俺にだけ冷たい友利さんに裏アカ知ってると言ったら?【増量試し読み】

あさのハジメ/角川スニーカー文庫

第1話  みんなの友だちの裏の顔

 友利梓ともりあずさ

 もしこの愛洲あいす学院にトレンドランキングがあったら、その名は毎日上位に入っている。

「あっ、友ちゃん! 先週は相談に乗ってくれてありがとう!」

「私からもお礼を言わせて⁉ 高倉たかくらってば、友利のおかげでようやく気になってた大学生と付き合えて……!」

「さっすが梓! また解決しちゃったね!」

 朝の教室。

 登校早々、友利は女子数人から熱烈な歓迎を受けていた。

 しかし俺を含めた他のクラスメイトたちは別に驚いていない。

 これくらい『』からしたら日常茶飯事だからだ。

「でも、よかったね高倉。友利がライバルじゃなくて味方でさ」

「あー、梓が恋敵だったら勝ち目ないもんね」

「友ちゃんってたとえるなら高嶺の花って感じで……いや、それは違うか」

「そうね。どう考えても高嶺の花とは真逆よ」

 クラスメイトの言葉に同意してしまう。

 高嶺の花というのは遠くにあって手が届かないものを指す。もしくは大変お値段の張る代物。

 文字通り高値の花というわけである。

 けど友利は誰でも手が届く。

 つまり――。

千冬ちふゆの言う通り。私とか野花がいいとこだよ」

 謙虚だが華やかな笑顔で友利は言った。

 そう、彼女は高嶺の花じゃない。

(でも、ただの野花とも違う)

 たとえるなら世界一綺麗なタンポポ。

 道ばたに咲いていたら誰もが思わず立ち止まって人だかりができるような……なんて、ついそんなことを考えるくらいに友利は愛らしかった。

 絶世の美女ってわけじゃない。

 それでも目を引くのは人懐っこさを満載した大きな瞳。

 肩口で切り揃えられた栗色の軽やかなボブカットと鮮やかな赤いリボン。

 背はやや小柄だが制服の上からでも十分わかる見事なボディライン。

 何より特別なのは笑顔。

 愛嬌たっぷりのそのスマイルは凍りきった人間の心すらも簡単に溶かしてしまう。

 さっきも言った通り美女じゃない。

 けれど、あきらかに美少女。

 一昔前に『会いに行けるアイドル』なんてフレーズが流行ったが、友利梓は愛洲学院の『友だちになれるアイドル』だ。

「なあ、梓ー? 宿題見せてくれねえ?」

「あ、あの、梓ちゃんっ。週末、ボドゲ研の助っ人に来てくれませんか? 私たちと大会に出てほしくて……メ、メンバーが足りなくて困ってて……」

「友利友利! 今度遊びに行こうぜ! 部活の先輩がおまえも誘えってうるさくてさ!」

「おっけー! 宿題は2時間目の数学? ノート貸すからうまいこと写してね。ボドゲ大会はぜひ! ガタンかソンヌカルカが種目だといいな~。それと遊びの件は……ごめんね? 今回はパス」

「は? なんでオレだけ断んだよ?」

「たぶんその先輩ってサッカー部の藤代ふじしろさんでしょ?」

「えっ、なんで知って……あっ! もしかして藤代先輩に告られたとか?」

「そんなことはないけどさ」

 笑顔で否定する友利。

 けど、クラスメイトたちは気づいてる。

 今のは藤代先輩とやらを気づかった嘘だろう。

(またこのパターンか)

