侵食〜バタフライエフェクト計画〜
浅川
プロローグ
1
僕の番か。あるにはあるけど、ちょっと待って。整理するから……よし。
これは僕が小学三年生の時の話。近所の住宅街で友達の翔くんと遊んでいた時にいきなり知らないおばあさんに話しかけられたんだ。
「坊や達うちに遊びに来ない? 美味しいケーキがあるから」
その歳ならもう知らない人に付いていくなという教育はされている。まさか二つ返事で行きますなんて答えるわけはないんだけど雰囲気はとても良かったから、どう答えようか僕は悩んだんだ。けど、翔くんはなぜだか元気よく「行きます!」と即答した。
僕が驚く表情をするとほぼ同時に二人はじゃあ決まりと言わんばかりに歩き始める。このままだと僕は置いて行かれる、こっちの意思は確認することはなく。これはどういうことだって思ったよね。
それと同時に肩を叩かれた。振り向くとそこには僕よりもずっと背の高いお兄さんが立っていた。
「君は行くな」
僕はその言葉を聞いてとっさに身の危険を感じた。だったら!
「翔くんはどうなるの?」
「君は助かる、それだけを信じろ、いいね」
しゃがみ込み耳元で力強くお兄さんは言った。僕はその言葉に従うしかなかった。気がつけば僕は涙目になっていた。きっと翔くんの身を案じたのだろう。このままだと翔くんは……。
いつの間にか僕はお兄さんと手を繋ぎその場から離れていた。脳裏にはあのおばあさんと一緒に反対側を歩いていく翔くんの姿が浮かび上がっていたと思う。
目が覚めたような感覚になった時には僕は家の目の前に居た。あのお兄さんはいない。自宅をぼーっと眺めている時に母さんが買い物から帰って来て声をかけられる。
「どうしたの? こんな所に突っ立って」
「ねぇ、翔くんの家に電話して」
案の定だった。翔くんは夕飯の時間になっても帰って来ない。最後に一緒に居た周辺も隈なく探しても見つからない。
「どういうことなの?」と大人達から聞かれても僕は上手く答えられなかった。でも僕は勇気を振り絞って、
「知らないおばあさんに連れて行かれた」と言った。
こうなったらもう警察沙汰だ。平穏な近所は一気に騒がしくなる。
ニュース? いや、ならなかったよ。
うん、そう。翔くんは無事に見つかった。空き家になっている庭で夜遅くに発見された。翔くん曰くやっぱり怖くなったから隙を見て逃げたんだと。でも恐怖からかそこからは一歩も動けなかった。
あの事件以来、僕は翔くんとは遊ばなくなってしまった。無意識にもうあのことは思い出すまいと距離を取ったのかもしれない。そのまま進級して別のクラスになってさようならってところかな。
はい、翔くんも助かってめでたし、めでたし。
なに? そのおばあさんと助けてくれたお兄さんは何者だったのか気になる? だろうね。
……実はこの話にはまだ続きがあるんだ。
僕だって少なくともあのお兄さんのことは気にはなったさ。眼鏡をかけた、体は細い優しそうな人。不思議と僕はおばあさんの顔は思い出せなくてもお兄さんの顔は覚えていたから、もしかしたら近所に住んでいるかもしれないって学校帰りとかに時おり探してみた。そしたら向こうも探していたかのようにやっと再会した。
その時にはもう僕は高校三年生だった。そう、つい去年の話。
「いやぁ、僕のことは覚えている?」
「はい」
もうだいぶ時間は経っていたが僕が覚えているのが前提で話しかけてきたのがまた不思議だった。
「あの、あの時はありがとうございました」
「いや、本当は助けられたのは僕の方さ。お礼を言いたいのはこっち」
「えっ、それってどういうことですか?」
そのお兄さんが言うには『あちら側』に引き込まれそうになっている所を、その外にいる僕達が通りかかったことによりそのおばあさんは標的を変えたそうだ。だからそのお兄さんは助かったと。そのおばあさんもまさかひとんちの裏から他人がひょっこり出てくるなんて思ってもみなかったそうで。それで上手く気配を消してたらしい。
うん? そう、勝手にこっそりと侵入して遊んでいたの。そんな遊び普通はやらないって? いやいや、けっこういると思うけどなー。
それは置いておいて、そのおばあさんが標的を変えたのには明確な理由がある。子供が好きだったそうだ。
でも、早くに子供も産むことなく夫に先立たれて、独り身になってしまったから、空いている家のスペースを利用して託児所を開くことを計画してその想いを満たそうとしていた。
だけどその願いが叶う前に亡くなってしまった。詳しくは教えてはくれなかったけど、気の毒な亡くなり方だったそうで。
どうしたの? シーンと静まり返って。
分かるよ。つまりそのおばあさんはこの世に未練のある幽霊だったってオチだからね。
じゃあ、そのお兄さんは……? そこは僕達の知らない世界はやはりあるってことで。
ざっくり言えばそのお兄さんはおばあさんを幽霊と認識していたから敵視して標的にされたみたい。そんな霊感みたいな力、持っている人やっぱりいるんだね。
ちなみに、なぜ僕はおばあさんに付いて行かなかったか? 実はお兄さんが止めてくれたからではなく、どうやらあそこでのみ込まれることなく踏み留まるってことは僕にもその才能があるってことも教えてくれた。
これ、内緒ね。ガチの話だからあんまり他人に言いふらさないように。
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