15.小隊長の涙

「お姉ちゃーん!!」


「イコちゃん!!」


 数日後、中立都市『ルルカカ』からネガーベル王城への引っ越しを終えたロレンツとイコ。一通り荷物を運び終えた後、すぐにアンナの元へ向かった。アンナが言う。



「イコちゃん、ありがとね! 来てくれて」


 アンナは美しい金色の髪をなびかせながらイコに言う。


「いいよー! イコもお姉ちゃんに会いたかったし!!」


 実際少し年の離れたアンナのことを、イコは『綺麗なお姉ちゃん』と本当の姉のように思っていた。ロレンツもアンナに軽く会釈して言う。



「これから世話になる。よろしくな」


 初めてこのような謙虚な言葉をその口から聞いたアンナは思わず心にもないことを言ってしまう。



「あ、あなたもそんな言葉が言えるのね」


 そう話しながら何て失礼なことを言っているのだろうとアンナは反省する。ロレンツはアンナの後ろにいるリリーにも声を掛ける。



「青髪の嬢ちゃんもよろしくな」


「ふんっ!!」


 リリーは青いツインテールを揺らしながら顔を背ける。



「パパ……」


 それを見ていたイコが怖そうな顔をしてロレンツの後ろに隠れる。アンナが言う。



「リリー、そんな失礼な態度はないでしょ? イコちゃんだって怖がってるわよ」


 リリーはロレンツの後ろでじっとこちらを見ているイコの近くに行き腰を下ろして言う。



「ごめんね、イコちゃん。あなたには関係のないことだよね」


「……」


 無言でロレンツの後ろに隠れるイコ。年齢的には本当の姉ぐらいだが、頭がよく精神的に熟しているリリーは随分年上に見える。アンナが言う。



「ほら~、イコちゃん怖がってるでしょ。ちょっとはそのツンツンしたところは変えなきゃいけないわよ」


「……は、はい」


 リリーは『幼い女の子に恐れられる』という思っても見なかった現実を知り落ち込む。ロレンツがイコの頭に手を乗せ大きな声で言う。



「なーに、こいつは恥ずかしがってんだよ。また遊んでやってくれ。それよりイコ、ちょっと出掛けるぞ」


「え? どこへ?」


 アンナが驚いた顔で言う。また引っ越しの作業も全部終わっていない状況。



「ちょっと野暮用でな」


 ロレンツはそう言って手を振るイコと一緒に出て行った。




 カツカツカツ


 広い王城。

 見慣れぬ大きな銀髪の男と小さな女の子の組み合わせはよく目立つ。すれ違う貴族もどう挨拶していいのか分からず少し距離を置いて歩くふたりを見つめる。イコがロレンツに尋ねる。



「ねえ、パパ。どこ行くの?」


 ロレンツが小声で言う。


「これから会う人に、すまねえが使くれ」


「……うん、分かった」


 ロレンツはそのままネガーベル軍がある宿舎へ行きとある人物の名前を告げ面会を求める。



「あ!」


 現れたその人物、『剣遊会』で戦った小隊長は銀髪の男ロレンツの顔を見て驚きの声を上げた。


「あんたは……」


「よお、久しぶりだな」


 小隊長は驚いたままロレンツに言う。



「どうしてここに?」


 ロレンツは少し笑って言う。


「今日から城に住むことになってな。それより単刀直入に聞く。おめえさん、誰かにねえか?」



(え!?)


