第44話 帰ってきたら
「どうやってんすか樋妻さん」
俺よりも五歳年下の蒲家が驚愕の目を向ける。
自分が今一番驚愕しているから思考が止まった。
昨日の朝、気が付くと電車の音が聞こえる山の麓で目覚めた、無事帰ってきたと安堵した。身の回りを確認するとテントは無かったがリュックと寝袋は有った。
帰る道々自分の力を確認した、違和感は有ったが手が痛むような事は出来なかった。
しばらくあれこれ試して気付いた、自分の体が分かる、正確には自分の体の細胞が分かる、変なことになったなあと思った。
家に着くまで色々考えた、何せ七人の女性と関係を持った、薬のせいとはっきりしているがこちらでは言い訳にしかならない。
まだ性欲があるのかすれ違う女性を思わず見てしまう。
違和感は絶対あるだろう、相応しい言い訳を考えよう。寝袋も捨てよう何時出すか、そんなことも考えながら出した言い訳は妻には通ったように思えた、夜まで我慢して襲い掛かったら案外すんなり受け入れてくれて、燃え上がってしまった。
三回目は断られた、仕事があるだろうと。
半日余裕がある予定が、無くなってしまった事も有ったのだろうが、朝の妻はどこか固かったなあ、いけない言い訳言い訳。
今俺は二十キロの鉄棒の端をもって軽トラックに積み込んでいた、四メートルの棒の端、握力はどれくらいあるんだろう?。
「俺実は昔、重量挙げやってってさ、腰を痛めてやめたんだが、今朝話したろ」
少しは本当だ学生のころボディビルにはまったことがある。
「ええと修験者と同行したって奴?」
「そうそれで十年に一人の気功の才能があるって言われて、勧誘されて、証拠にと治されたんだ腰」
「まじですか?テレビで見たことは有りますけど」
俺もそう。
「なにかできます?」
「風呂が最後まで冷めなかったなぁ」
「まだ変えてないんですか?」
家の風呂は風呂釜直結ですぐ冷めるのを彼は知っている。ガス代がもったいないと買い替えを進められていた。
「昨日から家の器具で筋トレ始めたらすっごい効率良いのもあったな」
「そんなに違うもんですか?」
「みれ、ほれ」
腕を出してムキッとしてやる。
「おお固え、太、すげえ」
「何してるんですか二人で」
家の若女子、東宮萃香ちゃん、じじいもちゃんと扱ってくれるいい子だけど若干腐の匂いがする。
「何もしてないわ!」
「前腕自慢ですか?見せて下さいよ」
筋肉に良く反応する、本出したりして無いよね?。
「だーめ、刺激物禁止」
「ケチだー」
いい匂いの髪を揺らして抗議する。
「ははは、そう言えば社長どうしたの?」
「すすけてましたねー」
「電車で来たみたいだし」
うちの会社は資材屋で連休は四日と決まっている、俺は有休を二日足すんだが交代で休んで人を回す。
社長の車を昨日から見ないそうだが俺が気になっているのは匂い、給湯室の石鹸の匂いがした。
以前忘年会で飲みすぎた社長が家に帰らず会社に泊ったことがあった、あの時も同じ匂いをさせていたな。
思考を始めたら近寄ってくる車に気付いた、野太い低音を響かせながら駐車場に黒い外車が入ってくる。
誰だろう親会社の社長は拘りのデボ●アだし。
車から白いスラックスと派手な柄のシャツを着たいかついマンが出てきた。
仕事柄似た格好はよく見るがこれは本職っぽい。
以前も現場から出てくる車の運転が悪いと2.3百万いかれたと聞くその手合いかな。
「おっちゃん、社長呼んできて」
車に後三人いる、案件覚悟だやばいぞ。
萃香ちゃんがビルに走っていく。
「何の用事でしょうか?」
蒲家も後ずさっていく俺の反応に引いたみたいだ。御用じゃなくて用事って聞いちゃった。
「おっちゃん、意味わかってる?読んで来いって言ってんだよ!!」
「まあ待てよ順次、おっちゃん俺ら話し合いに来たんじゃ見てみろこの車の後ろ」
