第2話 シンスの生きる街

 ダンジョンから生還した、俺の目の前は少し明るい世界が広がっている。

 天井から“神の陽光”と呼ばれる僅かに温もりを感じさせる光がシンスの街を照らし、その光を浴びると身体の力がほんの少し上がったのを感じ取れた。


 「これが神の恩恵による成長……」


 不思議な気分だった。

 神経が血が筋肉が身体のありとあらゆる物が生き返ったようにも感じる。

 しかし、それはダンジョンで受けた傷が消えるわけではない。

 第一階層だから、そこまで辛い場所ではないが身体は大丈夫でも精神的にはボロボロだ。

 これが命のやり取りなんだと実感する。


 「おい、ダンジョンの出入り口で立ち止まるな。邪魔だぞ。」


 「すいません」


 随分と体格の良い、オッサンが傍を通り過ぎて行く。

 他にもぞろぞろと四人ほどの人達が通って行った。

 その一団がパーティなんだと背中の服に刻まれた同じ紋章ですぐに分かる。

 そして、そのまま一団はある場所に向かって行った。

 行き先は決まっていて、俺もそこに向かわなければならない。


 シンスの街全体が灰色茶色の石の世界で一箇所だけ、神々しく白銀の建物があり、そこを魔石の光が一際明るく照らしている。

 そして、その出入り口脇にある複数ある窓口に冒険者が列を成していた。

 そこが魔石や高価な魔物の素材を神に捧げる【白宮神殿】と呼ばれる場所。

 

 「お願いします」


 窓口に貢物の内容を書いた紙と魔石を窓口にある台に置く。

 引き出し式になっている台は窓口の顔も見えない相手の手に渡り、代わりに銅貨が四枚置かれた状態で帰ってきた。

 

 俺の貢いだ魔石の数は二十個。

 上層で取れる、小さい魔石は二十個でたったの四リア。

 三リアあればパン一切れと一人分の一日の水。

 炭鉱員であった頃は一日中働いて最低限にもならない飯にしかならなかった。

 それと比べれば幾分もマシである。

 これまで、なんとか父さんと母さんの貯金でなんとかなっていたがそれも昨日底をついた。

 十年も持つほどの高額なお金を父さんと母さんは稼いでいてくれた。

 かなり無理をしていたのだと人生の最後を見れば想像は難しくない。


 「おい、そのカバンに入っているのは?」


 窓口の向こう側から男の声が響く。

 どうやら、俺が何かを持っている事まで神様は見通せるらしい。

 ブツの内容までは見えないようだが。


 「コボルトのもも肉だ。

 神が喰らうにはかなり不味いものですよ」


 捨て台詞を吐き、俺はその場からもう一つ違う窓口に向かった。

 そこでお金と何かを交換できる。


 「パンと水」と言いながら引き出しに三銭置いた。


 「今日もお疲れ様です」


 ピクッと自分の肩が揺れたのを感じた。

 聞き間違いかと思ったがどうやら本当に窓口の向こう側から、神からそんな柔らかい女の人の声が響いた。


 「こちらが注文の品となっています」


 戻された引き出しには丸々パン一個と2日分もありそうな水が置かれていた。


 「多いですよ」と声を漏らす。

 黙っていれば貰えたであろうが明らかに多いその量を見てつい言ってしまった。


 「あら、そうなんですか!

 すいません、今日が初めての出勤だったので知りませんでした。

 こちらの手違いですのでそのままお持ちください」


 そう言うと窓口の向こう側からドタドタとなにやら物音が響いた。


 「もらってくぞ」


 「はい、どうぞ!」


 得をしたとそう思う事にした。

 神にも変わった奴らがいると思った。

 それに出勤とはな。

 神も働かざるは食うべからずというわけか。

 

 帰路に着くと周りは少し賑わいを見せていた。

 お互いの苦労を労い、讃えあう空間。

 各々、シンス達は宴を始めている。

 お酒という高価な物は上級冒険者の一部しか買えないからほとんどの人が水で酔っているフリを楽しんでいた。


 「ただいま」と言うと「おかえり」っと同居人の男の声が響いた。

 椅子に座っている身長や体格が一回り俺より大きいそいつは物心ついた頃から一緒にいて、家族ぐるみの付き合いがあった親友ドッグ・アコン

 アコン一家も同じく冒険者でドッグの両親も既に他界している。


 「どうだった?冒険者一日目は?」


 「まあまあ」


 「そうか、順調で何よりだ。

 ナイフをよこせよ。手入れしてやる」


 「すまない」


 ナイフを渡すとドッグは砥石で俺のナイフを研ぎ始める。

 シャシャッと音が部屋の中で響いた。


 「謝るならこっちだ。

 悪いな一週間遅く生まれちまって。

 一人でダンジョンに行かせて」


 「それは謝っても仕方ない事だろ」


 「来週から俺も行ける。それまで死ぬなよ」


 「ああ、ドッグが来るまで上層で戦闘に慣れるつもりだ。

 無理をするつもりはない」


 「そうか」


 「そっちの八年間の調子はどうなんだ?」


 「師匠と比べればまだまだ程遠いが同期の鍛治士と比べれば上出来だ。

 武器の手入れ、製作は任せろよ」


 「ああ、そうでないと家を工房に改造した意味がない」


 俺とドッグの家には鍛治用の炉がある。

 親の多額の貯金がなくなった原因でもあるがそれに見合う価値があると判断した。


 「ドッグ、炉に火をつけてくれ。肉を焼く」


 「お、肉が取れたのか! 今日は豪華な食卓になりそうだな」


 ドッグの指先から炎の球が炉に向かって飛んでいく。

 冒険者でない限り肉にありつけるのは稀だ。

 両親を失った俺達にとってはかなり久しぶりの肉となる。

 肉の周りが焦げ付いて行く。

 焼ける肉の匂いは腹を鳴らさせた。

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