の奥のカウンターでニコニコ微笑みながら私たちの様子を見守ってくれていた。必要以上に話しかけてこないのも好感が持てる。


「あ、これ素敵だわ。何のお花かしら?」


 イリアム様が紅茶の選定に没頭してしまったので、そちらはお任せしてティーカップを吟味していると、一組のカップに目が留まった。


 白磁に淡い水色で波紋のような柄が描かれている。目を引くのは持ち手の近くあしらわれた小ぶりながらも愛らしい水色の花。

 ちらりと店の奥に視線を投げると、ゆっくりと店主の女性がにこやかな笑みを浮かべながら側まで来てくれた。


「ああ、お嬢ちゃんお目が高いね。これはブルースターって花なんだよ。綺麗だろう?」

「はいっ!小さいけど存在感があって、一目惚れしちゃいました」

「ほほっ、ブルースターの花言葉はね、『幸福な愛』。このカップに惹かれたお嬢ちゃんはきっと今、とても幸せなんだねえ」

「『幸福な愛』…」


 笑みを深める女性に対し、私の頬にはほわりと熱が宿った。確かにそうかもしれない。私は今、初めて恋をしていて、そして愛する人の側にいられてとっても幸せだもの。


 花の名前と、花が宿す意味を知り、ますますこのカップが気に入ってしまった私は、そっとカップを手に取ると、指でブルースターの花をなぞった。


「そのカップが気に入ったのか?」


 カップに魅入られていると、そっと私の肩に手を添えたイリアム様が肩越しに手元を覗き込んできた。急な至近距離に、またドキドキと忙しなく心臓が鼓動を刻む。懸命に平静を装って笑顔を返した。


「イリアム様、もう茶葉は決まったのですか?」

「ああ、いくつか良さそうな茶葉があったからもう店主に注文済みだ。そのカップ…ふむ、いいな。透き通るような水色がまるでソフィアの瞳のようだ」

「え、私の瞳…ですか?」


 思わぬ意見に目を瞬いていると、イリアム様は私の手ごとカップを包み込み、淡い水色の波紋をなぞった。


「ああ、とても美しい。俺もこのカップが気に入った。これで今日買ったお茶を一緒に飲もう」

「っ、はいっ!」


 耳元で甘く囁くイリアム様。

 ぞくりと未知の感覚が身体を巡る。



 イリアム様は素早くお会計を済ませると、買ったものを公爵家へ届けるように手配を済ませて再び私の手を握った。

 握り返して見上げると、熱を孕んだ藍色の瞳に見据えられる。慌てて前を向いて、「次のお店に行きましょう!」と伝えると、イリアム様は楽しそうに小さく笑い

ながら私の手を引いてくれた。


 カランコロンという優しいドアベルの音に見送られながら、再び賑わう通りに出て、肩を寄せ合い歩き出す。



 ……今日一日、私の心臓は持つのかしら?



 ドキドキ高鳴る胸の鼓動は収まることを知らなかった。

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