定石通りのセリフだね、どれ、はあ、確かに凹んでる、車からして百、慰謝料二三百万はいるか。
「兄貴は入院してんだよ、ただで済むわけないよなぁ」
だからの人数か、気合はいってんな。
目の隅に動くものが見えた、萃香ちゃんが手でバツ、バツを繰り返す。
うちの社長は一代でビルを持つほどの叩き上げで人望もある、生半可な状態で先延ばしなどしない。
急ブレーキ恐喝か、昭和のころに流行ったと聞く。
民事不介入なんて言い訳がある限り警察は口を出さない。
ねめつける様に派手柄が顔を近づけてくるが、ついこの間村長とグリズリーや恐竜を狩りまくったわけで、同じことした恐竜を殴り飛ばしたわけで、なんだかなあ。
あれ?やったか、やっちゃったかぁ。
業を煮やしたか本気を見せようとしたか計画か、やり易くなったな。
派手柄の右手を掴み上げて後ろに叫ぶ。
「写真、写真撮ってぇ、これ」
匕首を握った手を目立つように振ると悲鳴が聞こえた。
「放せごおらあ、てめ、ぎやああ、かた肩がぁっ」
ああ足が浮いてる、上げすぎたか。
「なんだこいつ」
一瞬呆けたあと車からばらばらと降りてくるいかつい面々、顔で選んできたな。
匕首を持ったもう一人が脅すように半身に構えるので、派手柄を投げつけた。
ごすっ、ガシャン、ぎぃぃ。
仲間を思ったのか匕首を後ろに回して体当たりを受けたせいで派手に車にキズが付いた。
後ろに回った気配を感じた、近くなら水の動きが分かる。
蹴りを出す、当然やくざ蹴り。
「ぐおおおう!」
野太い声を上げて短髪が吹っ飛ぶ、ほんとに飛ぶ、ザカザカ音をさせて転がる。
最後の一人が何と銃を出した。
「マンガじゃねえぞ!!」
叫びながら一瞬で詰め寄ったら目を向いて俺を見たが気にしない。
銃を力任せにもぎ取った、右手が鮮血を出して離れる、安全装置か?騒ぎにならなくて済む。
銃の撃鉄を指で上げて親指で押し付けるとギシギシ音がして何かが少し曲がった、試しに指で戻そうとしても戻らない。
「ほら返すよ」
銃を受け取るとすごむ顔をして口を利く。
「じじい何したか分かってんだな?」
右手を抑えて震えながら言われてもなあ。
悪人の悪意は一般人の殺意でしか帳消しにはならない、本能で皆知っている。
このことを気にしてたのか、確かに以前の俺ならうまく立ち回ったはずだ。
あの子に教えてもらった殺し文句を使う。
「甲斐田流空拳暗部の樋妻だ、よーく調べてから来い、三百だそれ以上は出さない」
怪我もさせたし本職が仕事に来たわけで、仕方ない、会社としてもリスク予算は計上している、大丈夫なはずだ。
もそもそ動いて外車が出ていくのを見送ると小さな足音が結構なスピードで近寄ってくる。
「樋妻さん、樋妻さんこっち見て」
萃香ちゃんが興奮して駆け寄ってきた。
「服脱いでください、ふく」
脱いでどうする、そのデジカメはなんだ?。
一部の外出組以外昼から自由になった、社長はご機嫌で何でも注文していいと宅配のメニューをたくさん持ってきた、会社はどんちゃん騒ぎ、普段禁止だが酒も近所で買ってきた。
俺が社長の好きな所の一つ何でも近場で済ますところ、奥さんも遠いスーパーには行かないらしい。
社長が寄ってきた。
「なあ樋妻ほんとに話付いたのかぁ」
「つきましたよただで」
「修験者の団体ってすごいんだなぁ」
いい感じに酔ってるな。
さっき内閣なんとかから電話があって色々聞かれた、俺は話し合って決めた設定を話す。
学生でボディビルにはまっていたころ大学近くの田舎で一人暮らしをしていた、単純に親の近くにいるのが恥ずかしいと思う時期だ。
その時に崖さんと知り合い、才能のない弟子が欲しいと言われて修行したが人を壊すことしかできないと言われて暗部レッテルを張られたと。大学の住所とかすり合わせも済んでいる。