 その言葉を聞き小隊長は絶句した。

 誰にも話していない家族監禁の件。無様に敗れ去ったせいで未だ開放して貰っていない。家族に会えず心配で眠れぬ日々を過ごしていた小隊長の顔は憔悴しきっていた。



「だ、大丈夫だ。そんなことない……」


 引きつった顔。

 何か話そうなら家族に危険が及ぶ。ロレンツはイコの顔をちらりと見てから言葉を返す。



「そうか、すまなかったな。ちょっと挨拶に来ただけだ。じゃ」


 ロレンツはそう言って軽く手を上げて去って行く。小隊長は黙ってその背中を見つめた。




「聞けたか……?」


 ロレンツは人がいなくなった王城内の隅でイコに尋ねる。


「うん。あの人ね、家族が誰かに捕まっているみたい」


 イコの言葉にロレンツが頷く。

 対戦中から感じていた小隊長の負のオーラ。恐怖というよりは焦りや自分を責めるような感覚。それが今はっきりした。



「場所は分からねえよな」


「うん。それで苦しんでいるみたい……」


 ロレンツはイコの頭を撫でて言う。



「もうひとり見て欲しい。多分そいつが場所を知っている」


「分かったよ、パパ」


 ロレンツは再度イコの頭をその大きな手で撫でた。





「よお、赤髪の嬢ちゃん」


 その後ふたりは城内を色々と歩き、ようやくその目指す人物を見つけ声を掛けた。その美しい赤い髪と真っ赤なドレスを着た美しい女性は、むっとした顔で言う。



「あ、あなたは……」


「わー、ロレロレだ~!!」


 ジャスター家令嬢ミセル。

 その『護衛職』として仕えるキャロルがロレンツを見て嬉しそうな声を上げる。ロレンツが言う。



「今日からここに住むことになった。よろしくな」


 ロレンツが笑顔でミセルとキャロルに言う。



「えー、今日からロレロレもここに住むの~? 嬉しー!!」


 喜ぶキャロルとは対照的に不満そうな顔のミセルが言う。



「あら、そうなの? ご挨拶恐縮するわ。それよりその子供は?」


 ミセルは兄エルグと話していた『可能ならば味方に取り込む』という作戦を思い出し、あまり彼を邪険にできないとやや態度を改めイコについて尋ねる。ロレンツが答える。



「訳あって俺が育ててる。イコだ。よろしく」


「やだ~、ロレロレの子供、可愛い~!! キャロルだよ。よろしくね!!」


 キャロルはイコの前に来て腰を下ろして満面の笑みで言う。



「う、うん……」


 イコはやはりロレンツの後ろに隠れて返事をする。ロレンツが言う。



「それより赤髪の嬢ちゃんにちょっと聞きてぇことがあるんだ」


「私に?」


 身構えるミセル。ロレンツが言う。



「ああ、『剣遊会』の時に戦った小隊長って奴のことだが……」



(!!)


 ミセルに動揺が走る。

 アンナを斬れと命じ、裏ではその家族を監禁している。まだ敗北の怒りから解放していないが、なぜ目の前の男が彼について尋ねてくるのか思わず身構える。



「何かしら……?」


 冷静を装い答える。ロレンツが言う。



「いや、あいつ元気かなって思ってな。せっかくこっちに来たんだ、ちょっと挨拶でもしようと思って」


 ロレンツはそう言って彼の所属する部隊の場所を聞く。ミセルはそれに作り笑顔で答える。



「か、彼なら軍の宿舎にいるはずだわ。でもね、ちょっと勝ったぐらいで調子に乗らないでね。いい? 


 ミセルはそう言うと、名残惜しそうなキャロルと共に足早にその場を立ち去った。





「……分かったか?」


「うん」


 ミセルとキャロルが居なくなるのを確認してからロレンツが尋ねる。イコが小さな声で答える。



「あのね、街外れの貴族のお屋敷。そこに女の人と小さな女の子がいるよ」


「分かった。ありがとう。今日の夜はちょっと出掛ける」


「うん!」


 ロレンツはイコの頭を笑顔で撫でる。その後イコがちょっと不思議そうな顔で尋ねた。



「ねえ、パパ」


「なんだ?」


「どうしてここの人はみんな、パパのこと『ロレロレ』って呼ぶの?」


 少し間を置いてロレンツが答える。



「知らねえ、俺が聞きたいぐらいだ」


 ふたりは首を傾げながらその場を立ち去った。






 その日の夜遅く、小隊長が泊っているネガーベル軍の宿舎に大きな女の子の声が響いた。



「パパぁ!!」


 ドアを開けた小隊長は驚きのあまり固まる。


「あなたっ!!」


 彼の妻が涙を流して小隊長に抱き着く。



「お、お前達、どうして……?」


 突然のことに訳が分からなく混乱する小隊長が震えた声で言う。泣きながら妻が答える。



「大きな人、銀色の髪をした人が来て、助けてくれて……」


「銀色の、髪……?」


 妻がむせび泣きながら言う。



「はい、フードを被っておられましたが隙間から見えた銀色の髪、とても無口な方で、とってもお強く、ここまで送って貰って……」



(!!)


 小隊長はすぐにその無口な男が誰だか理解した。



「パパぁ!!」


 小隊長はボロボロと涙を流しながら、無残にも切られてしまった娘の髪を撫でる。



「怖かったよな。ごめんな、パパが情けなくて……、明日、髪をきれいにしに行こうな……」


「ううっ、うわーん!!! パパぁ!!!」


 小隊長は泣きじゃくる娘と妻を強く抱きしめながら、その無言の男へ心から感謝した。

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