第十一話「父子の葛藤」


 そして、息子の光栄みつよしを睨み

「光栄! 事の一部始終は、式神を通して伝わった。

 罪も無い鬼神の娘を利用し、晴明と美夕を襲わせたようだな!?

 これまでも、命を狙っていたのだ。晴明に何をされても文句は言えまい?

 なぜ、未だに兄弟子の晴明をかたきとする! 何が、命を狙うほど憎いのだ!

 光栄、俺に申してみよ!!」と告げると、光栄は顔を歪め、唇を噛み締めて沈黙した。



 しばらく沈黙が続き、やがて光栄はぽつりと、つぶやいた。

「父上が悪いんだ……父上が、晴明ばかり、大切にするから!!」

「なんだと」保憲やすのりは、思わず聞き返した。

 光栄は、切なげな表情をすると、せきを切ったように叫びだした。



「父上は、いつだってそうだ! 中納言ちゅうなごん殿の占術せんじゅつを行う時だって、晴明が適任てきにんだからと言って、僕にはさせてもらえなかった!僕は、数ヶ月も前から、用意していたというのに!

 それだけじゃない、あの事も! あの事も!! あの事も!!!

 数えたら切りが無いくらい、晴明に出番を盗られてきた!!」



「それはまだ、お前が半人前だから晴明に任せたのだ!」と保憲が言うと、

 光栄は、うっと唸りながらも歯軋りをし。

「それに僕は、知っているんだ! 父上がいずれ、天文道てんもんどうを晴明に継承すると話していた事を! 天文道は、暦道れきどうと共に嫡男ちゃくなんである。この光栄が継承するはずでは、なかったのですか! どこの馬の骨ともわからない。他人に継承させるほど。そんなに、この光栄は未熟者で力不足ですか!!」



 保憲はうなずき「そうだ。お前には素質はあるがまだ、晴明に比べて未熟だ」

 と、厳しい口調で言った。光栄はその父の言葉を聴き、放心状態になった。

「それにお前の心には、闇がある。陰陽道おんみょうどうは光栄、お前が考えているほど、甘い物では無いのだ。心に闇を抱えたまま呪を行えばいずれ、

 遅かれ早かれ闇に心飲まれ、鬼に支配される。

 そんな人間に暦道のみならず天文道まで、継承させるわけにはいかぬ」

 晴明の適任性は、これからお前の目で見ていくといい」と保憲が言うと、



 光栄はぎりりと歯軋りし、ぶるぶると震えだした。晴明を指差し

「晴明! 晴明! 晴明! 父上は、この化け狐に騙されているのです!!

 僕はこんな男を兄弟子とは、認めません!! 僕に、闇があるとしたら……

 それは貴方と、晴明のせいだ!!!」わめきちらすと、暗がりの方へ走り去った。



「光栄! 待て!!」保憲は悲しそうな表情をすると、光栄を追いかけていった。

 闇に消えていく。保憲と光栄を見送る晴明と、美夕。

「あの……追いかけなくて、宜しかったのですか?」と美夕が恐る恐る晴明に聞くと、晴明はくるりと、美夕の方を振り返り優しい紫の眼差しを向けた。

 よかった、いつもの晴明様だと、ほっと胸を撫で下ろす美夕。

「私が追いかければ、あの親子の絆は、戻らない……

 光栄の事は、保憲殿に任せよう。それよりも、この鬼神の娘を手当てする事が先決だ」

 晴明は鬼神、白月はくづきを抱き上げた。

 その光景に胸がチクリと痛む美夕しかし、かぶりを振った。





 ここは安倍邸、白月は布団に寝かされ傷には、五兵の一族秘伝の霊薬が

 たっぷりと塗られて胸には、包帯が巻かれた。道満どうまんが白月を見詰めながら。

「へ~っ、この黒月こくづきの妹の白月ちゃんか!

 なかなか、可愛い娘じゃないっ。それにしても俺が留守の間、そんな事があったなんて。光栄の奴、許せないな! それで、晴明ちゃん!

 この娘、これからどうするの?」と晴明に問い掛けると、晴明はあごを撫で。



「ふむ、そうさな。この娘は、私が診た所、光栄により心に深い傷を負わされている。身体の傷は完治しても、心の傷は癒えるか……」

 白月は痛む身体をやっと、起こし晴明にすがってきた。

 驚く事なく素直に受け止める晴明。チクッ、また、美夕の胸は痛んだ。



 白月は両手を合わし「晴明様、私は、賀茂光栄かものみつよしに利用され。捨てられました。私を救えるのは最早、あなた様しかおりません……お願いです。

 後生ですから、私をあなたの式神にしてくださいませ」

 涙を流しながら、晴明に懇願こんがんする白月。道満が目を涙で潤ませ

「なんて、可哀相な娘だ。晴明ちゃん。晴明ちゃんの式神にしてあげたら?」

 と言うと、晴明はうなずき「白月よ。そなたが望むなら、私の式神となるが良い」

 と、手を差し伸べた。



「はいっ! 晴明様。よろしく、お願い致します」

 と、白月は、晴明の前にひざまずき、嬉しそうに晴明の手を取った。

 その日から鬼神、白月は晴明の式神となった。

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