10.銀髪の男
「うおおおお!!!!」
「行け行け!!!」
『剣遊会』は盛り上がった。
年に一度の大イベント。普段はあまりお目にかかれない貴族達の意地と矜持を掛けた本気の勝負。その対戦ひとつひとつにドラマがあり、見る者を魅了する。
対戦中は全力で相手をぶつかり合うが、試合が終われば笑顔で握手をする。それが『剣遊会』のマナー。あくまで剣の技量を競い、褒め称えるのがその趣旨だ。
(さあ、いよいよわたくしたちの番ですわよ)
しかしそんな剣遊会の趣旨に合わない人物が、不気味な笑みを浮かべて闘技場を見つめる。舞台の上に現れた審判が声を上げた。
「次の対戦はキャスタール家対、ジャスター家っ!!!」
「うおおおおおっ!!!!」
その呼ばれた両名家の名前を聞き集まった観衆が今日一番の盛り上がりを見せる。
行方不明ではあるが聖女の妻がいた現王家のキャスタール家に、次期聖女の噂高いジャスター家。運命のいたずらか両家がこの観衆の前で剣を交える。
名前を呼ばれた両家が舞台に上がる。ミセルが舞台に並んだアンナ言う。
「これはこれはアンナ様。自らがお出になられるとはさぞかし腕に自信がおありなんでしょう」
嫌味たっぷりにミセルが言う。真っ赤な可憐なドレスを着たミセルとは対照的に、美しさでは勝るアンナだが身につけているのは武骨な皮鎧。その衣装が現在の両家の立ち位置を明確に表していた。アンナが冷たい表情で答える。
「自信なんてないわ。ただどんなことにも逃げずに立ち向かう。ただそれだけ」
両家の紹介を終えた審判がアンナに尋ねる。
「アンナ様。キャスタール家のご参加は二名でございますでしょうか?」
ジャスター家は聖騎士団の副団長キャロルに小隊長とその部下一名。規定通り三名を揃えて来たミセルに対し、アンナのキャスタール家は彼女と侍女のリリーのみ。様子がおかしいキャスタール家を見て観客もざわざわし始める。アンナが答える。
「え、ええ。あとひとりはまだちょっと来れていないというか……」
思わず嘘をついてしまったアンナ。その言葉を聞いたリリーが驚きの表情で言う。
「ア、アンナ様!? 本当なのでしょうか??」
小声で尋ねるリリーにアンナが苦笑いで答える。
「え、ええ。まあ……、とりあえずふたりで頑張りましょう」
「はあ……」
頭の良いリリーはすぐにそれがアンナの出まかせだと気付いた。
「では試合を始めます。ご準備を!!」
その声で試合の準備に入る両家。まずはキャスタール家からは侍女のリリーが、そしてジャスター家からは男の兵士が舞台に上がる。
「何だあれ!? 姫様のところはガキが試合するのか!!??」
小柄で華奢なリリー。青いツインテールは可愛らしいが、戦士としては似合わない。観客席から飛ぶ野次。リリーは黙って舞台に上がり震える手に力を入れて短刀を構える。
(私が頑張らなきゃ。私がやらなきゃアンナ様が……)
対するジャスター家の兵士も数合わせで呼ばれただけで、なぜこのような大舞台に立っているのか分からない。しかも相手は姫の侍女を務める貴族のティファール家。ミセルからの指示も『遠慮なく叩き潰せ』であった。
「始めっ!!」
審判の掛け声で両者がぶつかり合う。
カン!!
剣士の振り抜いた剣とリリーの短剣が甲高い音を立てる。王都学校時代に習った剣術だが、ほぼそんなものとは無縁の生活を送っていたリリーにとって真剣での決闘は恐怖以外何物でもなかった。
(怖い怖い、でもやらなきゃ!!!)
リリーが慣れぬ短剣を持って剣士に突入する。その勢いに驚いた剣士が反射的に鋭く剣を振り抜く。
「はあっ!!」
カン!!
(……え?)
