第27話 勇者様、三度寝は諦める

 カラダリンの言動は理解し難いものがある。コハクフクロウのページには、その見識の広さと論理性に圧倒された。しかし、カラダリンにはそれとはまた別の、得体の知れなさを感じる。その言動に何の意図があるのか、はたまた無いのか、狐につままれているのか、狸に化かされているのか、どう理解していいのかもわからない。そしてその結果、オレンとアンシアに、どうしてオレンに貴重な神器の魔法効果を見せるのか、という奇妙な共通認識を持たせた。

「…えっと、それは私が見ても良いのでしょうか?」

 オレンはカラダリンに確認を取る。当然その言葉には、(黄金のショファルの価値に見合うものなんて持っていませんよ) という意味が含まれる。そして同時に、(そんな価値のない男になんで?) という意味も持たせた。

「それはもう、全くお気遣いは必要ありません。今日お呼びしたのは、この為でもありますから。」

 カラダリンの肯定的な返答は、かえって疑問を膨らませ、ますます不安にさせる。カラダリンはそんな二人の疑問を差し置いて、黄金のショファルを手に取り、力強く吹き鳴らした。客間のガラス窓を震わせるほど鳴り響くその音色は、まるで大地に空いた大洞穴から吹き出す風の様だった。にも関わらず、向こうで寝ている男と犬は、不思議なほどピクリとも動かなかった。

「…………。」 音色がやんだ後、潮が引くように沈黙が訪れる。

(…ん? あれ? 何も起こってないような?) その沈黙の後、更にしばらくしてオレンは思案する。カラダリンが黄金のショファルを吹く間、ただその音を聞き、その姿を眺めていただけで、どんな魔法効果が現れたのかサッパリ分からなかった。(何か見落としたかな?) などと考えながら、間違い探しの様に辺りを見渡すが、答えになるようなものは見つからなかった。

「…。いえいえ、確かに黄金のショファルの魔法効果は現れましたよ。実は、この神器には曰くがありましてね。長年その効果が魔法によるものであると理解されず、神器として認定されなかった代物なのですよ。」

 オレンの反応を見て話すカラダリンの言葉は、オレンの心情を見透かしたものだったが、そこに答えはなく、より深い疑問を与えた。しかし、それに反してアンシアには余裕を与える。一連のカラダリンの言動は、アンシアにとっては答えになっていた。

 三者の思惑が交差することで生まれた間、そのわずかな時間にピッタリ時計の針を合わせたかのように、先ほどの二人のメイドがお茶を持って客間に入室する。静々と彼女たちは謙虚に目を伏したまま丁寧にお茶を入れ、焼き菓子を差し出し、手早くそよ風のように静かに立ち去る。まだ周囲に残り香が漂う中、カラダリンは楽しげに言った。

「どうぞ召し上がれ。」 そう促され、オレンは本当は問いかけたかった口に焼き菓子を運んだ。

「…よろしければ、そこの果物などもご自由にどうぞ。」

 オレンの食べる姿を笑顔で見つめながら、言葉を付け加える。オレンは菓子を食べながら、言われるままに何気なく視線だけを円卓の果物に向ける。その果物を見た瞬間、思わず菓子を呑み込んだ。その果物がとても魅力的だった、という訳ではないのだが、呑み込んだ菓子をなぞる様に、オレンは首筋に冷たいものが流れるのを感じた。その果物籠にあるリンゴは、自分の果樹園のリンゴのように見える。ルガーツホテルへの出荷用に用意した、特に出来の良いリンゴはよく覚えている。確証がある訳ではなかったがそれでも、同じ形、同じ色艶のリンゴを用意できる同業者をオレンは知らない。それが何故か、ここにある。そんな考えを巡らしながらも、ゆっくりと視線をカラダリンに向ける。笑顔のままのカラダリンは、オレンをむしろ怖気づかせる。そんな視線の傍らで、アンシアはゆっくりとお茶を口にした。

「…少々仰々しい演出でしたでしょうか。…種明かしをしますとね、ルガーツホテルは我々の所有物なのですよ。ですので、あのホテルで起きた事は、全て私の耳に入ります。…実はですね、あの日、あのパーティーの夜に、私もあの場にいましてね。いやいや、中々刺激的な舞台を拝見させていただきました。」

 カラダリンはゆっくりとお茶を飲みながら話す、その一言一言が、オレンを凍りつかせた。その話を聞いて、今日呼ばれた理由を、全く誤解していたことにオレンは気づく。(あの時のあの暴走を咎められるのでは?) とすら頭に浮かんだ。そんなオレンの悔悟をカラダリンも分かった上で、話を続ける。

「ああ、誤解しないでください。あの場での貴方の発言に、私もとても感動しました。他の皆さんの反応も素晴らしいもので、当ホテルに貢献していただいて感謝しています。…それで、貴方に少し興味を持ちましてね。オレンさん、本日の招待にあたり、貴方のことを少し調べさせていただきました。大変失礼なのは重々承知なのですが、どうにも職業病の様なものでして、何も知らない相手をお招きするのは、とても不安になってしまうのです…、どうかお許しください。」

 つい先ほどまで、自分が謝罪をしなければいけないと考えていたオレンを前に、カラダリンはオレンに対して過剰といえる丁寧な謝罪をする。この謝罪は、ホテルの一件は不問に付す、という点でオレンを安心させた。しかしその安心感を引き換えにして、カラダリンは一体どこまで自分の事を知っているのか、という点から眼を逸らさせた。

「こちらこそ、ホテルではご迷惑をおかけしました。」

 オレンはカラダリンの謝罪を受け入れ、お互いに頭を下げる。この時オレンは、先に頭を下げたカラダリンという人物に尊敬に近い感情を抱いた。ただ、オレンは知るはずも無い。これは、この謝罪を受け入れざるを得ない状況を作り出し、それを以て、オレンの様々な情報を得る免罪符とする、全て最初から仕組まれたカラダリンの目論見であることを。

「…オレンさん、では失礼ついでに一つ質問をさせてください。貴方は、あのパーティー会場で六年前の魔族侵攻を訴えましたが、では貴方自身は魔族に対して復讐心を持っていないのですか?」

 カラダリンの質問は、オレンにはとても重い質問だった。もし、出会っていきなりこの質問を受けても、拒否か嘘ではぐらかしていただろう。しかし、ここに至るまでのカラダリンの計略が、その重さを羽に変える。オレンは自ら進んでその質問に悩みながら応えようとする。

「…。魔族への復讐は考えていません。両親を殺されて、確かに許せないという気持ちはあります。でも、直接の仇は大盾のブラッドさんが取ってくれて、それを向ける相手はもういませんし、…もしそうでなく、全てを破壊され奪われていれば、また違ったのかもしれないですが、…妹と果樹園が残って、…支えてくれた村の皆がいて、今の生活を作るのに必死で、復讐なんて考える余裕がなかったです。」

 オレンは途中詰まりながらも真剣に答えた。それをカラダリンは黙って聞いていたが、その答えが応えとして、正解だったか不正解だったかは分からなかった。

「…そうですか。分かりました。思い出したくない出来事でしょうに、貴方が私に本心を語ってくれて、私は嬉しいです。」

 忌まわしい記憶を辿る心の吐露は気持ちいいものではない。しかし、たとえそれが謀られたものだったとしても、カラダリンの言葉に、オレンは救われた気がした。しばし、余韻と沈黙に包まれるこの問いと答えの意味を、この中でオレンのみが知らない。

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