 友利梓に唯一欠点があるとしたら、男女問わず友だちが多いのに誰とも付き合おうとしないガードの固さ。

 その藤代先輩も友利に交際を申しこんだ。

 で、残念ながら彼女の心のゴールネットを揺らすことはできなかった。

 しかし、本人はあきらめきれずに後輩を使って延長戦を挑もうとしたわけだ。

「ちょ! 藤代先輩ってマジ⁉」

「サッカー部のエースじゃん! しかも親が代議士! 3年の中じゃトップクラスで格好いいのにもったいない!」

「こ、今年に入って何人目でしょうか?」

「弁護士の息子、大手ゲーム会社の跡取り、芸能事務所所属の現役モデル……」

「梓玉砕者の会がまた豪華になったじゃん!」

 たしかに豪華すぎる顔ぶれだった。

 そもそもこの学院にはそういう肩書を持った生徒が多い。

 私立愛洲学院は神奈川県にある国内指折りの進学校。

 偏差値は七十オーバー。

 幼等部から大学までの一貫教育。

 名門愛洲大学が数十年前に設立した歴史こそ浅い学校だが、その名声は国外にまで届く。

 様々な業界のトップエリートを輩出してきた。

 同時に学費がかなりお高いため、通っているのはさっきみたいな豪華な肩書を持った優等生ばかり。

 そして友利梓はそんな優等生たちのトップ。

(家柄こそ普通だけど、スペックが圧倒的すぎる)

