81.ジャスター裁判
ネガーベルの多くの職人により急ピッチで復旧が進められているネガーベル王城。
その一角にある裁判を行う大法廷にアンナ姫を始め、多くの貴族や裁判官、証人達が集まっていた。
そしてある意味今日の主役であるリリーが立ち上がり、皆の前で頭を下げる。目の前には被告人として立つジャスター家のガーヴェル、その横に娘のミセル。兄のエルグは未だ精神状態が不安定の為後方にある椅子に座っている。裁判官が言う。
「それでは審理を開始します」
それに答える形でリリーが大きな声で言う。
「まずは王家であるキャスタール家の封蝋に使うハンドルを不正に取得し使用した件。これは証人であるカイト・ジェード様よりお話し頂きます。カイト様、お願いします」
呼ばれた元アンナの婚約者であるカイトが青い顔をして証人台に立つ。
「ぼ、僕は脅かされて、そこにいるずる賢い女のミセルに騙されてやったんだ!! 僕は悪くない!!」
「ジャスター家の指示によって王家のハンドルを盗んだのですね」
裁判官が尋ねる。
「そ、そうだよ!! でも僕は悪くないんだ!!」
泣きそうな顔をして言うカイトにガーヴェルが大きな声で言う。
「貴様が勝手にやったことだろ!!!」
「ひぃ!!」
怪我も癒え、再び生気が戻って来たガーヴェル・ジャスター。少し瘦せたものの、真っ黒な肌に白髪のオールバックで出廷している彼の威圧は衰えていない。
「静かに」
裁判官の声で静寂が戻る法廷。リリーが続ける。
「カイト様ありがとうございました。では続いてレイガルト卿、どうぞ」
呼ばれて証人台に上がったのはレイガルト卿。以前、ガーヴェルに脅されてリリーを拉致監禁した男だ。だがあの時はジャスター家の為に偽証を行い、その罪を一手に引き受けた。レイガルト卿が言う。
「先の裁判、リリー・ティファール様を拉致監禁した件でお詫びがございます」
その言葉に騒めく法廷。レイガルト卿が言う。
「あの事件、実はそこにいるジャスター卿に脅されて行ったものでした。嘘を申したことをここに謝罪致します」
レイガルト卿は深々と頭を下げた。
ジャスター家の失落により、これ以上味方をしても利はないと判断したレイガルト卿。今はリリーのティファール家へ犯した罪により様々な制約が掛けられているが、それがジャスター家の命令とあれば罪も幾分軽くなる。素早い身の変わり様は貴族なら珍しいことではない。裁判官が言う。
「ではジャスター家の命令で拉致監禁を行い、その罪も自分で背負おうとしたわけですね」
「はい、その通りです」
それをガーヴェルは顔を赤くして聞く。ミセルは入廷してから一切無表情のままでおり、エルグに至っては時折へらへらと笑っている状態である。
その後も小隊長の家族拉致監禁に脅迫、ロレンツのデマの流布、アンナのマサルト内通のでっち上げなど次々と証人と証拠を提示しながらリリーが熱弁を振るう。あまりの露骨な工作にさすがに傍聴に訪れていた貴族からも驚きの声が上がる。
そしてリリーが最後の証人を呼ぶと法廷内は一番の騒めきが起こった。
「ではミスガリアの証人のお方、お願いします」
ミスガリア王国。先にネガーベルが宣戦布告をした北方の国。まだ交戦状態にあるいわば敵国の人間がここに証人として立つこと自体異例であった。ミスガリアの証人が話始める。
「私は今回開戦となった戦争責任についてお話します。今回の開戦のきっかけとなったのはそこにいるエルグ・ジャスターによるものでございます」
法廷に響く驚きの声。ミスガリアの証人はエルグが行った非礼や勝手に不可侵条約を破り戦争ができると脅したことなどを説明。そして涙を流しながらミスガリア国王を侮辱したことを告げる。
静まり返る法廷。
最後にその仇討として『聖女就任式』に出席したエルグをローゼル将軍が斬ったと皆に説明した。証人はその後捕らえられ処刑されたローゼルの最後を聞き崩れるようにして号泣した。リリーが言う。
「発言、よろしいでしょうか」
「許可します」
実はこの少し前にミスガリアからの極秘の使者がネガーベルのアンナの元を訪れていた。
ミスガリアも【漆黒の悪魔】を召喚したものの国自体が崩壊寸前まで追い込まれてしまい、その使者もこのままでは国の滅亡を案じた国王からのものであった。
アンナ達は彼らの話を聞き、戦争終結を提案。今日の法廷で証人として協力してもらうことでお互い全てを水に流そうと約束した。リリーが言う。
