トリアスの行動は、早かった。

 気がつけばあっという間に、あの時の面々が屋敷に集合していた。


「うわあぁぁ~っ! メリル~! ごめんっ。本当に悪かったよぅ。俺まさかあんな所にお前の婚約者がいるなんて思わなくてさ、余計なこと言っちゃって……」


 リードが顔を見るなり、泣きながら抱きついてくる。

 

 いや、うん。

 再会を喜んでくれるのは嬉しいけど、とりあえず服に涙と鼻水をつけるのは止めてほしい。

 久々にリフィに会えるかもと思って、それなりにいい服着てるんだ。もっとも、もう汗まみれでしわしわだけど。


「いや、別にお前のせいじゃない。俺が不甲斐なかっただけだからさ。だから泣くなよ、リード。な?」


 申し訳ない気持ちになって、リードの背中をなだめるようにぽんぽんと叩く。


 リードはちょっとふざけたところもいい加減なところもあるけど、いい奴には違いない。ただちょっと間が悪いだけで。

 そんなに泣くほど心配してくれていたのかと思うと、心が痛む。


「ずっと気になってたんだ。お前どんな集まりにも出てこないし、会いに行っても目が虚ろだし。……でもこうしてまた会えて嬉しいよ。メリル」

「うん……。悪かった、心配かけて。ありがとな。ガーラン」


 友人たちの中では一番ノリが軽く女性問題で少々難のあるガーランだが、実は婚約者にべた惚れなのを知っている。

 女性の扱いがうま過ぎるせいで、揉め事に巻き込まれがちなのは確かだけど。


 そのガーランの顔にも、心の底から安堵した表情が浮かんでいた。


「うちの領地で評判のワインと食べ物を持ってきたんだ。一緒に食べよう! こういう時はしっかり食べて眠るのが一番だから」


 ジーニアは、荷物の中から大量のそれらを取り出しすとにこやかに笑った。

 こんなにどっさり、重かったろうに。


「……ありがとう。ジーニア。今まで本当、ごめんな」


 リフィとの婚約が白紙になって、どうやら自分の気持ちしか見えなくなっていたらしい。

 こんなに自分を心配して力になりたいと思ってくれる人たちが、ちゃんといたのに。


 あの女神がそれに気づかせてくれたのかもな、なんて思ったりもする。

 大分ヘンテコだけど、あの女神が過去に戻れる手鏡をくれたからもう一度あがいてみようって思えたんだから。


「本当に皆、ごめん。連絡もしないで。それにきてくれてありがとう。本当、嬉しいよ。……俺、もうやめる。一人でうじうじするの」


 皆の顔を見たら、不思議と力が湧いてきた。

 あがいてみよう、そんな気持ちがむくむくと沸き上がってくる。


 だから、俺は覚悟を決めることにした。今度こそ。

 友人たちの顔を見つめ、俺は口を開いた。


「皆に頼みがあるんだ。俺、どうにかしてリフィともう一度ちゃんと話したい。でも正攻法じゃリフィの父親に追い返されるからさ、他の方法を探したい。そのために、手を貸してくれないか」


 半分はやけくそで、もう半分はどうしてもこのままリフィを失いたくない一心でそう頼み込む。


 俺の頼みに、目の前にずらりと並んだ心優しき友人たちはしばし顔を見合わせ、そして笑った。


「問題は、どう接触の機会を作るかだよな」

「そうだな。さすがに二人きりはまずいだろうし、となると人目のある屋外かな」

「まずは、リフィ嬢の行動範囲を調べよう。そういう情報ならお前が一番入手しやすいだろ、ガーラン」

「任せといて~。知り合いの女の子とか、リフィちゃんの出入りの店で色々聞いてみるよ。ジーニア、君も手伝ってくれる?」

「そうだな。ガーランだけじゃまた揉め事が起きそうだし。ジーニアがいてくれれば安心だ」


 情報担当は、ガーランとジーニアで即決らしい。

 うん、異議なし。


「あとは……、できれば例の男と一緒に遭遇するのは避けたいけど、女の子同士の買い物中なんかに割り込むわけにはいかないし……。となると、その男についての情報もほしいな」

