第38話 恋人たちはなかなか運がいい。
数日後。
7月に入って、ほとんどの科目の結果が判明した。
ここまで初音さんは全ての科目で満点。
昼休み前の現代文の授業で最後の科目の答案用紙が返却されたが、初音さんはその結果を伏せた。
今日の午後にあるロングホームルームの時間にテストの順位が発表されるからだ。
この高校では定期テスト後、全科目の答案返却が終わった頃に順位の記載された用紙が配布される。
初音さんいわく「順位が分かるまで私が全科目満点を取れたか分からない方がおもしろいでしょ?」とのことだった。
そんなわけで、どこか落ち着かない気分で迎えた、ロングホームルーム前の昼休み。
2年3組の教室にて。
「この後する予定の席替えの件なのですが」
俺と初音さんが自分たちの席で弁当を食べ終えたころ。
前の席に座る委員長が振り向いて話しかけてきた。
「そういえば、ロングホームルームの時間で席替えもするんだっけ」
初音さんが弁当箱を片付けながら反応する。
すると委員長は、顔を俺たちの方に近づけて、人目を憚りながら話し始めた。
「はい。その席替えについてなのですが……お二人には少し申し訳なさを感じているので、あらかじめくじを仕込んでおくこともやぶさかではないですよ」
「それは……私と八雲くんがまた隣になれるようにってこと?」
「そういうことです」
小声で話す委員長はうなずく。
「うーん、ありがたい話ではあるけど……そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」
「でも、市ヶ谷さんは上野くんと隣の席がいいとは思わないんですか?」
「もちろんそう思うけどね。席が変わったくらいじゃ、私と八雲くんを引き離すことなんてできないから!」
初音さんは、得意げに胸を張った。
「私の友人が優しすぎます……まさか惚気を食らうとは思いませんでしたが」
惚気た初音さん本人ではなく委員長の方が、少し恥ずかしそうにしていた。
ちなみに俺も少し照れ臭い。
嬉しさの方が勝るあたり、俺も大概だなと思うけど。
○
迎えたロングホームルーム。
今日は席替えと期末テストの順位発表という二大イベントがある。
クラス内で、どちらのイベントから消化するか、という話があがった。
その中でクラスメイトの誰かが「先にテストの順位発表をしたら萎えて全力で席替えというイベントを楽しめない」と言った結果。
順位発表の前に席替えをすることになった。
「では皆さん、順番にくじを引きに来てください」
委員長が教卓の前に立って進行する。
席替えはくじ引きで実施される。
教卓に置かれた箱から、クラスメイトたちが順番に番号の書かれた小さい紙を引いていく。
「あ、私の番だ。行ってくるね」
初音さんが席を立って教室の前の方に向かう。
くじを引いて戻ってきた。
「私は7番だったよ! 今と同じ席を引き当てるなんてすごい確率だよね」
なんと初音さんは今と同じ窓際最後尾の特等席を引き当ててきた。
「俺も今と同じ席を引き当てればいいってことか……」
「やっぱり八雲くんは私の隣がいいんだ?」
俺の呟きを聞いて、初音さんはニヤニヤとこちらを見てきた。
「それはまあ、あわよくば」
「うん? 八雲くん、あんまり望んでなさそうだね」
「また初音さんの隣になれたら嬉しいけど、離れた席になっても一緒にいることはできるから」
俺は思っていたことを口にした。
緩んでいた初音さんの表情が、固まる。
白い頬が、赤くなった。
「……そっか。それもそうだね」
言葉少ない初音さんではあるが、なんだかんだで嬉しそうだった。
どうやら初音さんとしては俺の答えに満足してくれたらしい。
「じゃあ俺の番だからくじを引いてくるよ」
俺は初音さんに一言告げて、席を立った。
まあ、カッコつけたことを言ってはみたけど。
……やっぱり初音さんの隣になりたいなりたいよなあ。
初音さんが引いた7番の隣は14番だ。
幸いにも、まだ誰も引いていない。
異世界で得た透視スキルを使用すれば、箱の中のどの紙が14番か分かる。
(でも、それを使うのはただの不正だよなあ……)
さっき初音さんにも言ったけど、そこまで隣の席に固執しなくても、一緒の時を過ごすことができるわけだし。
だから教卓の前に立った俺は、気負わずにくじを引いてみた。
折り畳まれた小さい紙を広げて、数字を確認する。
そこには14番と記されていた。
結局、また俺は初音さんと同じ席を手に入れたってことか。
なかなかの幸運なんじゃないか、これ。
「八雲くん、どうだった?」
「俺もまたこの席になった」
俺は自分の席に戻りながら、初音さんの問いに答えた。
「おお、さすが八雲くん」
「いや、ただの運だよ」
「それなら私たちって、けっこう運が良いんだね?」
まあ、それはそうだろう。
運が全てではないという自負はあるけど、俺が初音さんと付き合えていることなんて運が絡んでいなければ無理だったと思う。
そんなことを考えている間に、全員がくじを引き終えていた。
その結果にクラスメイトが賑やかになる中。
教卓の前で、委員長が小さくガッツポーズしているのが目に入った。
どうやら委員長もなかなかの幸運を持っているらしい。
○
クラスメイトたちが新しい席に移動した。
その後はもう一つの重要なイベントだ。
担任教師からテストの順位が書かれた用紙が出席番号順に配布されていく。
出席番号は五十音順なので、俺はかなり序盤に用紙を受け取った。
用紙には全科目の合計と各科目ごとに、学年とクラスでの順位が記載されている。
記載された順位を確認しながら、席に戻って。
「八雲くん、どうだった?」
「……45位だった」
「ってことは見事に50位以内達成だね! おめでとう八雲くん!」
「これも初音さんと一緒に勉強したおかげだよ。いつもよりがんばれた」
「そっかー、それなら次からも一緒に勉強しようね」
初音さんは自分のことのように嬉しそうだ。
「ちなみに初音さんの結果はどうだったの?」
「順位はもちろん学年1位。点数はなんと……」
初音さんは間を置いて、もったいぶる。
少しして、結果を伏せていた現代文の答案用紙を見せてきた。
赤いペンで記された点数は、100点。
これはつまり。
「全科目満点だったよ!」
「……初音さんって、俺の想像以上に頭がいいんだね」
「私もここまで調子いいことはなかなかないけど……今回は八雲くんのおかげで、すごくやる気が出たからね。約束のこともあったし」
そう。
俺と初音さんは、今回のテストに際してとある約束を交わしていた。
俺が学年で50位以内だったら、まだ知らない初音さんのことを聞くことができる。
一方で初音さんが全科目満点だったら、俺は初音さんに自分の力の秘密を話すことになっていた。
「この場合、お互いのことを話すってことになるのかな」
「うん。だけど今日じゃなくてもいい?」
「別にいいけど……今日じゃないならいつにする?」
「7月7日がいいな」
「……七夕?」
「別に、七夕だからってわけじゃないんだけどね」
初音さんは苦笑した。
「そうなんだ
「うん。私のことを八雲くんに教える上で、その日に連れて行きたい場所があるんだ」
7月7日に連れて行きたい場所。
一体どこなのか、想像もつかない。
けど、どうやら楽しい話ではなさそうだという予感が俺にはあった。
初音さんがどこか寂しそうに、目を細めていたからだ。
◇◇◇◇◇
次回、初音さんが言っている場所に行くことになります。
それとAIに初音さんの夏服イラストを生成してもらったので下記の近況ノートに添付しています。
よかったら見てください。
本作の今後のこともチラッと触れていたりします。
https://kakuyomu.jp/users/rindo2go/news/16817330654756819281
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