カランカランカラン……
リリーが気付くと剣士の持っていた鉄の剣が闘技場の床に音を立てて落ちた。しかし同時に感じる右腕の激痛。
「リリー!!!!」
舞台下で見ていたアンナが大声で叫ぶ。リリーは自分の右腕を見て青ざめた。
「!!」
剣士の振り抜いた剣が自分の右腕に当たり大量の出血をしている。怪我をさせてしまった剣士はその血を見て震え、固まっている。リリーは痛みを堪えて兵士に歩み寄り、手にした短剣を突き付けて言った。
「降参、でいいですか?」
震えながら頷く兵士。
「勝者、キャスタール家っ!!!」
「うおおおおおおっ!!!!」
審判の声に観客から大きな歓声が起こる。
「リリーっ!!!!」
すぐにアンナが舞台に上がり負傷したリリーに駆け寄る。
「ちっ」
それを見ていたミセルが舌打ちをする。
「リリー、大丈夫ですか? すぐに手当てを!!!」
リリーは出血する腕を押さえながら首を振ってアンナに答える。
「大丈夫です、このくらい。次も私が……」
「なりません!!」
まだ戦う意思を見せるリリーにアンナが強く言う。
「アンナ様……」
「すぐに治療をしなさい。そしてあなたの役目は終わり。後は私が戦うわ」
「でも……」
流れ出る血を押さえながらリリーが悔しそうな顔をする。
「大丈夫。無理はしないから」
それを聞いて無言で頷くリリー。
「彼女は辞退、でよろしいでしょうか?」
そんなふたりの元に赤いドレスを纏ったミセルが笑顔でやって来る。アンナが表情を変えずに答える。
「ええ、そうよ。もう戦えないわ」
ミセルは頷きながら言う。
「では、わたくしが治療して差し上げましょう」
「え?」
ミセルはポケットに忍ばせて置いた『ある石』の入った小袋に触れながら言う。
『
ミセルがそう唱えると同時に、徐々に治癒していくリリーの腕の怪我。
「おお……」
観客席からは初めて見る治癒魔法に驚きと感嘆の声が上がる。
「あれが治癒の魔法か? 初めて見た……」
「凄い、やはりミセル様が次期聖女だ!!」
観客席から温かい言葉や拍手が沸き起こる。
アンナは侍女のリリーを治療してくれたミセルに複雑な気持ちを抱きながらもお礼を言う。
「ありがとう。助かったわ」
治療を終えたミセルがそれに答える。
「問題ございませんわ。わたくしの力がお役に立てて良かったですわ。おーほほほほっ!!!」
そう言いながら名前を呼ばれる観客席に向かって笑顔で手を振る。
(貴重な石ですが、仕方ありませんね。ここでの治療は私への宣伝効果抜群。もはや誰もが私を次期聖女だと思うはずですわ!!)
ミセルは周りに笑顔で手を振りながら舞台下へと降りた。
「アンナ様、申し訳ございません」
同じく舞台下に降りたリリーがアンナに謝罪する。アンナが答える。
「何を言っているの! ひとり倒してくれたじゃない。十分よ!」
そう言ってアンナはリリーの頭を撫でると剣を手に取り立ち上がる。
「お気を付けて、アンナ様」
「ええ、ありがと」
震えていた。
舞台を歩きながらアンナは体の震えが止まらなかった。
まともに持ったことなどない剣。剣がこんなに重いものだと知ったのもつい最近。鋭く光る刀身。触れれば何でも切り裂くような鋭い
(怖い怖い、逃げたい。でもそれだけは……)
アンナは剣を構えながら感じたことのない恐怖に体を震わせる。対するジャスター家の対戦相手である小隊長も同じく震えていた。
(あ、相手は姫様……、俺は、俺は……)
家族を監禁されている小隊長。ミセルから出された指示は『躊躇いなく斬れ』であった。だが一国の姫を斬ることなど本来はできない。
そんな悩み苦しんでいた彼の元に、大会直前になってひとつの箱が届けられた。
「こ、これは……」
箱の中に入っていたのは少女の髪の束。
それは間違いなく小隊長の愛しき娘の髪であった。
(姫様をやらなければ、家族が、娘が……)
兜を被った中で小隊長は泣いていた。
華やかな剣遊会と言う舞台。誰もが楽しみにやってくるこの舞台で、自分はそれに反することをしなければならない。剣を持つ手が震える。
(でも、やらなければ……)
「始めっ!!」
その言葉が小隊長の迷いを断ち切った。
「うおおおおおっ!!!」
カンカン!!!
無名とは言え隊を預かる小隊長。剣術も決して苦手ではない。
(怖い怖い怖い、怖いっ!!!)
対するアンナは剣術など習ったこともない素人。その差は歴然であった。
カンカンカン!!!
防戦一方のアンナ。剣を持つ手が振動で痺れ、麻痺してくる。
(怖い、怖いよ……)
恐怖で目に涙が溜まる。素人でも感じる相手の強い気迫。アンナは恐怖と怯えで次第に足が止まり始める。小隊長はそれとは対照的にどんどんと興奮して行った。
(すみませんすみません、姫様!! でも斬ってもすぐにミセル様が治してくれるはず!!)
剣遊会と言う特別な舞台。
沸き起こる歓声。貴族に混じって戦い、相手は姫。更に家族の危機と言う特殊な状況に小隊長自身混乱し始めていた。舞台下で見ていたミセルがにやりと笑う。
「はあああっ!!!!」
恐怖で戦意喪失したアンナに、小隊長の剣が振り下ろされる。アンナはその瞬間、その剣を見ながら思った。
(私、死ぬのかな……)
全てがスローモーションのように目に映る。死ぬ間際と言うのはこのようなものかと考えながらアンナが思う。
(それでもいいかな、もう。でももう一度だけ、会いたかったな……)
抜けて行く全身の力。剣を持つ手が自然と下がる。
――ロレンツ
アンナの目が涙に滲んだ。
ガン!!!
「!!」
勢いよく振り下ろされた小隊長の剣。
それを弾くように一振りの剣が飛来し、アンナの目の前の床に突き刺さった。
静まり返る会場。
その男はゆっくりと闘技場の入り口から姿を現わした。
(あ、あれって……)
その姿を見たアンナの心が震える。
男はゆっくりと歩き舞台の上に上がると、震えたまま両膝をつくアンナに向かって言った。
「よお、嬢ちゃん。遅くなってすまなかったな」
アンナは両手を口に当て、その銀髪の男を見ながらぼろぼろと涙を流した。
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