第36話 高校一の美少女の下着は夏服でも透けない。

 何度かした後、疲れて休んでいたら、気づけば夕方になっていた。

 先ほどから、俺は初音はつねさんに抱きつかれた状態のまま、ベッドで横になって向き合っている。


「ふふ」


 初音さんが俺の顔を見て笑った。

 

「どうしたの?」

「今日のは、これまでで一番気持ちよかったかもな、と思って」

「……それは俺も同じだったかも」


 久々だったし、キスしながらしたのが初めてだったからだと思う。

 返事を聞いた初音さんはもう一度笑うと、ぽすんと俺の胸板に顔を埋めてきた。

 行為の最中はもちろんだけど、こういう何もしない時間も幸せだ。

 お互いに疲れた状態で余韻に浸りながら、くっついているだけの瞬間。

 少し前の俺だったら想像もできなかったような出来事が、今や日常の一部になっている。


(もしかして俺、今この世で一番贅沢なことをしているんじゃないか……?)


 いや、さすがに大げさすぎるか。

 でもそう思えるほどの多幸感を、俺は初音さんと一緒にいることで味わっていた。

 時間も忘れて、ずっとこうしていたい。

 

(けど、さすがに何度も朝帰りなんてしていたら、家族から色々言われるよな)


 程々にしておかないと、その内何かしらの制約を科されそうだし。

 門限とか。

 まあ、今の状態が程々なのかは怪しいけど。


「初音さん。悪いけどそろそろ、帰らないといけないかも」

「あ、そうだよね。また真雪まゆきちゃんが心配しちゃうし」

  