 成績は学年2位。

 帰宅部なのにスポーツテストで全国上位に入る超人的な身体能力。

 あまりの天才ぶりに入学1週間で生徒会から特例のスカウトが来たという逸話。

 さらに驚くべきはそんな人間離れしたステータスを持ちつつも、陽キャスポーツ男子から陰キャインドア女子まで分け隔てなく愛嬌を振りまく人当たりのよさ。

『みんなの友だち』

 そんな風に呼ばれるくらい友人が多いのもうなずける。

「ツイッターかインスタ始めれば? もっと玉砕者増やせるわよ?」

「やだよ~。SNSって苦手だから、……あ、話変わるけど先生が遅れるって聞いたから、自習でもしてよっか!」

 友利の綺麗な号令ソプラノのもと、お行儀よく自習の準備を始める生徒たち。

 素晴らしい統率力。

 今日も平和な一日が始まる。

 文武両道で完璧な委員長のもと、クラスは一致団結するのであった。


「――で、キミは一体何をしてるのかな、鍵坂君孝かぎさかきみたかくん?」


 そう、約一名を除いて。

「今日発売の漫画を読んでる」

 スマホで電子書籍を読みながら、隣の席から小声で話しかけてきた友利に返事をする。

「漫画ばっかり読んでると成績が下がっちゃうよ?」

「心配ない。これは単なる息抜きだ」

「まあ、たしかにキミは授業はちゃんと受けてるけど」

「予習復習もマジメにやってるぞ」

「へえ。ならなんで学級委員の仕事はマジメにやらないの?」

 さっきまで振りまいていた明るさとは正反対のシニカルさ。

 友利は天使のような笑顔で、悪魔のように毒づく。

「自分の成績さえよければクラスのことはどうでもいいのかな、この個人主義者」

「ああそうだよ、この全体主義者」

「相変わらず口振りが腐ってるね。頭に発酵食品でも入ってるの?」

「正解。うらやましいだろ? 頭の中が空っぽなあんたからしたら」

 遠慮のない悪態の応酬。

 これが俺と友利の日常である。

「みんな言ってるぞ。友利がいれば鍵坂は名前だけの副委員長で十分って」

「ダメ。反面教師にしたいの。成績は上々だけど人間としては最底辺なキミの姿を見せつけることで、みんなが成長して――」

「うるさい八方ビッチ」

「⁉ び、美人じゃなくて?」

「誰とでも仲良くするんだからビッチの方がお似合いだ」

「辛らつすぎ! 最低! クズ!」

「あんたの口振りもまあまあ辛らつだぞ」

「そんなだから友だちできないんだよ、ぼっちくん」

「ぐっ⁉ 俺だって友だちくらいいるさ……」

「どうせネットのオタ友でしょ? ツイッターで相互フォローするだけの関係でしょ? 私ならキミみたいな個人主義者は真っ先にブロックしてコミュニティから排除するよ?」

「……なあ。どうしてあんたはそう口が悪いんだ?」

「ご安心を」

 友利は白くて細い指でちょこっと俺を指さしてから、

「私の口が悪くなるのは、鍵坂くんだけだから」

 真っ赤な舌先をほんの少しだけ出して、べーっ。

 ああ、さっき友利梓の欠点は一つだけと言ったが、訂正しよう。

 男女問わず交際を断ってる以外のもう一つのマイナスポイント。

 彼女は俺にだけやたら辛らつな毒舌を吐くのである。

「あれ? 鍵坂ってばまた嫌味言われてる?」

「珍しいよね、誰にでも優しい梓が辛らつになるなんて」

「鍵坂って協調性ゼロだし、仕方ないんじゃね?」

 小声の雑談が外野からチラホラ。

「そもそもなんで鍵坂が副委員長やってるんだっけ?」

「そりゃあ成績いいし。ずっと学年1位じゃん」

「あー、だから久遠寺くおんじ先生が指名したんだっけ」

「そうそう。梓は2位だしね。けど……」

「だから友利に嫌われてるんじゃない? 問題児で友だちもいないし」

 そう、みんなの友だちである完璧委員長と誰ともつながりを作らないぼっちな副委員長。

 それが友利梓と鍵坂君孝の評判だ。

「ねえ、ぼっちくん」

 隣にいる俺以外には聞こえないような小声で、友利はささやく。

「みんなにあんなこと言われて悔しくないの?」

「別に? 事実だ。あんたも俺のことが嫌いだろ?」

「もちろん。私、能力はあるのにやる気を出さない人が一番嫌いなんだ。キミってば成績トップのくせに学級委員の仕事を全部私に押しつけて――」

「『仕事はしなくていい』って言ったのは友利だぞ」

「………っ」

 それは……と口ごもる友利。


『やる気がないなら学級委員の仕事はしなくていいよ』


 つい先月。

 進級してこの2−Aの学級委員に選出された数週間後に、友利はそう宣告した。


『鍵坂くん、私と仕事してても全然楽しくなさそうだもん』


 すねたみたいに彼女は口唇をとがらせてたっけ。

(まあ、たしかに学級委員の仕事は楽しくなかったな)

 別に友利と一緒にいるのが嫌だったわけじゃない。

 ただ中学時代にせいで、大勢の人間をまとめるという行為がどうしようもなく苦手になってしまったのだ。

「私は自分の発言に後悔なんかしない。そもそもキミにやる気がないのが悪いんだよ」

 ふんっと息を吐いてから顔をそらす友利。

(まあ、こうやって毒舌を言ってくれるのは好都合だけどさ)

 友利は『みんなの友だち』。

 俺を更生させたいのか教室で話しかけてくることが多いが、一人だけ特別に仲良くされたら数百名いる梓フレンズから袋叩きにあう。

 けど軽口を言い合っていれば嫉妬されることもない。

 案外友利自身もそれをわかってるのかもしれない。

 ただ、『みんなの友だち』と仲が悪いのは周囲からしたら印象悪いが……。

(構いはしないさ)

 他人の目なんて気にする必要はない。

 個人主義者なぼっちくんで結構。

 ただ一人『みんなの友だち』の友だちになれなくても俺の学院生活に支障はない。

 ――


《なんであんなこと言っちゃったんだろ》


 けれど、この数日で状況は大きく変化していた。

《発破をかけるつもりで『仕事はしなくていい』って言ったら、ホントにしなくなっちゃうなんて》

《どうしても素直になれなくて口が悪くなっちゃう》

《仲良くしすぎるのは問題だけど、今のはあきらかに言いすぎた……。

 これじゃいつまでたってもの友だちになれないよぉ》

 俺のスマホに表示されるのは、そんな独白。

 この前偶然見つけたとあるツイッターアカウントのつぶやき。

《そうだ!》

 そんなツイートの後に、友利の机からカチャッと水色のシャーペンが落ちた。

 というか、さりげなく俺の席の方に落とされた。

《拾って、拾って、拾って~!》

 友利は落ちたシャーペンに気づかない……フリをしながら赤色のスマホをタップ。

 そして、何かを期待するように俺の方をチラチラ。

 その姿は飼い主に遊んでもらおうとオモチャを口にくわえて健気にアピールする子犬を連想させる。

「おい、友利。シャーペン落ちてんぞ」

 が。

 友利の後ろの席のバスケ部男子によって、シャーペンは床から救出された。

「あっ、ありがとう、気づかなかったよ~!」

 友利は実にフレンドリーな笑顔を浮かべたが、前の方に向き直った途端シュンとした表情で水色のシャーペンとにらめっこ。

 その姿はやっぱり子犬っぽい。

 飼い主に遊んでもらえなくてすねてしまった小さなゴールデンレトリバーって感じ。

《……バカ。拾ってくれたっていいじゃない》

 おまけに裏アカには俺に対する恨み言。

(ああ、まったく。そんな顔するなよな)

