第1話 アリア・スコルピウス誕生

 

 次期国王となる第1王子、レオナルド・シュテルネンハオが生まれた年、私アリアもスコルピウス公爵家の長女として生まれた。

 そして、私が2歳の時に弟のノアが誕生。その頃のことは覚えていないが、お母様が言うには、私はノアから一時も離れなかったらしい。猫かわいがりで、全てがノア優先。ノア中心の生活だったとか。

 

 確かに私の記憶でも、時間の許す限りノアのそばにいた気がする。この時はまだ礼儀作法の練習のみだったから、かなりの時間を一緒に過ごせていたはずだ。

 それでも礼儀作法の練習中にノアから離れるのが嫌だからと、ノアも一緒じゃなければやらない! と周りを困らせていたのはご愛嬌だろう。

 

 いつも一緒にいたおかげか、ノアは私になついてくれて、私がいないと泣くものだから、更にノアから離れられなくなってしまった。

 お互いのことが大好きな私たち。私はすっかりブラコンに、ノアはシスコンへとなっていった。

 

 

 ノアが生まれた後も、お父様とお母様は「アリアは世界一美しくて愛らしい」と私のことを可愛がってくれて、自分たちの娘こそ王妃に相応しいと常々話していた。

 絵本の中の王妃様や王女様、キラキラした世界に憧れていた私は、大人になったら王妃様になるのだと少しも疑ってなどいなかった。

  

 優しい両親に可愛い弟、私と弟を可愛がってくれる使用人に囲まれて毎日が幸せだった。習い事は年々増えてノアと一緒にいられる時間が少しずつ減っていくのは寂しかったけど、何の不安もなかった。

 

 

 そんな毎日の転機が訪れたのは、私の6歳の誕生日のこと。

 

 

 6歳の誕生日の日、私はとても浮かれていた。私の誕生パーティーを行うのだ。まだ小さいので家族のみでのお祝いだが、誕生日はやっぱり特別である。

 

 プラチナブロンドの髪を編み込み、可愛らしいピンク色のドレスに身を包んだ私は、黄金の瞳を輝かせながら、嬉しくって何度も鏡の中の自分を見つめた。

 私付きのメイドのミモルは、私が鏡を見るたびに世界一可愛いと褒めてくれた。

 

 ノアに早くドレスを見せたくて、ミモルを急かしながらパーティーを行う広間へと向かう。広間へと続く階段を下りている途中、お母様に手を引かれているノアの姿が見えたので駆け寄ろうとした。

 

「ノアー!!」

 

 笑顔で手を振り返してくれるノアに嬉しくなって、少しでも早く近くに行こうと、手すりを滑り台のようにして滑っていく。

 

「アリア様!?」

 

 ミモルの制止も聞かず、するすると滑っていく。普段なら絶対にそんなことをしないし、思い付きもしなかったのに、何故かこの時はそれが当たり前のように感じたのだ。

 

 だが、それはドレスでやることではなかったらしい。バランスを崩してしまい、グラリと体が傾いた。

 

「「「アリアちゃん(様) !!!!」」」

 

 みんなの声がずいぶんとゆっくり聞こえた気がした。そして、次に起こったのは浮遊感だった。よりにもよって、階段のない反対側へと落ちてしまったのである。

 慌てて手を伸ばしたが、その手は宙を切るのみで何もつかむことはない。

 

 また、落ちる! 一度も落ちたことなどないにも関わらず、再び訪れるであろう痛みに備えて体を縮こませた。

 

 落ちていく最中、黄金の瞳は紅へと染まっていく──。

 

 それと同時に、自分だけど自分じゃないような記憶が頭のなかで駆け巡った。

 

 

 あれは高校からの帰り道だった。

 

 山に住んでいた私は片道2時間かけて歩いて高校へと通っていた。自転車で通うと遠回りをしなくてはいけなくて、もっと時間がかかるのだ。

 いつものように山の中の木々を掻き分けて歩いていると、ターザンごっこをしてくださいと言わんばかりのつたに出会ってしまったのが運のつきだった。

 

「いやいやいや、さすがにねぇ。私だってそんなに子どもじゃ……」 

 

 と自分に言い聞かせながらも蔦をそっと握る。ぐいぐい引っ張ってみれば、とても良い蔦だった。

 

「ここで逃げたら女がすたるってもんよね」

 

 誰に言うでもない言い訳をしたあと、周囲に誰もいないことを確認し、助走をつけた。

 

「あーああーーーーー!!」

 

 次から次と蔦をかえながら進む爽快感に自然と口角もテンションも上がっていく。もう完璧に調子にのっていた。小学生の頃のあだ名が『山猿やまざる』だったのも伊達だてじゃない。

 次の蔦は少し遠かったが余裕で飛び移る。完璧だった。

 楽しくて、すごく楽しくて、どんどん進んでいく。そして、次の蔦に飛び移ろうとした時、蔦がなかった。

 

 けれど、勢いがついていたので止まることはできず、私は宙へと体が投げ出された。よりにもよってそこはがけで、伸ばした手は何もつかめずに宙をさ迷ったのを覚えている。そして、息もできないような衝撃を最後に私の記憶の続きはない。多分だけど、死んでしまったのだろう。

 

 

 また転落死なんて絶対にイヤ!!

 

 強くそう願った時、ふわりと体が浮いて地面へと足から降りていく。ピンクのドレスのスカートを傘のように広げながら。

 

「魔術……?」 

 

 そう呟いたのと同時に、心底安堵した。きっとノアが魔術で助けてくれたのだろう。

 安心した途端、忘れていた記憶が大量に流れ込んできて、それと同時に強い虚脱感に襲われた私は意識を手放したのだった。

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