 初音さんは納得したような返事をする。

 その割には、くっついたまま離れようとする気配がなかった。

 それどころか、俺の背中に手を回す力が強くなった気がする。


「……」


 初音さんは無言でこっちを見上げている。

 寂しそうに見えるのは……気のせいじゃないんだろうな。

 そう感じた俺は、以前から考えていたことを口にしてみた。 


「初音さん、夏休みにどこか旅行に行かない?」

「……! うん、行く」


 初音さんの表情が、途端に明るくなった。

 初音さんは俺と出会うまでぼっちだったけど、孤独が好きなわけじゃない。

 むしろ逆だ。

 本当は誰かにそばにいてほしいと思っている節がある。

 今の俺は、まだ高校生だ。

 常に一緒にいるというのは、今のところ現実的じゃない。

 だから、その代わりと言ってはなんだけど。

 旅行の約束をすることで、寂しさを埋め合わせられたらと思って今提案した。

 もちろん、元々行きたいと思っていたことではある。


「初音さんは、どこか行きたい場所はある?」

「うーん、難しいなあ。海もいいし、山もいいし……」

「別に、今すぐ決める必要はないよ」

「それもそうだね。じゃあ、また思いついたら連絡する」


 初音さんはそう言って、また抱きつく腕に力を込めたと思ったら。

 その力はすぐに緩んだ。


「……なんか、暑いね?」

「まあ、もうすぐ7月だからね」


 ここ最近、6月も終わりに差し掛かり、気温は季節の変化をはっきりと感じるほど上昇している。

 そんな中、エアコンをつけずに行為に及んで。

 その後も抱き合っているおかげで、俺は触れ合う肌が汗ばんでいるのを感じていた。


「エアコン……じゃなくて、窓を開けた方がいいかな。換気も兼ねて」

「あー……そうだね」


 初音さんが少し照れ臭そうにしているのを見て、俺は意図を察した。

 この部屋には今、普段初音さんから感じる女の子特有の甘い香り以外の、別の匂いを感じる。 

 ……まあ、散々した後だからな。 

 俺は少し気になる程度だけど、初音さんはどうなんだろう。

 いずれにせよ、換気をした方がいいのは間違いない。


「よし。本当はもっとこうしていたいけど……そろそろ起き上がろうかな」


 初音さんはまだ名残惜しそうにしていたが、意を決した様子で立ち上がった。

 ベッドの近くに落ちていた半袖のワイシャツを拾うと、肩に羽織る。

 高校の夏服だ。

 初音さんはシャツ一枚だけ着た状態で窓のほうに向かうと、カーテンの閉まった窓を少し開ける。

 俺はその背中を目で追いながら、体を起こす。

 窓を開け終えて振り向いた初音さんを前に、俺はふとあることを思った。


「八雲くん……? なんだか胸元に視線を感じるんだけど、もしかしてまだ足りなかったとか?」

「あ、いや。そういうわけじゃなくて」

「そうなんだ。じゃあなんでじろじろ見てるの?」


 思いっきり胸の辺りを見ていたら、初音さんに不思議そうにされてしまった。


「その。夏服って薄いのに、普段は下着の色とか透けてないなと思って」


 初音さんは胸元をボタンで留めていた状態でシャツ一枚だけ着ている。

 それほど厚手ではないためか、その下の肌色が透けていた。


「……それ、今更気づいたんだ?」


 初音さんに苦笑された。


「まあ、うん」

「透けないのは、八雲くんがちょっと前に脱がせたこれのおかげだよ」


 初音さんは足元に落ちていた白い衣類を拾った。

 キャミソールだ。


「ああ、それってそういう目的があったんだ。女子も色々工夫してるんだね」

「うん。八雲くんは、透けてた方が嬉しかったりするの?」


 他の衣服を拾い集めながら、初音さんは聞いてくる。

 その問いに、俺は少し考えてから。


「いや、他の人には見られたくない」

「ふふ、そっか。私も八雲くん以外に見せるつもりはないから、安心してね」


 やっぱり俺は、この世で一番贅沢なことをしていると思う。



 その後、俺はシャワーを浴びて、帰り支度を済ませた。

 初音さんの部屋の、玄関にて。

 俺は部屋着に着替えた初音さんに見送られていた。


「シャワーを借りたり、後片付けしてもらったり……いつもごめん」


 時間がある日は俺も率先して後始末をするようにはしている。

 今日もシーツを取り替えて、古い方を洗濯機に放り込む程度のことはした。

 とはいえ、初音さんの方が負担が大きくなっているのは事実だ。


「私はいいよ。その……自分でも、したいからしてることだし」

「それでもやっぱり申し訳ないような……」

「うーん……気になるなら他の場所でもしてみる? 例えば、八雲くんの家とか」


 俺の家か。

 誰かがいる時にこっそり……は多分無理だろうな。


「……家族がいない時なら」

「うん、楽しみにしてるね」


 初音さんはそう言うと、一歩近づいてきた。

 片手で優しく、俺の方に触れてくる。


「……?」


 何事だろうと思っていた、その時。

 初音さんが少し伸びをして、俺の口に軽くキスをしてきた。

 

「これからは、こういうこともできるね?」

「……そうだね」


 帰り際、挨拶代わりのキスってことだろう。


「じゃあ、また月曜日に」


 初音さんは一歩下がると、笑顔で手を振ってくれた。



 19時ごろ。

 俺は自宅に帰ってきた。

 制服から私服に着替えて、1階のリビングにある二人がけのソファーに座る。

 もうすぐ夕食だと聞いたので、リビングでテレビでも見ながら待つことにした。

 父はまだ仕事をしているころなので不在だ。

 母はキッチンで料理中。

 真雪は最近、玄関で待ち構えていることが多かったけど、今日はいなかった。


(部屋で勉強でもしてるのかな)


 そんなことを考えながら、テレビのリモコンに手を伸ばすと。

 横から現れた人物に掻っ攫われた。

 噂をすれば、なんとやら。

 真雪がリビングにやってきた。

 

「見たい番組があるから。別にいいでしょ?」

「うん。適当に見ようと思っただけだし」


 俺は普段テレビを見ていないので、真雪が何か見たいなら譲ろう。

 真雪は手にしたリモコンを操作しながら、俺の隣に座る。


「……また石鹸の匂いがする」

「気のせいじゃないか?」

「どうせ初音さんと会ってたんでしょ」


 とぼけてみたが、無駄だった。

 真雪はお見通しのようだ。


「……ノーコメントで」


 それでも俺はしらを切ることにした。


「やっぱり、お兄ちゃんには初音さんはもったいないと思う」

「真雪にとやかく言われる筋合いはないだろ」

「いや、お兄ちゃんは賢明な選択をするべきだよ」


 真雪は見たかったはずのバラエティ番組はそっちのけで、俺に話しかけてくる。

 

「……もしかして、別れさせようとしてる?」

「そうなったら、私には一石二鳥だから」


 俺の疑問を、真雪は否定しなかった。


「なんだそれ。よくわからないけど真雪の思惑は外れたな。今日は初音さんとの仲がさらに深まった気がするし」


 得意げにする俺を見て、真雪は不愉快そうな目を向けてきた。


「なんかキモい」

「ひどい言われようだな……」


 義妹からシンプルに罵倒されて、俺が少しだけ傷ついたその時。

 スマホの通知音が鳴った。

 初音さんからの連絡だ。


『この温泉に行きたい!』


 そんなメッセージと一緒に、避暑地として有名な温泉街を紹介するウェブサイトのURLが添付されていた。

 さっそく旅行先の候補を出してくれたらしい。

 メッセージを見ていても、楽しみにしているのがよく分かる。

 俺が微笑ましい気分に包まれていると、追加でメッセージが送られてきた。


『あ、でもその前にテストの結果があったね』


 そうだった。

 俺が今回50位以内に入ったら、まだ知らない初音さんのことを教えてもらえる。

 家族のことや、あの部屋で一人暮らしをしている理由を。

 その代わりに、初音さんが全科目満点だったら俺の力の秘密を話す。

 そういう約束をしていた。

 ……なんだか今から緊張してきたな。



◇◇◇◇◇


というわけで、次回はテストの結果発表です。

初音さんのことをもっと知る日は近い。

それと近いうちに近況ノートの方で夏服姿の初音さんのイラストを公開したい。

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