第15話:我田引水




 前回のマリーズは、お昼は独りで高級食堂で食べていた。


 友人との付き合いが有るからと、ジスランには断られていた。

 それが本当ならば、今日は一緒に食べる事は無理だろう。

 下級食堂にジスランが居る訳が無い。

 マリーズは、上級食堂前でジスランを待つつもりだった。

 「一人で食べたくなくてぇ。それに人がいっぱいで怖いですぅ」とでも言うつもりだったのだ。


「1日くらい焦らした方が、逆に良いかもしれないわね」

 溜め息と共に吐き出された呟きは、食堂の雑踏に紛れて消えた。



「なぜこちらに居る!」

 怒ったように言われ、グイッと腕を引かれて、マリーズは体をすくませた。

 演技では無い。

 本当に予想外の暴行に、体がすくんだのだ。


 前回の記憶のせいもあった。



 子を産んだ後、しばらくして部屋にジスランが乗り込んで来た。

 生まれた子供の寝つきが悪く、夜泣きも多い。あまりミルクも飲まず、通常よりも発育が悪いと医師に言われたそうだ。

「お前の育て方が悪かったからだ!」

 大声で怒鳴り散らしたジスランは、ベッドに居たマリーズの腕を掴み、そのまま床へ引きずり落とした。


 育て方も何も、妊娠中は完全に管理されていて、好物1つ食べる事が出来なかったのだ。

 1日に飲む水の量まで決まっていた。

 汗を掻いても増やしてもらえず、寒い時にも減らして貰えなかった。

 それに生まれた後は、一切関わっていなかったのに、だ。



「どちら様ですか?」

 声を掛けたのは、マリーズでは無くミレイユだった。

 ジスランは「あぁ!?」と威嚇して振り返ったが、ミレイユを見て表情を緩める。

 声は固いが、見た目はマリーズに近いからだ。

「君は?」

 ジスランがマリーズの腕を掴んだまま、ミレイユに質問する。


「その前に、クストー伯爵令嬢の腕を離してくださいまし」

 ピシャリと言ったミレイユに一瞬いぶかしげな視線を向けた後、ジスランはマリーズの腕を解放した。


 マリーズは、やっと普通に息を吸う事が出来た。

 そして心の中で何度も「大丈夫」と呟く。

 このジスランは、ジスランになる前の、まだまともな部分の有るジスランのはずだから、と。




「あれぇ?せんぱぁい、どうしたんですかぁ?」

 掴まれた部分にそっと手を当てさすりながらも、笑顔でジスランを見上げる。

 小首を傾げる事も忘れない。

 そんなマリーズを見て、ジスランは偉そうに胸を張った。

「一緒に昼を食べてやろうと思ってな」


 どこまでも上から目線の物言いに、鼻で笑いそうになってしまうが、そんな愚行は犯さない。

 マリーズは上目遣いでジスランを見る。

「ありがとうございますぅ。でもぉ今日は、ミレイユちゃんと下級食堂で食べる約束しちゃいました!」

 エヘッと言う擬音が付きそうな顔で、ちょっとだけ上半身を前に倒してマリーズは笑う。


 ドレスの胸元をチラ見せするコレットの得意技なのだが、制服なのでそこはあまり意味が無い。

 それでも目線の高さが大分下がった事で、ジスランの虚栄心は満足させる事は出来たようだ。

 昼食を断ったのに、ジスランの機嫌は悪くならなかった。




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