第27話 陰キャは恋人との楽しい夏休みを手に入れたい。
俺はその初音さんと登校していた。
禁欲するとは決めたけど、距離を取る必要はないからな。
今日も二人で一緒に、2年3組の教室に入った。
「あ。
「今日も二人で来たんだ。ホント仲良いよねー」
扉を開けてすぐに、教卓付近で話していたクラスメイトの女子たちから話しかけられた。
球技大会を終えて、俺と初音さんは少しずつクラスに馴染みつつある。
こうして話しかけられる機会も増えた。
俺と初音さんは軽く「おはよう」と挨拶を返して、自分たちの席に向かう。
「お二人とも、おはようございます」
今度は俺の前の席に座る委員長から話しかけられた。
「おはよう、委員長」
「おはよー」
また挨拶を返しながら、俺たちは席に座った。
「上野くん。さっそく悪いんですが、ちょっと市ヶ谷さんをお借りしてもいいですか?」
「え? 別にいい……というか、そもそも俺の許可はいらないと思うけど」
俺は初音さんを横目で見る。
「あ、もしかして昨日ラインでしてた話?」
初音さんは委員長の用事に心当たりがあるようだった。
「はい。意中の男子を籠絡する方法について、引き続き教えてください。教室の隅っこで、こう……こそこそと」
委員長はそう口にしながらチラチラと教室の反対側にいる、とある人物を見ていた。
クラスの中心的な男子で委員長の幼馴染でもある、
「ふふ、うん」
「では市ヶ谷さん、こっちに来てください」
委員長は立ち上がると、楽しそうに笑う初音さんを教室の一番後ろに連れて行った。
一番後ろと言っても、最後列の俺と初音さんの席からはあまり離れていないけど。
委員長は初音さんにとって一番仲の良い友達だ。
最近はよく恋愛のことについて話しているらしい。
(俺のことも話に出たりするのか……?)
二人が背後でこそこそと話しているけど、内容までは分からない。
その気になれば異世界で得たスキルを使って会話を聞くこともできるけど、俺に盗聴の趣味はなかった。
(とりあえず、初音さんの話が終わるまで待つか……)
一人になった俺は物思いにふける。
俺には今、いくつかの悩みがあった。
まずは期末テストだ。
ゴールデンウィーク明けすぐに実施された中間テストは、直前まで異世界に失踪していたせいで悲惨な成績だった。
(期末で挽回しないと、かなりまずいよなあ……)
期末テストで落第点を取ったりすれば、夏休みの予定が補習で埋まることになる。
それだとせっかく初音さんと恋人になったのに、何もできないままで日々を過ごすことになってしまう。
(いや、別に何もしていないわけじゃないな)
付き合い始めてから、初音さんが言うところの「えっちなこと」しかしていない気がする。
(あれ? 俺、体目当てで付き合ったクズ男みたいになってないか……?)
いい加減、俺がしっかりしないと。
デートに誘ってみたりとか、してみたいし。
(なんにせよ、今は勉強だな)
ここを乗り切って、初音さんとの楽しい夏休みを手に入れよう。
○
その日の放課後。
俺は初音さんと一緒に勉強することになった。
「さて。どこで勉強する?」
「私の家……だと昨日までと同じ流れになっちゃいそうだから、人目のつく場所がいいかな」
そんな言葉を交わし、俺と初音さんは勉強と禁欲のため、図書室に向かった。
「……」
「……」
俺たちは図書室の自習スペースで、横並びに座って黙々と勉強をしている。
図書室の中は古い紙の匂いが充満していて、静かだ。
俺たち以外にも数人ほど勉強や読書をしている生徒がいるが、近くには俺と初音さん以外誰もいない。
落ち着いた雰囲気の中、俺は日本史の教科書をひたすら読んでいた。
常に学年トップである初音さんにテスト勉強のコツを聞いてみた結果だ。
「極端な話、教科書のテスト範囲部分を全て記憶しておけば暗記も応用もなんとかなるよ」と身も蓋もないアドバイスをもらったので、実践していた。
とはいえ、普通に勉強していても教科書の内容を一部分とはいえ全て記憶するのは簡単じゃない。
だから俺は、それが簡単にできる手段を取ることにした。
(これは……かなり捗るな)
俺は異世界で得たチートスキルの一つ、完全記憶を使用している。
このスキルを使用すれば文字通り、見たり聞いたりした情報や体験した出来事、感覚などを一度で完全に記憶することができる。
勉強においてはかなり有効なスキルだ。
(授業中にずっと使っておけば今焦る必要はないんだけど……脳の疲労が尋常じゃないから多用できないんだよなあ)
授業中ずっとスキルを維持することはできないし、教師の雑談を筆頭に不要な情報も流れ込んでくる。
だったらいっそ、こうして短時間で詰め込んだ方が効率的だ。
(まずは覚えるべき物をまとめて記憶して……残りの期間は計算問題とか応用的な内容を実践していけば、いい点数が取れそうだ)
少しずるい気がするけど、俺が日頃チートスキルの乱用を控えているのは不公平だからではない。
不用意に目立ちたくないからだ。
効率よく勉強した上で、程々の点数を取る分には何も問題ない。
(その気になれば透視でカンニングとかもできるけど、それは完全に不正だからな……)
俺がくだらないことを考えていたその時。
ポケットの中のスマホが振動した。
何か連絡が来たようだ。
スマホを取り出して確認してみると、義妹の
「またか……」
「どうしたの?」
思わず独り言を呟いた俺に、隣で勉強していた初音さんが小声で話しかけてきた。
「最近、妹の機嫌を取るために毎日何かしら奢っているんだ……今日もケーキを買ってきてほしいって」
「妹さんと、喧嘩でもしたの?」
「あー、うん。まあそんな感じ」
俺たちは周りに迷惑がかからない声量で会話する。
球技大会の次の日に俺が朝帰りしてから、真雪はずっとご機嫌斜めだ。
機嫌を直してもらうために甘い物を買ってみたら、次からは真雪の方から要求してくるようになった。
都合よく利用されているような気もするけど、それで妹の機嫌が良くなるなら安いものだ。
「ふーん。妹かー……なんかいいなあ」
初音さんは勉強する手を止めて、羨ましそうに呟く。
妹に憧れでもあるんだろうか。
(そう言えば……)
初音さんの家族って、どうなっているんだろう。
少なくとも今住んでいるマンションでは、初音さんは一人暮らしをしている。
そもそも家族はいるのか、いるならどこに住んでいるのか。
学費や生活費はどうしているのか。
などなど。
薄々気になってはいたけど、聞いたことがなかった。
(でも、それって聞いていいことなのか……?)
けっこうデリケートな問題な気がする。
俺が疑問を口にするか迷っていると。
「そうだ。週末は八雲くんの家で勉強しようよ」
「え?」
「私の家にはいつも八雲くんが来てるけど、逆はなかったし。それに、八雲くんの妹ちゃんにも会ってみたいと思って」
多分、真雪と会うのが主な目的なんだろうな。
「分かった。じゃあ土曜日は俺の家で勉強するってことで」
「うん……!」
嬉しそうにうなずく初音さんを見てから、俺は気づく。
家族に「彼女ができた」って紹介するのって、ハードルが高くないか……?
朝帰りをやらかした後だと、余計に。
◇◇◇◇◇
というわけで次回、初音さんが上野家にやってきて真雪と対面します。
普通に微笑ましい感じになる予定です。
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