あまり名前を出さないでくださいよ、連絡先教えますからと言われた場所は怖くて掛けれないところ。慰謝料もろもろ全て経費で出してくれるらしい。
うん、自分が大事、名前はださないと決めとこう。
「社長ー、山田から電話ー、酷いよってぇ」
「領収書持って来いって言えー」
「了解~、聞こえたー、大きい声が大きい、じゃあねー」
坂本女史も酔ってるな。
「会議室からテレビ持ってこい、カラオケだ裏の電気屋に売ってたぞ誰か買ってこーい」
夕方まで騒ぎまくって各々帰っていった、車組はビジネスホテルなりタクシーで帰るなりを領収書で返金すると約束してたな。
明日は朝から大掃除だ。
そんなことを考えながら歩いていると我が家が見えた、ごく普通の、いや少しさびれた住宅街にある中古で買った家だが少しきれいになってしまった、俺のいたずらだこんな効果も有るんだなぁ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
嫌な気配がする、いつもは気のない返事か陽気な返事なのにかしこまって聞こえる。
「おかえり」
娘もいる。嫌だぁこの空気耐えれるかな。
「ただいま、昨日帰ったんじゃなかった?」
「お母さんと話し合ったの」
「な、なにを?」
心臓がばくばくする。
「ねえ、誰に教わったの?」
奥さんが目を伏せて聞いてくる。
「なにを、ですか?」
「今までと違いすぎたの、誰と?」
「俺は浮気なんてしないぞっ、絶対だ!」
嘘は言えない、ホントの本当の事だ、う・わ・き・じゃない!!。
「あなたの手の動きとかよーく覚えてるのよ?」
娘の前でなにを、あ、そっちか。
「疑問に答えるために質問をします」
「ごまかすの、あなた・・」
「お母さんは連休中何処に行ってましたか?」
明らかに二人とも動揺して目が泳ぐ。詰め寄るつもりもないので分かりやすく。
「ちょっとこれ見て」
そう言って口を開ける。
「な、何よ奇麗なインプラントにしてどこに見せ、え?」
「ちょっと香見て」
「なに?、言いくるめられるんじゃない?」
「いいから、よーく見て」
「どうしたのよ、父さんの口な・んてぇっ!」
二人に顎を抑えられてじろじろ見られた。
「ひどいよ、外れるかと思った、酒臭くなかったのか?」
必死で息を止めてた。
「どうゆうこと?虫歯が修復どころか全部新しくなってるわよ」
「ちゃんと言ってでないと売るわよ」
娘よ何をだい、怖いよ。
「修験者と同行したって言ったろ、そこで人体の水の操作を教わったんだ」
「十年に一人ってホントだったの」
「そんな分かりやすい嘘があるもんか」
有るんだが。
「それでさ」
ソファーで横に座った奥さんの耳元でささやく。
「粘膜同士が触れるとさ相手の事も解っちゃうんだ」
びっくりして後ろに引く奥さんを見ながら落ち着いて言う。
「病院に行ってたろ」
「あなた、あの、」
「大丈夫、成功したから」
驚愕の顔をしながら自分のシャツの中に手を入れてしばらくして急に立ち上がり洗面所の方に駆けていく、場所の確認だろう。
香も直ぐに後を追う、話し合う声や泣いている声が聞こえる、怒涛の六日間だな、でもよかった、うん。
夕食はシチューか、渇き物あまりとらないで良かったな。そう思っていると声をかけられた正直まだドキドキしてる。
「あなたあの、香と行ってたんだけど、・・香もなの」
「え?」
「粘膜ってキスでいいんでしょお願い」
「酒臭いぞ。」
「そうかお母さんお酒頂戴」
「いや触らないとだし、俺とだよ」
「父さんでしょ!、何言ってんの?」
躊躇はないの?。
十歳くらいから手も繋いでもらえなかったのに、まあ選択要素は無いんだけど。
俺のお猪口でウイスキーを煽って睨んでくる。
「ちゃんとして、早く!」
女の子は分からない、ホントに。
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