「エルグ・ジャスターの身勝手な行いでミスガリアを敵に回し、【赤き悪魔】や【漆黒の悪魔】のネガーベル襲撃と言う恐るべき厄災を招きました。幸いアンナ様の『護衛職』であるロレンツ・ウォーリックによって撃退されましたが、彼が居なければネガーベルはそれこそ滅んでいたかもしれません。これほどの重罪、過去に類を見ない凶悪なものだと思います」
二匹の竜によるネガーベル襲撃は、まだ皆の脳裏にしっかりとその恐怖が刻み込まれ残っている。多くの貴族や兵士達が死を覚悟した恐るべき出来事。それがジャスター家に起因するものだと初めてここで皆の知ることとなった。
「嘘だ、そんなこと、嘘だ……」
ガーヴェルが青い顔をして言う。
様々な陰謀を企てて来たジャスター家。だがその結果が自身の大怪我や、息子エルグの精神崩壊を招く事態となるとは夢にも思っていなかった。床に跪き、震えるガーヴェル。これだけの数と証拠をつきつられては、さすがのガーヴェルにももう手の打ちようがなかった。
傍聴席に座る有力貴族達からの冷たい視線。それが顔を上げたガーヴェルに政争で敗れた敗者だと言うことをはっきりと伝えた。ミセルだけがそれを表情を変えずに聞いていた。
少しの休憩を挟んで評議を行い、いよいよ判決が言い渡される時を迎えた。
まず呼ばれたのがミセル。彼女の様々な罪状が読み上げられる。黙って聞く彼女だったが、最後に裁判官から思いがけぬ言葉が出た。
「もう弁明の余地もないミセル・ジャスターですが、最後に【漆黒の悪魔】襲来時にアンナ様達を助け避難させました。あれがなければ我が国は最も悲しむべき事態となっていたでしょう。またしっかりと罪を認め反省しています。よって彼女には……」
皆の注目が裁判官に集まる。
「投獄の刑に処します。ただし五年、執行を猶予します」
騒めく傍聴席。中には最近のミセルの改心を知った者から拍手が起こる。
「ありがとうございました」
ミセルが頭を下げて席に戻る。
続いてガーヴェルとエルグが呼ばれた。前に出るガーヴェル。エルグはひとりごとを言いながら椅子に座る。そして読み上げられる罪状。裁判官が言う。
「ガーヴェル・ジャスター、並びにエルグ・ジャスターを終身刑に処す!!」
「おお……」
有力貴族ゆえに処刑は免れた。
それでも最も重い終身刑。死ぬまで牢に居ることとなる。
「くそっ、くそっ……、こんなことが!!!」
下を向き悔しがるガーヴェル。
その隣で座っていたエルグの目に、参考人席にいた巨躯のロレンツの姿が映る。
(俺は、あいつが……)
悔しがるガーヴェルの横でエルグがすっと立ち上がる。
(あいつ、が……、嫌い……)
そして座っていた椅子に手をかけ突然大声で叫ぶ。
「お前があああ、嫌いだあああああ!!!!」
エルグは手にした椅子を持ち上げ、そのまま参考人席にいたロレンツ目がけて投げつけた。
「きゃあああ!!!」
法廷に内に響く女性の叫び声。
ドン!!!
ロレンツは一瞬で呪剣を発現し、飛んで来た椅子を叩き斬る。しかしエルグの暴走によって大混乱に陥る法廷。
その隙をガーヴェルがついた。
(え!?)
アンナは混乱する法廷内に居て、自分の背後に誰かが立っているのに気付いた。
混乱に乗じてアンナの背後に素早くやって来た彼は、手にしたある首飾りを彼女に掛けながら叫ぶ。
「憎きキャスタール家!!! 大事なものを失った苦しみぃ、味わうがいい!!!!」
「きゃあ!!」
アンナは突然掛けられた何かで、首を絞められるものだと思った。
ドン!!!
「ぎゃああ!!!」
それと同時に後方へ吹き飛ぶガーヴェル。
アンナが気付くと銀髪の男が隣に来て思いきり殴り飛ばしていた。
「はあ、はあ……」
ロレンツは大きく息をしていた。
幸い怪我はなかったようが、またしても自分が一緒に居ながら彼女を危険な目に遭わせてしまった。驚き困惑するアンナにロレンツが言う。
「すまなかった、嬢ちゃん。怪我はないか?」
アンナがロレンツを驚いた顔で見つめ、少し間を置いてから言う。
「だ、大丈夫です、ありがとうございます。でも……」
ロレンツが一瞬、彼女の異常を感じる。アンナがロレンツを見つめたまま言う。
「あなた、誰ですか……?」
固まるロレンツ。
殴り飛ばされて兵に押さえられたガーヴェルだけがひとり笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます