3 記録

 狭い事務所にぎゅうぎゅうに押し込まれる形で、樹以下五名がパソコンの画面を凝視していた。再生は1.5倍速にしているものの、ネットカフェの廊下は盛んに人が行き来するようなものではなく、一行は変わり映えのしない画面を延々と眺め続けていた。


 「さすがに部屋の中が映るカメラはないのかな。なければせめて彼の部屋の扉でも」

 「そこまで大量にカメラを回すのはコスト面で厳しいですし……、村重さんの部屋に一番近いカメラはここなんです。あとはまあ、室内が見えてしまうとプライバシーも何もないですからね。一応禁止はしているんですけど、ここをラブホ代わりに使う方もいらっしゃいますから」

 「カラオケとかはお構いなしに録ってるみたいだけどね。帰る時ちょっと気まずいとか」

 「やめてくださいよ、想像しただけで気まずくなってきました」


 暇を持て余したレガリアがパソコンを操作する吉野を揶揄い始めていると、画面内に人影。


 「あれは?」

 「十三時十分……、ということは多分僕ですね。村重さんの注文したメニューを彼の部屋にお持ちしたのがそのくらいの時間だったと思います」


 吉野の言う通り、人影はワゴンの上に皿を乗せたままカメラの死角へと消えていく。しばらくして戻ってきた吉野のワゴンの上からは、行く時に乗っていた皿が消えていた。


 「この時、村重さんに何か変わった様子はありましたか?」

 「特には……、あ、ひとつだけ」

 「何か?」

 「いつもより昼食の注文が早かったので、今日は早いんですねって言ったんです」

 「ほう、それで?」

 「そしたら、あの人すっごくニヤニヤしながら『今日は割の良い仕事があるんだ』って」

 「それは……」


 と、レガリアが顎に手を当て口角を上げる。


 「少し、いやかなり気になるね」

 「すぐ次の奴が来るからそのワクワク顔をやめろ」


 肇の言った通り、吉野が去った数分後には新たな人影がやって来ていた。


 「この人は?」

 「すみません、お客様一人一人の服装まで覚えているわけではないので……この角度と距離じゃさすがに……」

 「桂田隆彦。この店には割とよく来てる。大抵村重の客として来る」

 「お知り合いですか?」

 「いいや、話した事はないよ。この店の常連の名前は大抵把握してるってだけだ」


 初めは驚いていた樹と誓も、いい加減肇の超人的な聴力と記憶力から出てくる情報に慣れて来たのか、驚く事なく当たり前のように受け取っている。いや、ただいちいち驚くことに疲れてきただけかもしれないが。

 画面の中の桂田は村重の部屋の方へと消えていく。数秒後、戻ってきた彼は駆け足でどこか急いでいる風だった。


 「怪しいですね、とても」


 腕を組み画面の中の桂田を凝視しながら樹が呟く。


 「まあ逃げるのも無理はないよ。何か言い争ってたから。こいつと村重のおっさん」

 「言い争っていた?」


 肇の言葉に、樹が視線を画面から外す。話の内容が気になるのか、レガリアは画面を見つめたまま耳をピクリと動かしている。


 「村重は何人かの人間を強請ゆすって金を得ていた。桂田はその1人だ」

 「強請っていた?」

 「村重は僕の同業だったから、その伝手で得た情報で相手を脅してたってわけさ。金を出さないなら週刊誌に売る、とかな」

 「ならその脅されていた人達には殺害の動機もありそうですね」

 「安心しろよ、村重が殺される直前に部屋を訪れてた奴らは全員あいつの脅しを受けてた。そこの吉野も含めてな」


 一瞬ギクリとした吉野を他所に、一行は画面の中の新たな登場人物に釘付けになる。

 190センチは有ろうかという長身、肩口まで伸ばした艶やかな金髪、着る人物を選びそうな明るい茶色のスリーピース……。

 その場にいた全員が思わず背後を振り返り、その男と画面の中の人物を何度も見比べる。


 「お前、何やってんの?」


 肇に問われ、監視カメラに写っていた男、レガリアはペロっと舌を出す。


 「貴方も村重さんから脅しを?」

 「いいや、顔を見たのは遺体になってからが初めてだ」

 「ではいったい何を?」

 「うーん、何をって言われても……」


 返事に困るのも無理はない。カメラに映るレガリアは村重の部屋の見える通路の真ん中で立ち止まると、顎に手を当てまじまじと扉を見つめ、そのまま何もしないで去ってしまった。


 「お前まじで何やってんの?」

 「村重さんの部屋を気にしていたように見えましたが……」


 全員が唖然とした顔でレガリアを見つめる。流石にとぼけるわけにはいかないと思ったのか、しまい忘れていた舌先をペロっと口の中に戻すと、居心地悪そうに目線を逸らして言葉を続ける。


 「まあ、強いて言うなら“下見”かな?」

 「下見……とは?」

 「何か起こるならあの辺りな気がしてね、一足先に見ておきたかったのさ。あの時点では間違いなく彼は生きていたよ、死んでいたなら僕が黙って去るはずがない」

 「よく言うよ、村重が死ぬかもしれないってわかってて放置したわけだろ」

 「いや、まあ……はい……言い訳のしようもございません」


 これ以上は何も言っても自身を悪い方に追い込むと察したようで、レガリアはシュンとした態度で素直に謝る。その態度に、詰め寄ってしまった肇の方がほんの少しの罪悪感を感じてしまう。


 「いや、良いよ。僕も悪かった。お前がそういう生き物なのは理解してるんだ」

 「その言い方はよせよ。僕はヒトだ、少なくとも僕自身はそのつもりで生きている」


 肇の謝罪はレガリアの神経を逆撫でしたらしく、レガリアは少しムッとしたように返す。


 「そんな事より誰か来たみたいだよ」


 レガリアが指刺す先、監視カメラの映像に新たな人影。その場の全員の視線が再びパソコンの画面へと向けられる。

 銀髪のマッシュルームヘア。体格的に男。男は通路で立ち止まると、スマホの画面を確認してカメラの死角へと消えていく。


 「この人は?」

 「白亜はくあとおる。ここを訪れるのは初めてだ。村重とここで会う約束をしてたらしいな」

 「あ、僕この人覚えてます」


 肇に続いて吉野が声を上げる。


 「初来店の方には会員証を発行しているんですけど、平日のこの時間のご新規さんって珍しくて、綺麗な名前だなと思ったので……あと、すごく綺麗な銀髪で、白亜って名前にぴったりだなぁと思ったのもあって覚えてます」

 「他には何か言っていましたか?」

 「目的を聞いたら知人に会いに来ただけだと。長居する予定がないならオープンシートが料金的にお手頃ですよって言ったら、『じゃあそうするよ』って仰ったのでオープンシートでご案内しました」

 「普通の事しか言っていないようですが、神山さんはなぜ彼の名前を?」


 一瞬押し黙った後、肇は小さく息を吐き出す。


 「…‥隠してても仕方ないか。知り合いだよ、個人的にな。強請られてる内容にも心当たりがある。まあ、あいつがそれで動じるような奴だとは思えないけどな」

 「なるほど、貴方が自身の立場を不利にしてまで他人を庇う事はないと信用しましょう」

 「嫌な信用のされ方だな。その通りだけど」


 話しているうちに、画面の中に再び白亜の姿が現れる。


 「いずれも村重さんの生存が確認できるものではありませんね」


 そう言って誓がチラリと肇の方を見る。


 「お前らが俺を信用するならまだ生きてるよ。この時点での心音は正常だ」

 「信用しますよ、今は貴方くらいしか情報源がありませんから」


 肇の言葉も、それに対する樹の返事も、少々チクチクして聞こえるがその言い方に嫌味はない。それどころか、樹にそう言われた肇が少し口角を上げて鼻を鳴らす。多分、お互いにそういう素直じゃない言い方しかできない人間だということがだんだんとわかってきたのだろう。2人の間に流れる空気は、言葉そのものから受ける印象ほどギスギスしていない。

 白亜が去ってしばらく経った後、再び吉野が通路へとやってくる。ここからは先ほど二人が体験した通り。吉野が死角へと消えてしばらくした頃、駆け足で肇とレガリアがやってくる。さらに数分ののち、駆けつける警察官と、運び出される村重の遺体が映像として残っていた。


 「なるほど。村重さんが亡くなる以前に部屋の近くを訪れたのは、村重さんと何か言い争いをしていた桂田さん、会う約束をしていたらしい白亜さん、そして、村重さんの部屋にフードメニューを運んで行き、既に亡くなっている村重さんの部屋に皿を下げに行った際に遺体を発見した吉野さんの3人というわけですね」


 映像を眺めたまま、樹が情報をまとめる。その瞬間を待ってましたと言わんばかりにレガリアが頭の上のディアストーカーハットを深く被り直す。


 「そして、同時にその3人が容疑者ってわけだ」


 謎解きショーよろしく声高にそう宣言するレガリアを見ながら、誓が申し訳なさそうに手を挙げる。


 「犯人が悪魔である可能性は?受肉前の悪魔であればカメラに映らずに部屋に近づくことも可能ではないかと……」

 「うん、もっともな疑問だ。けど……」


 先程の宣誓とは打って変わって、静かなトーンで言葉を紡ぐ。深く下された帽子の鍔の奥で、細められたレガリアの瞳がギラリと輝きを放ち、不敵な笑みを浮かべた唇がうっすらと開く。


 「相手が悪魔なら僕が見過ごすはずがないだろう」


 傲慢だ、とその場にいた誰もが思った。しかし、その瞳は確かな自信に溢れていて、そして何より、その言葉には何故だか否定する気の起こらないほどの説得力があった。


 「そもそも、悪魔には殺意なんてものは無いんだ。ヒトだよ。これは、ヒトの手による殺人だ。何よりの証拠は、僕がここに呼ばれた事だ。僕を惹きつけるのはいつだってヒトの業なんだ」


 そう言ったレガリアの瞳に、ひと匙の恍惚が浮かぶ。あれだけ「ウキウキした顔を見せるな」と言ったのにと、肇はその顔を見て大きくため息を吐く。

 彼は自身を“ヒト”だと言うが、こういうところがどこまでも“ヒト”ではないのだと肇は考える。そしてレガリアに感じるその部分が、そっくりそのまま自身のコンプレックスであるのだと、共感と嫌悪をないまぜにしたような筆舌しがたい感情が脳内を逡巡し、無意識に奥歯を強く噛み締める。


 「さあ、殺人犯さん。君はどんな煌めきを僕に魅せてくれるのかな」


 その顔がどれ程までに悪魔的な怪しい輝きを放っていたのか、きっとレガリアは知らないのだろう。自らをヒトだと言い切る彼には、自身のヒトとかけ離れた価値観の異常さがわからない。その笑顔を目の当たりにした"ヒト"である樹と誓は表情を引き攣らせ、背中には冷たい汗が浮かぶ。一歩引いた場所で、肇はその様子を冷ややかに見つめる。


 「お前は悪魔だよ、どこまで行っても。ただ人に憧れを抱くだけの憐れな悪魔だ」


 肇はレガリアに聞こえないように、声に出さずにそう呟いた。

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