「それは俺が引き受ける」


 トリアスが眼鏡のつるを人差し指でくいっと直しながら、挙手する。


「心当たりでもあるのか? トリアス」


 リードの問いかけに、トリアスは少し考え込む。


「まぁな。奴に似た男を顧客先で見かけたことがあるんだ。もしかしたら、うちの商売絡みかもしれない」


 それは朗報だ。

 正直言えば、あの男のことを思い出すとムカムカもするけど、どんな男なのか知りたい気持ちもある。


「えっとじゃあ、俺は? なんでもやるよ?」


 リードの顔が期待に輝く。

 が、返ってきた反応にすぐにしょげ返った。


「お前は、集まった情報の整理番」

「えー? なんでだよ。おれだけ待機組かよぉー」


 リードが不満そうな声を上げる。

 

 けど、俺も賛成だ。

 リードはちょっと口が軽いし、うっかり情報を漏らしかねないからさ。


 それまた満場一致で決まり、リードはちぇっ、と口を尖らせたのだった。


「さて、じゃあ早速行動開始だ。メリル、お前はリフィ嬢に会って何を伝えるのかにだけ集中しろ。お前、口下手だからな」

「え? お……おお。分かった」


 さっきまでどんよりと暗く曇っていた気持ちが晴れていく。


 女神の手鏡を手に入れても、過去は変わらなかった。なら、今を変えるしかないんだ。自分で行動して。

 カッコ悪くても、情けなくても。


「任せとけ、メリル! もし上手く行ったら、その時は何なにかごちそうしてくれよ」

「あ! なら俺は、四つ葉亭のステーキがいいな。パン山盛りで」


 待機組のリードが期待に目を輝かせて声を上げるも、すかさずトリアスから突っ込みが入る。


「おい……リード。上手く行ったらって言うけど、会ったら万事解決じゃないんだぞ。むしろその後が問題なんだ」

「そうだよな。もしこの不器用で口下手この上ないメリルがリフィちゃんに上手く気持ちを伝えられたとしても、また婚約を結び直すのはそう簡単じゃないだろうし」

「そっかぁ……。そうだよなぁ……。メリルだもんなぁ」


 リードに悪気はない。それは分かる。そして、トリアスとガーランの心配も至極もっともだ。

 でも! そうなんだけど! ちょっと辛口過ぎないか?


「ダメ元なのは分かってる。でもやれるだけやってみるよ」


 辛口な友人たちの声に少々意気消沈しながらも決意表明した俺の肩を、ガーランが叩く。


「お前は口下手で愛情表現も苦手だし、本当に不器用な男だけどいい人間だ。俺が保証する」

「うんうん。メリルはちょっと分かりにくいけど、すごく優しいし人が良いよね。困った人とか放っておけないタイプ」


 ガーランに続いてジーニアがそう言えば。


「筋金入りの不器用だけどな。まぁ、信頼できる人間なのは間違いない。その実直さこそ、お前の売りだよ」


 トリアスまでもがそう付け加えて、澄ました顔でにやりと笑った。


「もちろん俺もメリルのこと、すっごくいい奴だって思ってるよ! 大事な友だちだもん。メリルも、お前らも! だからさ、きっとお前ならうまく伝えられるし、リフィちゃんだってちゃんと分かってくれるよ」


 最後は、リードだ。その真っ直ぐな励ましに、なんだか少し目の奥が熱くなる。


「まったくお前らは本当に容赦がないな……」


 潤んだ目をごまかそうと、そうつぶやけば。


「頑張れよ、メリル。俺らがついてる。やれるだけやってみろ」

「そうそう! メリルの思いが伝わるように俺、願かけしとくよ。お前がリフィちゃんと会えるまでは甘いもの断ちする」

「……それ、なんか意味あるのか?」

「まぁ、玉砕したら皆でやけ食いやけ酒でもしよう。朝まで飲んだくれても、ちゃんと介抱してやるよ」


 友人たちの、頼りになるのかならないのかよく分からない励ましに、メリルは苦笑する。


「……ありがとな。お前ら」

 

 ちょっぴりにじんだ視界を、俺はにかっと笑って誤魔化したのだった。



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