 助けるべきじゃないと思いつつも。

 可愛らしくすねる姿に罪悪感が襲ってきたせいか、俺はつい自分の消しゴムを落としてしまっていた。

 瞬間、友利の体がピクッと震えた。

 あれ? 消しゴム落ちたよ? 気づいてないの? みたいなことを視線で訊ねられてる気がしたが、ここは待つ。

 十数秒の沈黙の後。

 我慢できなくなったのか、友利はおずおずと消しゴムを拾った。

「鍵坂くん、これ」

「おっ、悪いな。わざわざ拾ってくれるなんて――」

「ゴミを見つけたから捨てておいて?」

「どう見ても俺の消しゴムなんだが?」

「えっ、嘘っ、触っちゃった。ぼっち菌が伝染ってラインフレンドがゼロになっちゃう。三〇〇人以上いるのに」

「おめでとう。この機会にデブった人間関係を断捨離ダイエットできるぞ」

 軽口を交わした後で、友利の掌から消しゴムを回収。

 そして漫画を見るフリしてスマホに目を向けると、

《ふぉおおおおおおおおおっ⁉》

 のアカウントが狂喜乱舞していた。

《触った~! Kきゅんの指先が掌に~!》

《うわぁ、ヤバい、お顔ニヤけりゅう》

《Kきゅんに見られたら絶対おかしな子だって思われりゅう!》

 残念ながらすでに思ってる。

 なにせ彼女――友利梓はSNSにひたすら自分の本音を書きつづっているのだから。

 アカウント名はtomochan。

 フォロー数&フォロワー数はゼロ。

 鍵はかかっていないが、誰にも見られていないネットの片隅に取り残されたようなアカウント。

 本名や個人情報を表すツイートはどこにもない。

(つまりは、

 ただ、問題はそのアカウントが隣の席の毒舌女子のものだってことである。

「……いや」

 問題なんてないか。

(誰にだって他人には見せない裏の顔はある)

 

 だったら無視すればいいだけの話。

 つい今日もツイートをのぞいて友利の願いを叶えてしまったけど、今からきっぱり身を引けばいいだけで――。

《ああ、やっぱりKくん、好き》

 !

《好き、好き、大好き。

 私だけが知ってる。はとっても頼りになる優しい人だって》

 ………。

《はぁ、裏アカでなら好きなだけ好きって言えるのにな~。

 もし本人に伝えたらどんな顔するんだろ?》

 ……どんな顔するか、だって?

 今すぐ隣を向けばその答えはわかるぞ。

「あれ? 鍵坂くん、大丈夫?」

 Kくんと触れ合えて上機嫌になったのか、珍しいことに友利が心配してきた。

「少し頬が赤いけど、体調でも悪いの?」

「うるさい」

「えっ……」

「心配したフリして恩を押し売りするのはやめてくれ、八方ビッチ」

「はあっ⁉ 何その態度! 相変わらず性格が大絶滅してるね!」

 たまには素直になればいいのに! と小声で叫ぶ友利。

 まあ素直に「裏アカ知ってる」って言えたら楽になれるのかもしれない。

 だけど、今はまだ無理だ。

 表向きは超絶塩対応なのに、俺への本音は全部バレている。

 そんな恥ずかしすぎる現実を知ったら、さすがの友利も登校拒否になるか最悪羞恥心のあまり首を吊るかもしれない。

(なんでこんなことになったんだ?)

 盛大にため息でもこぼしたかったが原因はわかってる。

 それは、ほんの58時間ほど前。

 まだ俺が『みんなの友だち』の裏の顔を知らなかったころの出来事だ。

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