第125話 元陰キャは人間関係を恋人に依存している。

 翌朝。

 初音さんと一緒に登校すると、教室がいつもより心なしか賑やかだった。


「おはよう委員長。何かあったの?」

「どうやら今日から新しいクラスメイトが来るそうです」


 初音さんの問いに、自分の席にいた委員長が答えた。

 なるほど。

 昨日まではなかった机が、窓際最後列だった俺と初音さんの後ろの空きスペースに置かれている。


「え、もしかして転校生?」

「ではなく、留学から帰ってきた人らしいです」

「この時期に帰ってくるなんて……珍しいというか、不思議だな」


 俺は素朴な疑問を口にする。

 十月の初め、週の後半。

 留学から戻ってくるにしても、半端な時期だ。


「本当は二学期の初めに帰ってくる予定だったらしいですけどね」

「委員長、やけに詳しいね。もしかして、もう会った?」

「はい。クラス委員長なので先に高輪たかなわ先生から紹介されました」 


 高輪先生はこのクラスの担任教師だ。


「ちなみに、どんな人だった?」 

「そうですね。一言で表すなら……かわいらしい人でした」


 委員長がそう口にすると。


「まさか新しいクラスメイトは美少女なのか!?」


 新橋がどこからか話を聞きつけて、近寄ってきた。


「いえ。男子生徒ですよ」

「かわいいのに、男子……?」


 新橋は困惑していた。

 そうこうしている間に、チャイムが鳴る。

 朝のホームルームのために、担任が教室に入ってきた。


「よーし、やるぞー」


 二年三組の担任、高輪先生はけだるげな二十代後半の女性教師だ。

 その後に続いて、もう一人教室に入ってきた。

 噂の留学帰りだろう。


「気になってるだろうから、先に自己紹介しておくか」


 高輪先生に促され、新たなクラスメイトが自己紹介を始めた。


「僕は六本木ノアと言います。こんな苗字ですが両親は日本に帰化したカナダ人で、母の地元にある高校に一年間ほど留学していました。こちらでは休学していた扱いだったので、みんなよりは一歳年上ですが……」


 六本木は人形のような雰囲気の、金髪美少年だ。

 ぱっと見は欧米人にしか見えないが、自然に日本語を話している。

 休学していて一歳年上ということは、今の三年生と同世代か。

 しかし、あまりそうは見えない。

 小柄だから、むしろ年下と言われても違和感がないくらいだ。


「六本木の席は上野の後ろだ。一年ぶりの日本で、二回目の二年生ってことだから、お前ら仲良くしてやってくれ」

「よろしくお願いします」

 

 六本木はみんなに向かって小さく一礼した。


「あ。どうせなら誰か面倒見てやってくれ。あー、とりあえず委員長。よろしく頼む」


 高輪先生は雑務をとりあえず委員長に振りがちだ。

 雑というか面倒臭がりな性分なのを、あまり隠していない。

 だからこそ、事なかれ主義の大人が蔓延っていたこの学校に適応できていた部分はあるのだろう。

 ただ、次期理事長の孫である初音さんの担任教師なので、今後は真面目にやる必要も出てきそうだ。

 一方の、委員長と言えば。


「お任せください」


 迷わず承諾していた。

 委員長は理想のクラスを作り上げるために常に張り切っているタイプなので、雑に仕事を投げても嫌な顔一つせず働く。


(相性が良いんだか悪いんだか……)


 俺が呆れ半分で、前の席に座る委員長の背中を見ていると。


「よーし。交流の時間を作るためにも、ホームルームは早めに切り上げるぞ。一限までの間に雑談でもしておけよー」


 高輪先生はさっさと教室を出て行ってしまった。

 もっともらしいことを言っていたけど、単に面倒だから早めに切り上げる理由がほしかっただけだろう。

 まあ連絡事項がない時は、別にそれでもいいんだけど。


「さて、どうしましょう」


 六本木が他のクラスメイトに話しかけられている中。

 委員長は、何やら思案する素振りを見せながら、振り向いて。


「六本木くんのことは、上野くんに任せますか」

「構わないけど、なんで俺が?」

「八雲くんは境遇が似てるからじゃない?」


 俺の疑問に、初音さんが代わりに答えた。


「境遇が似ているか……まあ、確かにそう言えるのかな?」


 俺は二年生の始めに異世界転移していたこともあり、出遅れた。

 後からクラスに加わるという意味では、俺と状況が似ている。


「途中からクラスに馴染んでいく難しさを知っている八雲くんだからこそ、助けられることがあると思うよ」

「まあ俺の場合は、四月の頭からいてもぼっちだったと思うけどね」

「八雲くんはまあ……そうかもねえ」


 初音さんにあっさり同意された。

 とはいえ、初音さんと今の関係になっていなかったら、俺は一年生の時と同様にぼっちで過ごしていただろう。


「俺がある程度クラスに馴染めているのは、初音さんのおかげだよ」

「でもね? そんな八雲くんだからこそ、友達を増やすって意味では良い機会じゃないかな」

「……それもそうだね」


 友達を増やす。

 今までの人生で、俺が積極的にやってこなかった行為だ。


「私が言うのもなんだけど、八雲くんはもっと他の人とも仲良くなるべきだよ」


 初音さんのその言葉に、俺が納得しかけたその時。


「そう言う割には、普段は市ヶ谷さんが上野くんを独占していませんか……?」


 委員長が、訝しげに言った。


「そんなことはない……と思うよ?」

「文化祭の打ち上げでも、気づいたら二人でいなくなっていたでしょう」

「そ、その時のことはもう忘れちゃったなー」


 初音さんはとぼけているが、実に苦しい。

 だけど、まあ。

 俺もそろそろ、人間関係を初音さんに頼りきりの状況から脱却すべき時かもしれない。




◇◇◇


というわけで初音さんにおすすめされて友達作りを決意する八雲くんでした。

それと担任の先生をちゃんと描いていなかった気がしたので登場させてみました。

次回は授業中にいちゃいちゃする回を予定しています。

最後尾だった八雲くんと初音さんの後ろの席にクラスメイトが増えたので見せつけていきます。

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